滋賀医科大学の男子学生2人が女子学生に性的暴行を加えたとして強制性交罪(現・不同意性交罪)に問われた裁判の控訴審で、大阪高裁(飯島健太郎裁判長)は12月18日、「同意の上で性交等に及んだ疑いを払拭できない」などとして無罪を言い渡した。
これに対してネット上では、判決を出した裁判長を糾弾する声が上がったり、判決内容を誤った形で発信したりする動きが起きている。
実際、どのような判決だったのかーー。議論の前提となる情報を補うため、判決要旨をもとに今回の逆転無罪の詳しい内容を紹介する。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
*この記事には具体的な性暴力の描写が含まれます。お読みになる際にはご注意ください。
●一審では実刑判決が下った
この性暴力事件において強制性交罪で起訴された男子大学生は計3人いる。そのうちの1人は別の裁判で審理され、1審の大津地裁で懲役5年6月の実刑判決が下り、その後確定したとみられる。
今回、逆転無罪となったのは残る2人の裁判。1審の大津地裁はそれぞれに懲役5年と懲役2年6月の実刑判決を言い渡したが、2人とも控訴していた。
以下、すでに刑が確定した男性をA男(当時24歳)、控訴審で無罪とされた男性2人をそれぞれB男(同24歳)、C男(同26歳)、被害者とされる女性をX女(同21歳)、その友人女性をY女(同20歳)として説明する。
事件の経緯
●「強制性交等罪」と「不同意性交等罪」
まず、抑えておきたいのが改正される前後の法律の違いだ。
2023年に刑法が改正され、刑法177条の「強制性交等罪」は「不同意性交等罪」へと名称が変更された。
「強制性交等罪」の条文は以下のようになっていた。
13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いて性交、肛門性交又は口腔性交(以下「性交等」という )をした者は、強制性交等の罪とし、5年以上の有期懲役に処する。13歳未満の者に対し、性交等をした者も、同様とする。
これに対して、改正後の「不同意性交等罪」の条文は次のように変わった。
176条第1項各号に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、性交、肛門性交、口腔性交又は膣若しくは肛門に身体の一部(陰茎を除く。)若しくは物を挿入する行為であってわいせつなもの(以下この条及び第179条第2項において「性交等」という。)をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、5年以上の有期拘禁刑に処する。 2 行為がわいせつなものではないとの誤信をさせ、若しくは行為をする者について人違いをさせ、又はそれらの誤信若しくは人違いをしていることに乗じて、性交等をした者も、前項と同様とする。 3 16歳未満の者に対し、性交等をした者(当該16歳未満の者が13歳以上である場合については、その者が生まれた日より5年以上前の日に生まれた者に限る。)も、第1項と同様とする。
強制性交等罪が成立するためには「被害者の抵抗を著しく困難にする程度の暴行や脅迫を用いること」が必要とされていたが、性暴力被害の実態を反映していないとの批判が根強かった。
法改正では、暴行や脅迫がない場合でも、「予想と異なる事態との直面に起因する恐怖又は驚愕 」や「経済的・社会的関係上の地位に基づく影響力による不利益の憂慮」などの行為や状況によって「同意しない意思」を形成、表明することが難しくなり、その状態で性交等をすれば「不同意性交等罪」が成立するとされた。
つまり、法改正によって処罰範囲が拡大されたわけではないものの、犯罪が成立するかどうかの基準をより細かく設定することで、その判断にできるだけ差が生じないようにする狙いがあった。
法務省は法改正の内容を紹介するページで「改正前のそれらの罪によっても本来処罰されるべき行為がより的確に処罰されるようになり、その意味で、性犯罪に対する処罰が強化されると考えられます」と説明している。
滋賀医科大生3人が事件を起こしたとされるのは2022年3月であるため、3人は刑法改正前の条文に基づく「強制性交罪」で起訴されている。
このことを前提に、事件ではどのような行為が問題となったかをみていくことにする。
学生3人が逮捕、起訴された際に滋賀医科大学が出した声明(大学のHPより)
●事件の経緯
事件は2022年3月15日夜〜翌16日未明に起きた。
もともと、A〜C男とX女、Y女の計5人は3月15日午後7時過ぎから居酒屋で飲み会を開き、その後場所をA男の自宅に移して2次会を開催した。
