有と無: 見え方の違いで対立する二つの世界観 (細谷功)の書評

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有と無: 見え方の違いで対立する二つの世界観
細谷功
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有と無: 見え方の違いで対立する二つの世界観 (細谷功)の要約

「ある型」と「ない型」という2つの思考様式に着目し、人間の認知と社会のメカニズムを解き明かす試み。生まれながらに持つ「ある型」思考を理解しつつ、意識的な訓練で獲得できる「ない型」思考の可能性を探ります。カイゼンとイノベーション、知識の過信と謙虚さなど、現代社会の様々な現象を新たな視点から読み解けます。

「ある」型思考と「ない」型思考

言葉とは抽象化の産物であり、ものごとの特徴を「都合よく切り出している」ものだからです。つまりそこには「切り出している特徴」と「切り出していない特徴」がほとんどの場合、存在するのです。要は、人間は言葉を使いだした瞬間に「二択の罠」に入り込んでいるということになります。(細谷功)

著述家、ビジネスコンサルタントの細谷功氏は、人間の知能の根源的な部品である「ある」と「ない」という二つの思考様式に着目し、私たちの認知や社会のメカニズムを鮮やかに解き明かしています。

人間の認知において、目の前にある具体的なものに注目する「ある型」思考は、きわめて自然な特性です。私たちの脳は、日常的な経験や目に見える事象を中心に世界を理解するよう進化してきました。

しかし著者は、そこにとどまらない「ない型」思考の可能性を提示します。これは一部の特殊な人々だけが持つ才能ではなく、意識的な訓練と習慣づけによって誰もが獲得できるスキルだと著者は説きます。このメタ認知能力を鍛えることで、私たちは認知バイアスの罠から逃れられます。

本書は、私たちが生まれながらに持つ「ある型」思考の特性を理解しつつ、そこから一歩踏み出して「ない型」思考を育む可能性を探るためのメソッドを教えてくれるのです。

「ある」と「ない」は、一見すると単純な反意語のように見えますが、実は非対称な世界観を形成しています。著者はこれを「家にあるもの・ないもの」という身近な例で説明します。

たとえば30秒間で、あなたの家にあるものを思いつく限り挙げてみてください。次に、家にないものを挙げてみてください。おそらく「あるもの」は机やベッド、本棚など次々と思い浮かぶのに対し、「ないもの」を考えるのは意外と難しいはずです。

実は「ないもの」は無限にありますが、私たちの脳は目の前の具体的な「あるもの」の方に自然と注目してしまうのです。この思考の偏りこそが、私たちの認知と社会を形作る重要な特性なのです。 

これは私たちの認知が「具体的で目の前にあるもの」に強く引き寄せられる性質を持っていることを示しています。著者はこの非対称性が、私たちの思考や認知を大きく規定していると説きます。

両者の思考回路の特徴を詳しく見ていくと、「ある型」の思考は具体的で経験や過去の知識を重視し、どうしても自分中心的な視点となりがちです。一方、「ない型」の思考は抽象的で想像力や創造力を必要とし、自己を客観視するメタ認知の能力が不可欠となります。この違いは、現実重視か理想追求かという志向の違いにもつながっていきます。

この思考の枠組みは、ビジネスの世界でも重要な意味を持ちます。「カイゼン」は既存の変数(コストや不良率など)の最適化を目指す「ある型」思考の典型です。数値化された指標を「解くべき問題」として設定し、その改善に向けて努力を重ねていく姿勢は、20世紀の日本企業の競争力の源泉となりました。

これに対してイノベーションは、「いまない変数」を創出する「ない型」思考に基づいています。他社が持っていない新しい価値軸を生み出すことで差別化を図るアプローチです。

日本のビジネス界が直面している課題の一つは、変化の激しい現代において「ある型」思考に偏重していることです。安定した環境下では「外枠」が定まっているため、カイゼン型の思考が有効でした。しかし、不確実性が高まる現代においては、「ない型」の発想がより重要になってきています。

「ない」型思考を取り入れ、認知バイアスを防ごう!

