つながるガザとホロコーストの記憶 ドイツの歴史家論争2.0とは

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聞き手・平賀拓史
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 イスラエルパレスチナ自治区ガザ地区への攻撃が激化する中で、イスラエル擁護の姿勢を固持するドイツの対応に批判が集まっている。ホロコーストの「過去の克服」に誠実に取り組んできたように見えたドイツは、他のジェノサイド(虐殺)や人権侵害といった犯罪行為には目をつむってきたのではないか――。ドイツでいま起きている歴史認識論争について、ドイツの植民地主義を研究する浅田進史・駒沢大学教授に聞いた。

イスラエル製品ボイコットが「反ユダヤ主義的」

 ――ドイツはイスラエル擁護の姿勢を崩していません

 世論全体が必ずしもイスラエルを支持しているわけではありませんが、ドイツ政府の対応は硬直化しています。5月にはベルリンの大学構内で、学生たちのパレスチナ連帯運動を警察が阻止しました。これに抗議した教員を、連邦教育研究相が「イスラエル嫌悪と反ユダヤ主義を擁護するものだ」と非難しました。追随したメディアが教員をさらし者にするような報道をするなど、健全な議論が難しい状況が続いています。

 ――なぜドイツ政府は強硬な姿勢を続けるのでしょうか

 2019年の「反BDS決議」が大きな要因だと考えています。

 BDSとは「ボイコット、ダイベストメント(投資引き揚げ)、サンクション(制裁)」の意味で、イスラエルの政策に協力する企業や大学に関係を絶つように求める、05年から始まった世界的なパレスチナ連帯運動です。

 これに対してドイツ連邦議会が19年5月、運動を非難する決議を採択しました。イスラエル製品ボイコットの呼びかけが、ナチ時代の「ユダヤ人から買うな」というスローガンを想起させ、反ユダヤ主義的だというのです。

 直後に、決議へ抗議する論説にベルリン・ユダヤ博物館の公式ツイッターアカウントがリンクを貼ったことが非難され、館長が辞任しました。20年には、ドイツの美術展覧会に招待されていたカメルーン出身の政治哲学者アシル・ムベンベに対し、彼の著作にイスラエルのパレスチナ政策への批判があることから、主要政党の政治家らが「反ユダヤ主義」的だとして介入しました。ムベンベの講演が阻まれたこの事件の背景に、反BDS決議がありました。

 反BDS決議は党派を超えて成立しました。08年にメルケル首相(当時)はイスラエルの国会で「ドイツはイスラエルの安全保障に対して特別な歴史的責任があり、それはドイツの国是である」と演説しましたが、反BDS決議もこの流れの上にあるものです。

 メルケルは保守派のキリスト教民主同盟の政治家でした。左派中心に進められた「過去の克服」は現在、保守派も合意できる国家政策となりました。しかし、アラブ地域からのムスリム移民の増加など社会の多様化が進むにつれ、その政策を社会全体で共有できなくなり、大きな摩擦が起きています。

ホロコーストの比較がタブーに?

 ――ドイツ国内では、イスラエル支持の姿勢を批判する文脈で、ホロコーストの歴史認識をめぐる論争が起きていると聞きます

 この論争は数年前から始まっていました。米国のホロコースト研究者マイケル・ロスバーグは、1980年代に起きた「歴史家論争」をもじって、「歴史家論争2.0」と表現しています。

後半では、ホロコースト以前の加害の歴史を指摘する「歴史家論争2.0」の構図を読みときます。浅田さんは、パレスチナとホロコーストの記憶がつながったある出来事を指摘します。

 最初の「歴史家論争」は、ホ…

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この記事を書いた人
平賀拓史
文化部|論壇担当
専門・関心分野
歴史学、クラシック、ドイツ文化など
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    高橋真樹
    (ノンフィクションライター)
    2024年8月11日22時20分 投稿
    【視点】

    ◆ホロコーストの「絶対化」がもたらした言論の自由の危機 ドイツは、ホロコーストの加害という事実に誠実に向き合ってきた一方で、ホロコーストを絶対化してきました。それは、ホロコーストを「世界の誰にも起こしてはならない人類の教訓」としてではなく、

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