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草加の街をブラリ!その3「彫刻も素晴らしい本堂欄間、山門、鐘楼をもつ東福寺だぁ」の巻

5月に訪問した草加の見どころをブラブラとご紹介していきます。

草加の街をブラリ その3
草加宿開宿の一人とされる「大川図書(おおかわずしょ)」が創建したと伝えられる「東福寺」


本堂欄間、山門、鐘楼は市指定文化財。境内には「大川図書」の墓がある。 
今回も楽しい「謎解き」があるよ~(笑)


撮影:2022年5月6日 Canon PowerShot SX710SH

▼今回の草加ブラリ散歩コース図(草加駅発着で、徒歩見学・撮影にて約4時間でしたぁ!)
草加マップ202205


1▼「東福寺」:1606(慶長11)年、草加宿の基礎を築いた大川図書(おおかわずしょ)が創建したと伝わる寺院です。僧賢宥が開山したといわれています。真言宗智山派。
写真は、市指定有形文化財の山門です。

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2▼この山門は、正面の柱間3.03メートル、妻(つま=奥行)は2.57メートルの棧瓦葺(さんがわらぶき)の「四脚門(しきゃくもん)」とよばれるものです。この彫刻が素晴らしく思わず見入ってしまいました。元冶2年(1865年)銘を持ち、彫工・後藤常重(ごとうつねしげ)によるものです。ところが、現地やネットでの彫刻題材に関する情報が無くて困りました。市の資料によると「宗祖・弘法大師(こうぼうだいし)に由来した見事な彫刻」とありますが・・・?!
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3▼こういう時に仏教関係の基本的知識がない事が大変悔やまれます(^▽^;) 恥ずかしながら弘法大使(空海)の逸話を見つけるのに数時間かかってしまいました(笑) 彫刻を良く見ると海岸?で子どもが筆を持っていますが、どうもその筆の先には龍が空を駆けていく様子が描かれています。子どもの後ろには僧がいます。 
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4▼さらに、龍の先には、雲に乗った菩薩のような仏が輪光(りんこう)あるいは、頭光(ずこう)を伴い、片手に経巻(きょうかん)を持って飛んでいます!?なんじゃぁこれは?
(;´Д`) さてみなさんはこの彫刻をどう読み解きますか? ネット上には、この山門の紹介をしている方はいっぱいいらっしゃるのですが、市の解説以上の「解説」はありません。(謎解きは写真の下に!)

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<謎解きです>
実はこの題材は、弘法大師(空海・以下大師)が書道の名人であることがポイントになります。大師が唐に留学していたときに、川辺(海じゃなかった!)を歩いていると、一人の子ども(童子)がやって来て河の水に文字を書いてみろという。次に子どもが書いた「龍」の字の最後の点を大師が打ったとたんに、文字が本物の「龍」に化けて天に昇って行ったという事です。ところがこの子どもは文殊菩薩の化身だったのです。という事で、左端の雲に乗っている仏は、経巻を手にしている事から文殊菩薩であると推理できました。龍の字を書いた子が文殊菩薩の化身。右の僧はもちろん弘法大師になりますね。(彫刻では大師は筆を持っていないのですが恐らく本来は子ども同様に筆を持っていたのかと思う。この逸話「流水点字(るすいてんじ)」と呼ばれるらしい。)いやぁ~、実に気持ちが良い(笑) (torikeraの推理です念のため)

なお弘法大師の逸話を見つけたのは、雑誌の「別冊太陽」編集部による次のサイトでした。「『弘法大師』と空海は同一人物?」大師にまつわる伝説を絵にした「高野大師行状図画」の絵も紹介されていますので是非ご覧になってみてください! 
https://webtaiyo.com/culture/644/


