小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

英総選挙 テレビ討論で第3党の躍進 何故勝った?

 昨晩の熱狂がまださめきれていない、今朝である。5月6日の総選挙前に、昨晩、英国では初の各党党首による、米国型テレビ討論が行われた。

 「米国型」というのは、大統領選挙の時、2大政党の党首(大統領候補)がテレビで討論するアレである。その昔、ニクソン氏が若々しいケネディー氏に負けた・・・というエピソードでも有名だ(当時のことを覚えている人は少ないかもしれない)。

 英国は大統領制ではなく、日本のように総選挙の結果、最も下院の議席を得た政党が政府を作る仕組み。国民一人一人が首相を直接選べるわけではない。もし誰かを首相にしたかったら、その人が所属する政党が推す候補者に一票を投じるしかない。

 「大統領制」と言えば、最近では、ブレア元首相(1997-2007)が、「大統領スタイル」を政治に持ち込んだ、と言われている。それは、内閣の中で他の閣僚と話し合いながら物事を決めるのではなく、自分とその側近が重要なことを決める・・・という意味である。「ニューレイバー」ブレア氏の人気におんぶにだっこで労働党はやってきた(近年)。

 さて、昨日のテレビ討論である。前から、米国式のテレビ討論をやろうという話は持ち上がってきたのだが、近年の例をひくと、例えばブレア氏はいったんはやろう!と言っておきながら、最後になって「やっぱりやらない」というケースがあったという(BBCの番組)。「勝てるのに、討論に参加して、マイナスになったら困る」というのが理由であったという。

 そこで今回も実現するかどうかが疑問視されていたのだが、ブラウン首相(労働党党首)が参加を表明し、デービッド・キャメロン野党保守党党首とニック・クレッグ第2野党自由民主党党首が入って、3人でテレビ討論をやることに。全3回行われ、昨晩がその第1回だった。

 民放ITVが放映した番組は夜の8時半から10時まで。1時間半で、コマーシャルはなし。内政問題について、視聴者があらかじめ調整された質問を出し、これに各氏が答えた。3人が「討論」をするよう、司会者が「xxに対して、xx氏はこう言っているが、どうか?」と反論の機会を与えた。

BBCの記事
http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/election_2010/8624317.stm

 実は時間を間違えてしまい、8時50分ごろから見た。最後まで見て、感動してしまった。投票権がないのに、「自分だったらどうするか」と思うと、目が離せなくなるのだった。結局、「第3の男」となるクレッグ氏が、番組放映後の調査で圧倒的支持を得るのだけれど(例えば40-50%、次にキャメロン氏の26%ぐらい、ブラウン首相の20%など)、私が気づいたのは以下の点で、まったく新しい何かが起きている感じがした。

*ブラウン首相もキャメロン氏も、なぜか「カメラをしっかり見る」ということがほとんどなかった。常に会場内の観客を見るか、相手をちょっと見るか、など。これはアドバイスが悪かったのかどうか?結果的に、ブラウン管を通して、視聴者に語りかける感じがほとんどなかった。
*両氏のやりとりは、結果的に、毎週水曜日に行われる「クエスチョンタイム」(首相に野党議員らが質問をし、首相がこれに答える)の繰り返しだった。相手を議論で負かす、相手の議論の不一致をつつき、誰が正しいかをギャラリーに示す・・・ことに主に集中していた。
*ブラウン首相は、照れ笑いのような表情があって、ジョークも珍しく飛ばしていたが、「ニック(クレッグ)に同意するが・・」というような表現をよく使った。自民党と一緒に連立政権を作りたいという、「ラブコール」で一杯だった。
*これもカメラの話になるが、キャメロン氏はちょっと演台から離れて、時折、頭をやや後ろに倒し、客席を見て話していた。こうすると、視線が「上から見下ろす」ように見える。どうもそれが私には「見下ろす視線」=政治姿勢の一致、に見えてしまった。

 さて、ここからがクレッグ氏を誉める話になる。
*クレッグ氏は、カメラをしっかり正面から見て話していた。これで、お茶の間の視聴者にとっては、自分に向かって話しかけた・・という印象を与えた。