「ある型」は、「中途半端に知っている」人によく見られる思考回路です。どんな領域でもある程度の知識を得ると「わかったような気になってしまう」という状態となります。もう学ぶことがあまりなくなるので、このような思考回路の人は「他人への説教」を始めることが多くなります。

認知心理学で知られる「ダニング=クルーガー効果」は、能力の低い人ほど自分の能力を過大評価する傾向を指します。これは「ある型」思考の典型的な表れといえます。つまり、限られた知識や経験という「あるもの」だけを基準に判断するため、その外側にある広大な知識領域(「ないもの」)を認識できないのです。

言い換えれば、自分の無知に対して無知である「無知の無知」の状態です。 一方、より深い知識や経験を持つ人々は、むしろ自分の能力を控えめに評価する傾向があります。これは「ない型」思考の特徴で、ソクラテスの「無知の知」に通じます。自分の知らないことを自覚する能力、すなわちメタ認知能力の表れといえるでしょう。

知識が深まるほど、まだ知らない領域の広大さに気づくという逆説が、ここには存在します。 この対比は現代のコミュニケーション、特にSNSでの議論において顕著に表れます。十分な知識や経験がないにもかかわらず断定的な主張を展開する人々(「ある型」)と、豊富な知識を持ちながらも慎重な物言いを選ぶ人々(「ない型」)の対比は、日常的に観察できる現象です。

皮肉なことに、この構図において、実際には浅い理解しか持たない人が、より深い知見を持つ人を「論破」したと誤認するケースが少なくありません。思考の本質を知ることで、バイアスを防げ、より正しい選択ができるようになります。

「ない型」の思考回路は「自らを客観視する」メタ認知の産物であり、これ は意識の問題とも関連してAIがいまだに持てない感覚であり、これをどう克服するかがAIの進化の一つの分水嶺となることは間違いありません。

著者は、「ない型」思考の本質が「メタ認知」、つまり自己を客観視する能力にあると指摘します。これは人工知能がいまだ獲得できていない能力でもあり、今後のAI発展における重要な課題となるでしょう。

同時に、この能力は人間の知性の独自性を示すものでもあります。 不確実性が増す現代において、「ない型」思考の重要性は確実に増していくと考えられます。しかし同時に、両者の思考様式がバランスよく共存することの重要性も示唆されています。

この書は、私たちの認知の仕組みを理解する上での「取扱説明書」として機能するとともに、現代社会が直面する様々な課題の本質的な理解にも貢献してくれます。

ビジネスパーソンから一般読者まで、幅広い層に有益な知見を提供する一冊といえるでしょう。私たちが日常的に感じている違和感や対立の根源を理解し、より良い未来を構想するためのヒントがここには詰まっています。

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この記事を書いた人
徳本

■複数の広告会社で、コミュニケーションデザインに従事後、企業支援のコンサルタントとして独立。
特にベンチャーのマーケティング戦略に強みがあり、多くの実績を残している。現在、IPO支援やM&Aのアドバイザー、ベンチャー企業の取締役や顧問として活動中。

■多様な講師をゲストに迎えるサードプレイス・ラボのアドバイザーとして、勉強会を実施。ビジネス書籍の書評をブログにて毎日更新。

■マイナビニュース、マックファンでベンチャー・スタートアップの記事を連載。

■インバウンド、海外進出のEwilジャパン取締役COO
みらいチャレンジ ファウンダー
他ベンチャー・スタートアップの顧問先多数
iU 情報経営イノベーション専門職大学 特任教授 

■著書
「最強Appleフレームワーク」(時事通信)
「ソーシャルおじさんのiPhoneアプリ習慣術」(ラトルズ)
「図解 ソーシャルメディア早わかり」(中経出版)
「ソーシャルメディアを使っていきなり成功した人の4つの習慣」(扶桑社)
「ソーシャルメディアを武器にするための10ヵ条」(マイナビ)
など多数。
 
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