5▼さて、山門の内側になります。こちらの彫刻の題材は何でしょうか? 中央に立つ僧が空中に何かを投げていますね。後ろには大勢の人々がいます。投げられたものは雲に乗って飛んでいきますが、形が金剛杵(こんごうしょ:煩悩を打ち砕く武器)に似ています。
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6▼彫刻の右端の人々です。着衣の特徴からどうやら「唐」の人々を描いているように見えます。
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7▼中央の僧です。周囲の人々に比べて大きく描かれています。左手には数珠を持っています。後ろの僧たちは拝んだり手を上げて驚いているのでしょうか?
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8▼中央の僧が放り投げた「金剛杵(こんごうしょ)」が波の上を越え、雲に乗って飛んで行ってます。松の木が背景にあるので場所は海岸でしょうか?
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<謎解きです>
こちらも実は弘法大師にまつわる大変有名な逸話でした(^▽^;) 
1200年前の806年(大同元年)に、大師は日本に帰るため唐(明州)の港で師の恵果和尚から授かった密教法具の三鈷杵(さんこしょ)を取り出し、「密教を広めるのにふさわしい地があれば教えたまえ」と願いを込めて東(日本の方向)に力一杯投げました。すると三鈷杵は、はるかかなたへ飛んで行ったそうです。それから10年後の816年(弘仁7年)、大師は高野山に生える松の木に三鈷杵がかかっているのを発見し、その地に真言密教の道場を開いたという事です。ちなみに、この松の木を「三鈷の松」(松葉が3本で1セットだそうです)と呼んでいます。さらに、何とこちらの東福寺にも「三鈷の松」がありました。鐘楼の横の松ですが、うっかり写真を忘れました(-_-;) という事で、中央の僧が大師、後に控えるのは弟子の僧たち、右端は唐の師匠の恵果和尚なのかな?松の木を大きく配置することで「三鈷の松」を象徴しているのかもしれません。この逸話は「投擲三鈷(とうてきさんこ)」と呼ばれるとか。いやぁ、実に愉快ゆかい!謎解きは楽しいです。



9▼山門の内側の様子です。特徴は、中央部のメインの柱についた「三つ斗(と)」と呼ばれる「組物(くみもの)」(下図参照)など。
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三つ斗「三つ斗(と)」


10▼山門の解説板。
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11▼山門入ってすぐ左手の石碑・石仏群です。面白いものがありました。
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12▼「庚申塔」です。享保10年(1725年)建立のもので彫りもはっきりしていて、美しいものです。左手下の「しょけら」の顔もしっかり描かれていますね。
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13▼正面金剛の足元の踏みつけられている「餓鬼」の顔もユニークでした。(痛そうですが!)
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14▼そして、torikeraの食指がバンバンに動いたのが(笑)こちらの「墓石??」です。何ですかこれは??
「金玉道士(きんぎょくどうし?)」というのでしょうか。墓石には、徳利とおちょこが彫られ、墓石の上には「酒樽」が乗っています(◎_◎;) こんなの初めて見ました。

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15▼同「墓石?」の裏面の「碑銘」です。かなり字がはっきり彫られていますが、いかんせんtorikeraには読む能力がありません!!悔しい~(゚Д゚;) 誰か読んでください。かなり「しゃれっ気」のある方が書いたもののように思うのですが。どなたか、ご存じの方がいたらぜひご教示くださいませ。お願いします。
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※草加市立歴史民俗資料館の所蔵資料を検索していたら、この石塔の絵を東福寺の「お札」として刷られたものが、所蔵されていました。いよいよ面白い!

16▼やっと、「鐘楼」に来ました(笑) この鐘楼も大変すばらしい彫刻にあふれています。(あっ、写真右に写っているのが「三鈷の松」です(^▽^;) )
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17▼鐘楼の彫刻
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20▼鐘楼の天井部分です。梵字が書かれています。
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21▼文久2年(1862年)の建立です。
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22▼いよいよ、本堂です!
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23▼向拝下の龍ですが、ヒゲがイガグリのようにトゲトゲしていて面白いですね。一部彩色が施されています。
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24▼細かい彫刻がされていて見ごたえがあります。
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25▼木鼻(きばな)の「見返り獅子」も迫力がありました。
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26▼松と鳥ですが、鳥の背面と腹面とを描いて面白いですね。あっ、気づいたのですが、右側の鳥の翼が左右で逆向きに彫られていますね。以前、さいたま市内の染谷八雲神社の彫刻が同じ構図でした。
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27▼オシドリでしょうか。
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28▼向拝下の側面の龍です。
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29▼こちらは、鶴ですね。
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30▼東福寺の彫刻と言えば実はこちらの、本堂内の欄間(らんま)彫刻が有名でした。市指定有形文化財になります。訪問時は本堂の扉が閉められていたので観ることができませんでした。頼んで拝観させていただけば良かったなぁ。帰宅してネットで確認したら、とても見事な彫刻だったので残念でしたぁ(゚Д゚;)
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31▼解説板の写真が見にくいので草加市の文化財紹介サイトから引用させていただきます。
東福寺欄間

東福寺本堂の内陣(ないじん)と外陣(げじん)の境には江戸の名工・島村円哲(しまむらえんてつ)作と伝えられている3枚からなる見事な彫刻欄間(ちょうこくらんま)があります。
中央にある大きな彫刻には、仏教の守護神である竜が彫られています。
竜は水に縁のある空想上の動物で、伽藍(がらん)を火難から守る願いも込められていると思われます。技法は優れ、波頭を蹴る竜は迫力があります。
左右の彫刻はやや小さく、中国の『二十四孝(にじゅうしこう)』を題材にしています。向かって右側は、大舜(だいしゅん)という人物に関する彫刻で、大舜が象と鳥と一緒に耕作をしている様子がいきいきと彫刻されています。一方、左側には、董永(とうえい)という人物がひざまずき、別れを惜しむように昇天する天女を見送る場面が美しく彫られています。
東福寺のこれらの彫刻欄間は、構図・刀痕(とうこん)ともにこの地方での逸品で、題材も教化(きょうけ)の殿堂にふさわしいものです。(草加市オフィシャルサイトより引用)