 だんだん明らかになってきたのは、ブラウン首相とキャメロン氏がお互いに議論をしているうちに(互いの議論に勝つことは政党の戦略上、重要)、クレッグ氏が、コツコツと、ざっくばらんに、語りだしたことで、ブラウン+キャメロン=自分たちだけの古いゲームに熱中している人たち、クレッグ=唯一、視聴者のそして国民の目線で語れるヤツ・・・というイメージが鮮明になってしまった。

 そこからはもう、クレッグ氏のイメージが上がる一方であったと思う。そして、
*視聴者からの質問がでると、クレッグ氏はまずその人がどこに座っているかを確認し、名前を繰り返した。最後には、質問者ほぼすべての名前を繰り返した。パーソナルな雰囲気である。「あなたに向けて、話していますよ」と。日本と同様、英国の政治家は「有権者の方を見ていない」と批判されている。しかし、名前を入れることで「あなたの話を聞いていますよ」という印象を与えた。しまいには、キャメロン氏も質問者の名前を入れるという返答方法を真似していた。

 結局のところ、最後までクレッグ氏は好印象を残しながら、議論は終了。その後の別の番組でも、「クレッグはいい」という声が相次いだ。

―なぜ勝った?

 クレッグ氏が勝てた理由は、「第2野党なので、自分が首相になることはありえず、第3党の党首ということもあり、気軽に話せた」というのは1つあろう。

 しかし、その上で、クレッグ氏が高く評価されたのは、単に議論に勝ったとか、見た目の感じが良かったとか、テレビ目線で話したとか、そういうもろもろの理由よりも、政治的に重要な意味があったのだと思う。

 それは、国民の政治家に対する幻滅感、「どうせ何も変わらない」という厭世観がかなり大きいものであることを理解しているかどうか。これは非常に深い。灰色議員経費問題、不景気、銀行への大量の税金導入など、怒りの末にがっかり、投票したくないという人はたくさんいるのである。この点を理解しているかどうか。

 ・・もしこの点を本当にしっかりと理解していれば、テレビ討論でするべきではないのは、古い政治のパターン、つまり、2大政党制で、党首がお互いの議論をけなしあうことだった。議事堂での毎週やっているやり取りを再現してはいけない。「今までと同じ」「政治家たちは自分たちの世界の中でやりあっている、自分には関係ない」という思いを抱かせないこと。

 つまり、国民の信頼を取り戻すことが、1つの大きなテーマだった。国民一人一人の意見を聞いて、語りかけること。この点から、クレッグ氏は戦略的に勝ったな、と思う。

―クレッグ氏の個人の資質

 今回のテレビ討論での様子が、自民党の支持率急上昇、および獲得議席数の大幅拡大に結び付くかどうかは分からない。2大政党神話は強いし、番組を見なかった人だっている。

 しかし、一つの流れとして面白いは、政治ポジションとしての第3党がやや現実味を帯びてきたなということである。「もう1つの視点」である。(欧州の学者に前に言われたのは、「もう右、左」という考え方はないということ。右=保守党、左=労働党という分け方が古いのではないか、と。英国にいると、つい忘れがちになる。)

 それと、クレッグ氏個人の資質なのだが、どうもこの人は何だか違うゲームをやっている感じがする。よく、格が違うという意味で「違うリーグにいる」という言い方があるが、そんな感じ。「格が上」でなく、「違う」。

 これをすごく感じたのは、クレッグ夫人が前にテレビのインタビューに応じた時だ。キャメロン氏もブラウン首相も夫人を選挙運動に連れてゆく。一緒に写真を撮られたり、有権者を訪問したり。ところが、クレッグ夫人は、「選挙のために5週間もフルタイムの仕事を休めないから」という理由でこれをしていない。「私は政治家の妻ではない」「たまたま、政治家の男性と結婚しているだけ」と。個人の生活の方が重要だ、というメッセージだと思った。

 その評価は様々かもしれないが、とにかく「違う世界に生きている」なあと思ったものだ。「違う」というのは、「既成の政治界の慣行の外に生きている」という意味だ。

 クレッグ氏は、下院議員になる前、5年間、欧州議会議員だった。でも、英国の有権者からすれば、欧州議会議員は「遠い存在」で、「どうしても下院議員になりたかった」と以前、話していた。

 クレッグ氏の新しさが最近光ったのは、12日、BBCのジェレミー・パックスマンという名うてのジャーナリストからインタビューされた時。

(以下のビデオは英国外では見れないかもしれない。)
http://www.bbc.co.uk/iplayer/episode/b00s67vd/Jeremy_Paxman_Interviews_Nick_Clegg/