問題の性的行為はこのA男宅で発生。検察が起訴した際に示した当時の出来事は、以下のように整理できる。
▽3月15日午後11時44分ごろ ・A男がマンションのエレベーター内の隅にいたX女の前に立ち塞がりながら性交に応じるように要求。その様子をC男が携帯電話で撮影しながら「じゃあ、1回これで閉めてもらって」などと言い、A男と性交の要求を拒むX女をエレベーターに2人きりにさせるような言動をした(脅迫【1】)。 ▽3月15日午後11時51分ごろ ・A男がX女の頭部を左手でつかんでその口の中に陰茎を含ませて腰を前後させ、「苦しい」と言ったX女に対してA男が「苦しいのがいいんちゃう」、C男が「苦しいって言われた方が男興奮するからな」と発言(脅迫等【2】)。 ・A男がX女と口腔性交(口腔性交【1】)。 ▽3月15日午後11時51分ごろ〜16日午前1時13分ごろ ・B男がX女の腕をつかんで引っ張り、X女の身体に両腕を回して抱きつくとともに、その唇に無理矢理キスする(暴行【1】) ・A男とB男がかわるがわるX女と口腔性交(口腔性交【2】)。 ・A男がその様子を携帯電話で動画撮影する中、「苦しい」と言うX女に対してA男が「が、いいってなるまでしろよお前」と発言(脅迫【3】)。 ・B男がX女の友人であるY女に覆い被さるなどする様子をX女に認識させた(脅迫【4】) ▽3月16日午前1時14分ごろ〜午前1時24分ごろ ・Y女と腕を組んでその場から立ち去ろうとしていたX女に対して、A男がその後方からX女の身体に両腕を回して抱きついて引っ張り、B男がY女の腕をつかんで引っ張って、Y女をX女から引き離すなどした(暴行【2】)。 ▽3月16日午前1時24分ごろ〜午前2時31分ごろ ・A男とB男がかわるがわるX女と口腔性交(口腔性交【3】)。 ・A男がX女と性交し、A男が動画撮影する中、B男がX女と性交(上記の口腔性交【3】と合わせて「本件性交等」とする)
口腔性交や性交の前や途中で、A男らは動画を撮影したり、その場から立ち去ろうとしていたX女の身体に引っ張ったりするなどしており、これが「強制性交罪」における「暴行・脅迫」にあたるかや、これらの性的行為にX女が同意していたかなどが争点になった。
整理すると、裁判では、
・口腔性交(【1】、【2】)
・性交等(口腔性交【3】・性交)
・上記の手段としての暴行(【1】、【2】)
・上記の手段としての脅迫(【1】〜【4】)
について、それぞれの有無や関連性が検討された。
ここでは、B男とC男についての1審と控訴審の判決の違いを見ていく。
検察官が起訴した内容や争点、裁判所の判断を整理した表
●争点1 X女の証言の信用性
事件当時の記憶について、X女は一部欠落しており、口腔性交【1】や口腔性交【2】が始まったきっかけについて覚えていなかった。
1審の大津地裁(谷口真紀裁判長)は、「それぞれ印象に残る場面であるはずなのに記憶しておらず」と指摘する一方、「相当量の飲酒をしていたことや時間の経過を踏まえると、記憶の欠落や混同があることは不自然ではない」と判断。
X女が被害後、性犯罪被害相談電話で「性行為自体は、警察呼ぶとか、自分で断れなかったのでもう、なんか、いいんですけど、その動画が」と話したり、X女が当初、警察に口腔性交【1】について申告していなかったことから、B男とC男の弁護人は「X女が被害申告したのは動画拡散を阻止するためであり、そのために強制的な性交等であった旨誇張して供述をする動機や必要性がある」と主張した。
だが、大津地裁は「性被害にあった者にとって、被害直後の段階では混乱や動揺から抜け出せず、被害を思い出すことにも苦痛が伴うであろうことは想像に難くないから、被害申告の段階では記憶を整理できず、何があったのかを十分に把握できていなくとも無理はない」などとして、X女の証言の信用性を認めた。
これに対して、大阪高裁(飯島健太郎裁判長)はまず、「X女が被害申告した当初の主たる目的は、性被害として処罰を求めることよりも、動画の拡散防止にあったことは明らか」としたうえで、X女が動画の拡散を防止するために「状況等を誇張し、自身の不利な行動を隠して矮小化して供述する明白な動機があり、実際に口腔性交【1】の事実等を隠す内容の虚偽供述をした事実もある」と指摘。
そして、「原判決はかかる重要な視点から十分に検討をせず、Xの証言が真実であるとして説明が付けられるかという方向からの検討の仕方に偏ったものとなっているといわざるを得ない」と批判した。
●争点2 強制性交罪の「暴行・脅迫」があったか?