32▼墓地にあった、石仏群です。中央右手の地蔵菩薩立像は、「塩地蔵」だったのか、浸食が激しくて顔や体が溶けていました。
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33▼境内、不動堂前の「不動明王像」です。今柄童子(こんがらどうじ)と制吒迦童子(せいたかどうじ)を従い座っています。こちらの不動像の前には新しい不動像もあり、こちらは「力試し」の石像で持ち上げることができるようになっていました。次の写真。
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▼「重軽不動明王」 私は腰が痛くなりそうなので触りませんでしたぁ(^▽^;)
落として欠けちゃったらバチが当たるかも?!ちゃんと腰痛防止の為?足の位置まで指定しているのは親切だ(笑)

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※重軽不動明王:
お参り前にお不動様を持ち上げ、次に願いをこめてお参りいただき、その後にもう一度お不動様を持ち上げてみてください。前より軽く感じれば、願いが叶うと言われています。(解説板より)


なお、各地に同様の「おもかる石(重軽石)」というのがあるようで検索してみたら、「重軽地蔵菩薩」や「重軽菩薩」が多いようだけど、「蛇」や「フクロウ」なんて言うのもありましたぞ(゚Д゚;)。
 そういえば、王子稲荷にも「御石様」と呼ばれる「願掛け石」(おもかる石)があるのを思い出しましたぁ。こういうのは広い意味で「力石」に入るのだろうか?(高島先生に聞いてみよう!)

※高島愼助元四日市大学教授(日本の力石研究の第一人者)から、返信をいただきました!
先生の定義で「力石」は、「日本の力石研究」というサイトの冒頭にも書かれています。
「力石(ちからいし)とは、労働を人力に頼らざるを得なかった時代に、体力を養うのを目的とした石のことです。力石を用いた「力持ち」は、一人前の男としての通過儀礼、鍛錬および娯楽として用いられていました。体育史学・スポーツ人類学の立場から全国の力石を調査研究しています。」とあります。
 つまり、今回の「重軽石(おもかる石)」のように、老若男女を問わず願い事を唱えて持ち上げた感触により物事の吉凶を占う石はその定義では「力石」ではないという事になります。高島先生ありがとうございました。


34▼墓地内でもひときわ大きな「大川図書(おおかわずしょ)」の墓石です。思わず「としょ」と読みたくなってしまいます。
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※大川図書(?~1619)は草加宿開拓者の一人。土本氏を名乗る武士で小田原北条氏に仕えていましたが、天正十八年(1590年)の小田原落城によって浪人となり、徳川家康の天下統一後、伊奈備前守の計らいにより草加の地に土着したといわれています。新田開拓、農業奨励、寺院建立などの功績が大きく、東福寺も大川図書が建立したといいます。
 大川本家が代々の草加宿本陣を務めていて、屋敷は現在の草加小学校辺りにありましたが、現在遺構は残っていません。
(参考:「埼玉の城」~城と古戦場~)



35▼「白蛇弁才天」の石碑(草加市立歴史民俗資料館前の植込みにありました)。この石碑は、かつて大川図書の屋敷内にあったものです。広大な屋敷をもっていたのですね。
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36▼「草加小学校のプレート」 旧日光街道に面した門柱についていたプレートです。モダンですね。草加小学校も、かつての大川図書の屋敷内に建てられたものだそうです。
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37▼さて、東福寺を出て再び旧日光街道に戻ってきました。この後、「おせん公園」方面に向かいます。
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※次回、神明庵、神明神社、おせん公園などをご紹介していきます。お楽しみに!
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コメント

Re: コメントありがとうございます

ぶらっと遡上探索 さん!こんにちは!

綾瀬川沿いは、これまた「見どころ満載」で大変ですよ~(笑)

東福寺には、寄ってもらうしかありません(^▽^;)

ゴム起伏堰情報ありがとうございました。これはビックリです。

重複コメントの件了解です。fc2ブログはコメントでよくエラーが出ますね。私も3~4回コメント入れちゃう事があります。(-_-;)

コメントありがとうございます

こんにちはトリケラさん、拍手コメントありがとうございます。
おお~、綾瀬川沿いの良い探索情報ですね(嬉)。山門の彫刻から物語が浮かぶとは、着眼点が凄いですね。金玉道士!名前で笑えます、本堂向拝の龍、見事です。此れは、寄るしかないですね(笑)。
ゴム起伏堰は彼方此方の河川に在りますが、灌漑用水への引水やダム的な水量調整などの機会が無いと、ペチャンコ状態です。境川遡上時の石川堰が膨らんだ状態で撮れていますでご覧下さい。https://freedomwalk.blog.fc2.com/blog-entry-514.html

Re: No title

たいやきさん!こんにちは!