 パックスマン氏は、政治家をやり込めるインタビューで有名なのだ。前の総選挙では、自民党の当時の党首チャールズ・ケネディー氏にインタビューし、彼のアルコール好きを改めて暴露。返事に窮したケネディー氏は、とうとう党首を辞任した。非常に人気のあった党首だったが、アルコール依存症であることが表面化したのである。

 そんなわけで、厳しいパックスマン氏の追及が怖いと思ったのかどうか、今回、党首のインタビューの話が上がった時、これに応じたのはクレッグ氏だけだった。ところが、開けてびっくりで、パックスマン氏のいじわる(と想定された)質問を堂々と切り替えし、最後は主導権を握ってしまった―つまり、クレッグ氏は自分の言いたいことを言いたいように主張してインタビューは終わった。何故か、切れ味の悪かったパックスマン氏。政治家への厳しい質問で非常に有名なパックスマン氏だったが、相手の言葉尻をとらえて言論の不一致を説くパックスマン流インタビュー=古いインタビューの形式はもう終わった感じがしたものである。

 これがもしキャメロン対パックスマンだったら?キャメロン氏もおそらくうまく切り返しただろうと思うーブラウン首相も(うまく、かどうかは分からないが)。ただ、おそらく、パックスマン氏の質問にいちいち反応・反撃しただろうと思う。

 喧嘩あるいは議論をする時、「相手のゲームで戦うな」という言い方を聞いたことがある。相手のゲームプラン(ゲームは戦略、といってもよいだろう)に沿って、そのルールの中で戦うな、と。(たとえば、余談になるが、「あなたはいつ妻を殴ることをやめましたか?」という質問がある。妻を殴っていることが前提となっている質問である。否定しても肯定しても「殴っている」という事実から逃げ切れない場合がある。)クレッグ氏とパックスマン氏のやり取りを見て、クレッグ氏がどうも自分なりのゲームプランを持っていることに気付いた。パックスマン氏の質問に答えるためにそこにいるのではなく、自分のペースで自分の言いたいことを言うために出演しているのだ、ということが。

 今回の総選挙で、一番のカギは、必ずしもマニフェストで各党が何を約束したかではないだろう。テレビのインタビューに答える視聴者たちは、「政治家には本当のことを言ってほしい」と繰り返している。「国の負債を減らすために、どこかで削減があるのだったら、どこにどれ位なのか、はっきり数字で示してほしい」と。この痛切な思いをちゃんとくみ取れるかどうか。失われた信頼を取り戻すには、本当のことを言うのがよいのだが、本当のことを言ったら、選挙に負けてしまうので言えないのである。

 テレビ討論で、私が思わず拍手をしたのは、クレッグ氏が「負債額があまりにも大きいのでどうしたらいいか最善策がない」「総選挙後にどの政党が勝つとしても。この3党や中央銀行、すべての関係者がアイデアを持ちよって、何がベストかを一緒に考えよう」と言った時だ。保守党か労働党かという2者択一ではなく、というメッセージでもあったが、やっぱりなあとも思ったのである。各党がいうように本当に国の負債がでかくて困っているなら、そしてどの党も圧倒的な第1党になれないなら、みんなで知恵を出し合うしかないし、特定の政党が勝つか負けるかなんて言うことは、わきに置いといて・・というのは、国民の思いに合致する。

 どの党が政権を担当することになるのかは分からないが、国民の声を反映する政権になってほしい。多くの国民の政治・政治家に対する不信感をどこまでくみ取れるかーこれが決め手になるはずだ。

―失言?、疑問

 自民党はトライデントの廃止を主張している。労働党、保守党は維持派だが、キャメロン氏がこれを維持する理由として、諸外国の脅威をあげたが、スコットランド国民党党首の観察によれば、脅威がある外国の1つで中国を挙げたようなのだ。英国にとって貿易パートナーとして重要視される中国が果たして脅威なのかどうか?失言だったのだろうか??また、トライデント廃止は「冷戦構造が終わった」ので、まっとうなものという自民党の主張は理解できるけれど、じゃあどうやって国防を維持するのかなと。これはまたどこかで出てくるだろう。
by polimediauk | 2010-04-16 18:16 | 政治とメディア