次に、強制性交罪における「暴行・脅迫」があったかについて。
1審の大津地裁は2024年1月、脅迫等【2】、脅迫【3】、暴行【2】について、「口腔性交【1】は、X女がエレベーター内で繰り返し性交等を拒絶する発言をしていたわずか約4分後の出来事であることも踏まえると、X女の反抗を著しく困難にさせる有形力の行使ないし害悪の告知といえる」などとして性交などの性的行為に向けられたものだと認定した。
これに対して、大阪高裁は1審が認定した3点についてそれぞれ次のように判断した。
脅迫等【2】については、X女が部屋に入室後、数分後にA男とリビングで口腔性交を始めたことや、C男がリビングに入ろうとドアを開けた際にX女が自らドアを閉めたことなどに言及し、「X女がA男から口腔性交を求められ、任意に応じたものであった可能性が高い」「原判決は、口腔性交【1】が、暴行・脅迫がなく始まった口腔性交に引き続き行われたものであること、その結果、脅迫等【2】が口腔性交に通常伴う有形力の行使や卑猥な言動と評価できる余地が多分にあるのに、その可能性に目を向けず、これを強制性交等罪にいう暴行・脅迫に当たるものとしたもので、その判断は不合理である」と判断した。
脅迫【3】については、「A男とB男、X女との間で、かわるがわる口腔性交が行われていた中での発言であり、いわゆる性行為の際に見られることもある卑猥な発言という範疇のものと評価可能である」と指摘。
暴行【2】については、A男がX女の身体を引っ張った方向や方法について、X女とY女の証言が食い違っていることや、元々Y女が飲み会に誘ったことでX女が性被害にあったと訴えていることに関して、自責の念を抱いていると推察されるY女がX女の利益のためX女に同調して虚偽の供述をする動機や危険性があるため、B男がY女を引っ張った事実が認定できないとした。
また、A男がX女に抱きついて引き止めた暴行については、(強制性交等罪における暴行というには)これによってX女にその場から立ち去ることを断念させたといえる必要があるとし、この時の状況を説明するX女の証言について、動画からうかがわれる状況に照らすと必ずしも信用しがたく、むしろLINE交換を名目とするA男の引き止めを受けて残ることにした可能性を払拭できないとした(したがって、A男がX女に抱きついて引き止めたことは、強制性交等罪における暴行にはあたらないこととなる)。
本件性交等(口腔性交【3】と性交)については、A男の抱きつきの後、B男がY女を送りに外に出て、戻ってきた時にはまたA男とX女との間で口腔性交【3】が始まっていたのであり、「任意に応じたものとしても不合理ではない」と指摘。
A男の抱きつき行為が強制性交等罪にいう暴行・脅迫とは認定できず、その後の性交までに新たに暴行・脅迫が加えられた状況もないことから、本件性交等が暴行・脅迫によるものとは認められないと判断した。
●争点3 被害者X女の同意はあったか?
最後に、被害者とされるX女の性的行為への同意の有無を裁判所がどう判断したかを確認しよう。
1審の大津地裁はまず、「強制性交等罪の成立が妨げられるような同意とは、強制性交等に応じるか否かについて、自由な意思決定に基づき真に同意することを要すると解されるところ、いつ誰とどのような態様で性交等をするかという性的自己決定権を行使できる状態にない場合には、真に同意していたとはいえない」という枠組みを提示した。
そして、X女やY女の方から積極的に性的な話題を持ち出したり、A男らとの身体接触を図ったりしたことがなく、X女に性交等をする意思がなかったにも関わらず、「A男方に入ってから、容易に逃げられない状況でA男に口腔性交を求められ、冗談と思っていたことが現実化しそうな状況になり、驚愕や動揺により、あるいは、抵抗すればより強度の性被害にあうかもしれないなどといった心情に陥った」「性被害にあった者は、少しでも早く加害行為から逃れるために、自ら加害者の欲求を満たすような行為に出る等の迎合的な態度をとったり、従順な振る舞いに及んだりすることがある」と指摘。
それぞれの性的行為について、「X女は同意していなかったものと推認できる」「真に同意していたとはおよそ考え難い」「同意していなかったのは明らか」と判断した。
これに対して、大阪高裁は、買い出しを終えてA男方に合流したY女に、X女がA男と口腔性交したことに関して伝えようとした様子が全くないことなどを挙げ、それぞれの性的行為について「X女が同意の上でした疑いを払拭できない」と認定した。
以上のような考え方に基づいて、大阪高裁は逆転無罪の判決を導いたとみられる。