「金玉道士」は謎ですねぇ。検索をかけてもヒットしません。

そもそも「道士」とは「道教」関係の言葉だと思いますし、道教での「金玉」というのは、いわゆる黄金の事なのか?

道教の「不老不死」「神仙思想」に繋がる、死体を腐敗させない「仙薬」とされているものに黄金が使われている?という

記事も出てきて訳が分からないですね(^▽^;) でもとても面白いです。

草加市か資料館に問い合わせてみようかとも思います。(*^^*)!

Re: 点を打ったら龍に化け

BUSYBEE-GAEI さん!こんにちは!

面白いでしょう?「謎解き」と書きましたが「絵解き」ですかね。

掘られている場面が何なのか、昔の信心深い庶民は知っていたのでしょう。

あるいは、寺の住職が彫刻を見せながら説明をして信心の大切さを説いたのでしょうね。

絵が本物の龍になったり、中国の海岸から日本の山へ投げたものが届いちゃったり

ありえないことが起こるのが、「ありがたい」事なのでしょうか。

墓石の「金玉道士」とその上の酒樽は実に不思議な組み合わせ!どんな意味があるのでしょうか?

草加にもぜひ足を延ばしてみてください(*^^*)!!

Re: No title

三重之介さん!こんにちは!

「重軽石」というのは、一般的にあちこちにあるのですか?!

不動明王を彫っているのは確かに珍しいのかと思いました。

「参加型のプログラム」は、寺院でも求められているのでしょうね。

ただし、落として不動像が欠けたら申し訳ないなぁと思ってしまいました(゚Д゚;)

Re: No title

大原かずのりさん!こんにちは!

最近謎解きおじさんと化しています(笑)
何が彫ってあるのか分からないと「消化不良」になりますね~

弘法大師の逸話は知っている人は当たり前に知っているのでしょうが
意外にご紹介になっている方が少なくて(^▽^;)
お寺でも簡単に解説をしていただけるとよろしいのですが!

欄間彫刻はリサーチ不足で十分にそのすごさを承知せずに訪問してしまいました。(-_-;)

有明西学園は思わず検索してしまいましたが、竹中工務店が手掛けた校舎ですね。
燃えにくい木材を使用して造られているのがポイントでしょうか。
流石に木場など抱えた地区らしいです。写真を見ると木の壁に標語が書かれているのが
なんだか押しつけがましくて笑えました(゚Д゚;)


No title

これはなんだ?というものが多いですね。
やはり「金玉道士」が気になります。
名前もさることながら、上に載っている樽はなんでしょう?
お酒かな?
醤油かな?
それとも漬物?
こういう何だか分からないものに解説板がないのが惜しいです。
解説をしないのが賢明なのかもしれませんが。

点を打ったら龍に化け

4番目の写真、天晴!解説を読んでな~るほど。面白いですね(*^-^*)。
6番目の唐人たちも可愛いです。
8番ですが、東方に投げたら高野山まで飛んでった??これもなかなか( ´艸`)。
12、13番の「餓鬼」はこれまた漫画チック。墓石の上の酒樽には故人が偲ばれますね。
梵字も彫り物も素晴らしい。草加はやっぱり、地味に凄い。

No title

全国の重軽石には様々な形がありますが、不動明王の重軽石は初めてです。

No title

こんばんは!

おお、これは江戸最末期の建築が充実したお寺さんですね^^ 
謎解きの話は、どれも初耳でした!
弘法大師にそんな話があるんですか~。
特に文字に点を打ったら龍に化けて天に昇っていったというのが面白いですね。さらにその彫刻の表現も見事で!(*^▽^*)

町のお寺さんは本堂を閉めておられることが多いので
拝観のハードルが高い場合も多いですよね。


それと前回のコメントで、今の校舎に求められるのは・・・・とあったので、個人的な答えは・・・・・耐火木造校舎!
「有明西学園」のような校舎は見てみたいです^^

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torikera

Author:torikera
季節の野草や身近な自然の写真のご紹介、トレイルランやポタリング、マウンテンバイクの記事、掘り出しモンCDアルバムなど音楽の話題、美味しい日本酒や蕎麦について、最近は庚申塔・石仏・富士塚・力石など石や塚などにも興味津々!とりとめのない記事ばかりですがよろしくお願いします。

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