日経、英FT紙買収のメリット -シナジー効果に期待かかる
(フィナンシャル・タイムズの週末版)
(日本新聞協会が発行する「新聞協会報」(9月29日付)に掲載された原稿に若干補足しました。)
7月末、日経が英高級経済紙「フィナンシャル・タイムズ」(FT)を発行するフィナンシャル・タイムズ・グループを英出版大手ピアソン社から約8億4400万ポンド(約1600億円)で買収するというニュースが世界中を駆け巡った。年内とされる案件の処理が終わりに近づく中、買収のメリットや英国での反応を概観してみたい。
売却自体はかねてから噂されていたが、日経は買い手候補として名前が挙がっておらず、直近では独新聞大手アクセル・シュプリンガー社が有力視されていた。
買収案件の処理には年内一杯かかるとみられ、現時点で買収後の具体的な計画についての情報は限られているが、買収のメリットや英国での反応はどうか。
巨額買収の目的は
過去50数年の所有者ピアソン社がFTグループを手放すことを決めたのは「教育事業に専念する」ため(ファロンCEO)だった。一方の日経側は「グローバル化、デジタル化」を理由として挙げている。
具体的なメリットとして、FTは同じく新聞業を営む企業の傘下に入ることで、ジャーナリズムを追及するための継続した投資が見込め、アジアでの足掛かりを強化できる。日経は急速に電子版購読者を伸ばしたFTからそのノウハウを学び、世界的なメディア企業としての位置を獲得できる。
世界的なニュース配信ビジネスは、ブルームバーグ、トムソン・ロイター、ダウ・ジョーンズなど、限られた大手の戦いとなっている。英調査会社エンダース・アナリシスのダグラス・マッケーブ氏によると、日経がFTとともにメディアグループを形成することで、日経は「グローバル・プレイヤーの1つになった」。
買収金額が巨額過ぎるのではないかという見方があるが、質の高いニュースを生み出す媒体への大きな投資は最近のトレンドの1つだ。投資先は米新興メディアのボックス・メディアやバズフィード、老舗ワシントン・ポスト(アマゾンによる買収)、オランダのマイクロペイメントのスタートアップ「ブレンドル」など、枚挙にいとまがない。
これまでにも日経にはFTの翻訳記事が時折掲載されてきたが、今後はさらにこれが深化し、共同企画、取材、調査、カンファレンス開催が実行される可能性は高い。
英メディアの反応と今後
FTの読者は高額年収の富裕層が中心のため、日経は国際的な富裕層ネットワークも手中にする。これによって、新たなビジネスの展開、新規広告主の開拓、紙面の変化(特定層に向けたコンテンツの拡大)もあり得る。編集人員、経営幹部らの人事交流が進めば、さまざまな刺激を受けて日経の報道自体が変わることもあるだろう。シナジー効果が広がりそうだ。
日経による買収は英メディアを驚愕させた。アクセル・シュプリンガー社が買収するという報道が出た直後の日経買収合意の報道であったこと、西欧圏ではなく日本という言葉も文化も大きく異なると考えられる会社が買い手であったためだ。
大きな不安感と懸念も広がった。大規模な人員削減があるかどうか、編集権の独立が維持されるかどうかー。
英国では新聞社が統合・整理を行い、大幅な人員削減を行うのは日常茶飯事だ。また、外国企業にメディアが買収され、「削減しない」「編集権の独立を維持する」と新所有者が約束しても、結果的にはそうならなかった例(1980年代に豪出身のルパート・マードック氏によるタイムズ、サンデー・タイムズの買収や、同氏による、2007年の米ダウ・ジョーンズ社買収に伴う、ワシントン・ポスト紙の編集部刷新)が強い記憶として残っている。
英国の新聞は17世紀、王室とこれに対抗した議会との戦いを報道することで大きく成長した歴史があり、「新聞=権力を監視するメディア」という意識が強い。いかなる権力からも独立していることが原則だ。その一方で、長年、富裕な所有者が自分の政治信条に沿った編集方針を新聞に持たせるという流れが続いてきた。
所有者からの恣意的な干渉を受けずに、自由に、独自の立場から紙面を作ることは読者の信頼を得るためにも非常に重要であり、これを信条にしている新聞の一つがFTだ。
ピアソンはFTの編集方針には一切干渉しなかったといわれている(ただし、編集長の選任権は持つ)。7月24日付のFTの投書欄には元編集長三人が連名で投稿し、日経に対し編集の独立性の保障を求めた。
将来、日経が支持基盤として持つ日本の企業社会についてのスキャンダルをFTは自由に報道できるだろうか?また、日経本紙はどのように扱うか。FTと日経はそれぞれ異なる編集方針を持つため、特定の記事の扱いが異なるのは当然だが、場合によっては「遠慮して報道を控えた」と見られる場合もありそうだ。日経の報道姿勢に厳しい視線が向けられている。