第12回新自由主義の落日、格差は拡大 日本は「大きな政府」に向かうのか
長年、多くの主要国で経済政策の土台となってきた新自由主義が、落日を迎えている。市場での自由な競争を重んじる思想だが、コロナ危機で世界的に国の役割が一気に拡大したためだ。日本でも、岸田文雄新首相が新自由主義からの転換をうたう。再び「大きな政府」の時代が来たのだろうか。衆院選を前に、経済政策の歴史に詳しい東京財団政策研究所主席研究員の早川英男さん(66)に、展望を聞いた。
――コロナ禍では、医療体制やセーフティーネットの強化、経済対策など、政府にさまざまな対応が求められました。国の役割をどう見ましたか。
「政府の役割はいや応なしに急拡大し、その重要性が多くの人に再認識されました。経済学の教科書的に言えば、政府が市場への介入で果たす役割はマクロ経済の安定、公共財の供給、所得再分配による格差是正の三つ。コロナでは景気が落ち込み、公衆衛生の問題が広がり、生活困窮者も増えました。教科書通り、政府の役割が重要になったわけです」
セーフティーネットの弱点があらわに
――実際の対応をどう評価しますか。
「従来の医療やセーフティーネットの弱点があらわになったと言わざるを得ません。日本の医療は公的病院が少なく、民間の中小病院や開業医が中心です。中心的な課題は高度成長期までは感染症対策でしたが、その後、生活習慣病などに移り、保健所の体制を縮小してきた。そのため、今回のような感染症への対応力が低くなっていたのです」
――セーフティーネットはどうでしょう。
「日本の社会保障は、働く人が企業の正社員や自営業者であることを前提とした仕組みになっています。その結果、飲食店のアルバイトなどで、仕事を失っても雇用保険で守られない人がたくさん出てしまいました。この二十数年の間に非正規雇用が急増したのに、セーフティーネットは十分整備されず、雇用保険に入れない人が多いためです」
――日本だけでなく、多くの主要国が経済政策を総動員しています。どんな特徴がありますか。
「金融緩和も行われましたが、どの国でも主役は財政です。日本も欧米も、財政赤字が過去に例を見ないような規模となりました。米国ではトランプ政権からバイデン政権に代わっても財政出動が拡大しています。EU(欧州連合)では加盟国を支援する『復興基金』が作られ、財政統合が一歩進みました」
総選挙が迫るなか、いま私たちが考えるべきことは何か。有権者として何を問われているのか。寄稿やインタビューを通して考える連載です。記事後半では、新自由主義の退潮と限界、その流れを変えるポイントについて、早川さんが論じます。
転機はリーマン・ショック
――世界中の政府がいま、大きな転機を迎えているのでしょうか。
「1980年代ごろ、新自由…
- 【視点】
岸田首相が総裁選前に「新自由主義からの転換」と言い始めたとき、まず思い出したのは英国の故マーガレット・サッチャー元首相の有名な言葉だ。「社会など存在しない。あるのは個人とその家族だけだ」。総選挙で3選を果たした1987年の発言で、サッチャ
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