新宿・歌舞伎町の「トー横」に集まる子どもや、若者たちを支援する団体の元代表、天野将典さん(47)が新しく団体を作った。この数年、歌舞伎町で活動してきたが「トー横でなくてもいい」と新宿区外に拠点を移した。
居場所づくりのほか、「土と触れ合うことがいい」と考えて、トー横キッズたちには畑仕事にも取り組んでもらう――。天野さんは「歌舞伎町だけじゃない世界、家に引きこもるだけじゃない世界があることを伝えたい」と話す。(ライター・渋井哲也)
●都会にいると、どうしてもギスギス感が出てくる
天野さんが新設したのは、一般財団法人「ゆめいく」。英語の「You make」の響きを込めた。都心のビル街の一角に事務所を構えたが、筆者が取材に訪れた日は、まだ引越し作業中だったため、段ボールが片付いていなかった。
「今年、アメリカに行く機会がありました。ニューヨークで開かれた国連・人権サミットで、トー横キッズなど、日本の子どもたちのことを話しました。そのあと、アリゾナ州セドナで(赤い岩石で囲まれた)大自然を見て感動したんです。
最初、団体の名称としては、ラテン語で『渦巻き』を意味する『ボルテックス』からとって、『ボルテキシーズ』にしようと思って、名刺まで作っていたんですが、しっくりきませんでした。
渦巻きの『巻き込む』イメージはいいなと思っていたところ、急に『You make』が浮かんだんです。『あなたが作り出す』という意味ですが、ひらがなの『ゆめいく』にすると『夢育』(夢を育てる)にもなり、『ボルテックス』のイメージにも合います」
今年8月、公益社団法人「日本駆け込み寺」の代表理事をやめて「ゆめいく」を設立し、活動拠点を移した。
「歌舞伎町にいれば、トー横に来た子どもたちと会えますが、その反面、子どもたちは繁華街である歌舞伎町のキラキラした部分につられてしまう。だから、歌舞伎町から離れた場所に拠点やシェルターを作りたいと思ったんです。シェルターはすでに1カ所作っています。これから増やしていきたいです。
それに子どもたちに農業などの一次産業にも触れ合わせたいと考えました。都会にいると、どうしてもギスギス感が出てきます。田舎のゆっくりした感じを体験させたい。すでに芋掘りをやりました。トー横にいた子も、家に引きこもっていた子も来ました。だから、歌舞伎町である必要はありません」
●"家出少年少女の日本一決定戦"をしている歌舞伎町
トー横のある歌舞伎町では、事件やトラブルがつきまとう。市販薬のオーバードーズや違法薬物の売買もある。さらに未成年の飲酒や児童売春、淫行など、さまざま欲望に子どもたちが巻き込まれている。闇バイトに関係した話もある。
「闇バイトに関連して『トクリュウ』(匿名・流動型犯罪グループ)という集団に注目が集まっていますが、トクリュウには、トー横に来る子と同じような環境だった人もいます。
『気軽に使えるお金がほしい』と言うのは共通です。トクリュウがトー横にいる子に声をかけます。『いいバイトがあるよ。日給5万円』と言われて、何の経験もない、15歳くらいの子がひっかかります」
これまで闇バイトを取材してきたが、たしかに実行犯の中には虐待されて育ったり、薬物依存の家庭だったという者もいる。借金の返済に困って、「高額」「即日」という言葉につられて応募してしまう者もいる。
「闇バイトに関わるときには、免許証や身分証、学生証を送れと言われて、その写真を送って、情報をとられてしまう。案件の誘いを断ると、『親のところへ行くぞ』と脅される。それがやめられない一番の原因です。
けっこう相談がきますよ。軽い段ボールを運ばされた子もいます。この前は、16歳の女の子から、『マリファナを売って来い』と言われたという話も聞きました。怖いからやめたようですが。
私は『歌舞伎町にも大久保公園にも行くな』と言っています。歌舞伎町は"家出少年少女の日本一決定戦"をしているような場所です。地方に戻ったら、『すごい』とリスペクトされてしまう。
また、歌舞伎町に来れば、仲間意識が芽生えることもあります。一方で、排除されることもありします。むしろ排除されたほうがラッキーかもしれない。だから、歌舞伎町を『素敵な場所』とは思わないでほしいです」
●高校生が東大生に化粧を教える「勉強界隈」
トー横では今年、自殺が多発した。市販薬のオーバードーズの結果、死に至ったケースもある。
「今年はトー横に来ていた子たちの自殺もありました。亡くなった男の子とは交流があり、少年院に入っていたときには手紙のやりとりをしていました。自殺する3日前にも話をしました。
その子は『今は一番幸せだから死ぬ』と言っていました。『わけわからんこと言うな』って言っていたんですが、本当に亡くなった。『何をしていいかわからない』とも言っていた。
彼には『迷ったら、カッコいいか、カッコ悪いかを判断基準にして生きていけ』と言ったことがあります。2週間後、『カッコいい生き方を見つけました。僕はヤクザになります』と。なかなか、こっちの真意が伝わりませんでした」
学習支援として「無料塾」も開いて、天野さんは陰で支える活動をしている。
「東大に『勉強界隈』というグループがあり、そこを支援しています。勉強したかったけど、できなかった子、塾に行きたかったけど行けなかった子がいます。
そこでは、大学生が高校生に、高校生が中学生に勉強を教えています。子どもたち同士で教え合っている。それ自体が面白いです。
また、相互に教え合っています。たとえば、東大生は高校生に勉強を教えますが、高校生は東大生にお化粧の仕方を教えています。今後、いろんな大学に声をかけようと思っています。若者は社会貢献したいという情熱があります」
●支援団体に子どもたちを依存させたくない
「ゆめいく」設立の直前、トー横キッズを連れて、能登半島のボランティアにも行ってきた。地震や津波だけでなく、豪雨でも被災した地域だ。
「もともとつながりのある人の案内で、一人暮らしのおばあさんの家で片付けのボランティアをしたり、仮設住宅で話をしたり、避難所で小学生と遊んだりしました。
能登の現状を見て、子どもたちの感じ方は、予想を上回りました。たとえば、終活中という高齢者がいました。30分ぐらい話していると、ある子が『本当はもっとやりたいことがあるんでしょ?』と聞いたんです、
すると、『やれるんだったら働きたい』と答えました。その子が『やろうと』と返したら、『じゃあ、やる。終活はやめた』と言ったんです。その方は、車椅子だったのですが、なんと立ち上がったんです」
実は「ゆめいく」には、もう一つの意味があると天野さんは言う。
「歌舞伎町から出ていくことを応援したいんです。それが『ゆめいく』の裏テーマです。自分で言うと恥ずかしいのですが、『You made my life』は『あなたが私の人生を大きく変えた』という意味です。
ただし、支援団体に子どもたちを依存させること、たとえば『あそこがあるから来る』ってなっちゃうのは、良くないと思っています。そのためには距離感も大事だし、居心地が良すぎないことも必要かもしれません」