コンピュータ音楽の回顧的実演・維持保存と『移植』問題
はじめに
「現代音楽」の視座からの「電子音楽」「コンピュータミュージック」の概念規定は、その用語の一般的理解と重なる部分よりもはみ出す部分のほうが大きそうです。それもまた語る価値のあることなのですが、本件以上に拡散してしまいますのでひとまずこのまとめでは深入りしません。
雰囲気を掴むために別のとぅぎゃりを紹介しておきます(ちなみに本件の演目に尽力しているキーマンである今井氏によるまとめです)。「冨田勲のシンセサイザー多重録音は電子音楽なのか?」といった端的な問いの重さは、現代音楽に関心が薄い人には当惑をもたらすかもしれません。
用語集・解説リンク
東京シンフォニエッタ
「東京都を本拠地とする室内オーケストラである。1994年に、第二次世界大戦後以降に作られた音楽の演奏を目的として設立」
Wikipedia
「第33回定期演奏会 曲目変更のお知らせ
第33回定期演奏会「野平一郎特集」~生誕六十周年~
2013年7月5日(金)19時開演 東京文化会館小ホール
野平一郎《ドゥーブル》《もう一つの…月》《アラベスク第3番》《挑戦への14の逸脱》
作曲家のやむを得ない事情で、新作世界初演は延期となりました。
それに代わり、《挑戦への14の逸脱》ピアノ、弦楽器と電子音響のための(1990-91/93)を日本初演致します。
なにとぞご了承いただけますよう、よろしくお願い申し上げます」
《挑戦への14の逸脱》ピアノ、弦楽器と電子音響のための(1990-91/93)
[まとめ人の手に余ること、本公演の鑑賞ができなかったことから作品解説は空欄としておきます]
アンリ・ルモアンヌ社輸入楽譜@ヤマハ
全音レンタル楽譜ブログ・使用公演
今回の演奏会もレンタル楽譜なのですか。
CD《錯乱のテクスチュア》に所収されています。1997年リリースのためか発売元のフォンテックのサイトでは検索に上がってきません。流通在庫はあるようです。
ライブ・エレクトロニクス
生演奏の音声を電子的にリアルタイム変調しながら実演される音楽芸術。
マイクロフォンなどで得られた電気信号に専任のエンジニアがエフェクターを掛けて音を変化させる操作を施す表現。音響機器操作の担当者はPA/SR技術者でなく、演奏家として参加します。
語義的にはコンピュータとの関わりが示されていませんが、定義の実態としては電気信号化された生楽器(あるいは歌など)の音声に、動的・経時的・生演奏との相互作用的なデジタル信号処理を施した演奏と規定できます。
実演者ないし作曲者の手による表現意図を反映したアルゴリズムがプログラムされたデジタルコンピュータがが処理に介在し、そのソフトウェアの特性もまた作品に大きく作用します(…のはずですが、その演目一曲のためだけに開発された特別なプログラムを用いた一回性の公演がもっぱらのため、ソフトウェアの違いによる音楽性の聴き比べなどは困難です。あるいは今回のような機会がそれに当たるのかもしれません)。
作曲技法においては各種の計算機が先行導入されてきました。音声信号を実時間処理できるほどにデジタルコンピュータの計算能力が向上し、演奏会場に持ち込めるほど小型化・安定化・コストダウンされたことで生演奏への応用にも可能性が拓かれました。
実演面で見るなら、電子回路の発振による音声信号の生成(電子音による音楽)、録音技術を応用した表現(ミュージック・コンクレート=いわゆるテープ音楽や、サンプリング)と並ぶ第三の実践方法であり(そしてこれらはそれぞれ相互に融合しています)、それを踏まえながらデジタル技術により新たな地平を得た電子音楽芸術と解釈できます。
とりわけ海外で「ライブ・エレクトロニック・ミュージック」との表記で同等の概念を指すことがありますが紛らわしさを伴うため注意が必要です。
Max
マックス。バージョンにより名称に異同があります。調べ物には「Max/MSP」で検索して前バージョンから辿るのがよいでしょう。
「音楽とマルチメディア向けのグラフィカルな統合開発環境(ビジュアルプログラミング言語)である。作曲家やメディアアーティストらに20年以上使われ続けている」
Wikipedia
音楽用コンピュータソフトウェアは多々ある中、自己完結的な音楽・音響プログラミング環境はMax、SuperColider、Pure Data、Chuckなどが挙げられます。
中でもMaxは最古参で、今回の演目はそれが最初に開発・運用された環境に依拠して作曲されました。
開発者はアメリカのミラー・パケット(マックス・マシューズとしている文献が今なお見られますが誤りです)。フランス国立音響音楽研究所(IRCAM)での研究でMaxの原型が開発されました。応用範囲が重なるPure Dataの開発も彼の手によるプログラミング言語ですが、曲折を経て商品化されたMaxに対してオープンソースがより強く意識されています。
日本でも活用例は多く、日本語解説も幅広く手に入るので(それでも、そして第一人者の参加でも今回の移植には苦労があるようです…)詳細はそちらに。
音楽・音響プログラミング言語はフォーマルな出自を持つものが多いのですが、ダンスミュージックやアンビエント音楽を中心に現代音楽以外の非アカデミックなジャンルでも積極的に活用されており、音楽の脱領域化に重要な役割を果たしています。
IRCAM
「フランスの、音響および音楽の探求と共同のための研究所。フランス国立音響音楽研究所」
Wikipedia
現代美術用語辞典ver. 2.0
SOGITEC 4X
IRCAMにおいて開発された、デジタル信号処理を得意とする音楽・音響用コンピュータ。作曲家ルチャーノ・ベリオの要請があったということで。
文献には「ワークステーション」とされていますが周辺機器を含めた記録写真の規模を見るにミニコンに迫る運用システムのようです。なお機器製造に当たったフランスのソジテク社は4X開発の数年前から航空機産業ダッソーの子会社で、現在は航空シミュレーターや製造マネジメントシステムを事業分野としています。
Wikipedia(英語版)
オランダ「ユトレヒト芸術学校」のWiki
1988年当時の所長ブーレーズによる『サイエンティフィック・アメリカン』誌寄稿原稿@IRCAM
最初期には造形作家のニコラ・シェフェールが映像音楽で活用したとのこと(ハンガリー人。フランス人でミュージック・コンクレートの始祖ピエール・シェフェールとの混同に注意。ピエールとも親交のあったピエール・アンリとの共同作業だそうです)。
[参考]Rationalizing Culture: Ircam, Boulez, and the Institutionalization of the Musical Avant-Garde
その威容を誇った4Xの機能は、創業者でありながらアップル社を逐われたスティーブ・ジョブズが興したネクストコンピュータ社のNeXT cubeワークステーション専用の一枚のDSP拡張基板「IRCAM Signal Processing Workstation(ISPW)」に継承され、同システム上で稼働するMax/FTS(Faster Than Sound)がリリースされました。
そしてそれも時代遅れとなり、Maxは今日的なアーキテクチャのシステムをターゲットにした独立したソフトウェア製品としてリリース、アップデートされていきます。
5月末日
電子音楽、現代音楽、コンピュータ・ミュージック、サウンドアートなど electronic music / contemporary music / computer music / sound art
有馬 純寿
[ありま すみひさ 1965 - ]
「ライブ・パフォーマンスからサウンド・インスタレーションまで、コンピュータを用いた音響表現を中心に、ジャンルを横断する活動を国内外で展開している」
『昭和40年会』サイト内公式ページ
【東京シンフォニエッタ第33回定期演奏会 曲目変更のお知らせ】作曲家のやむを得ない事情で、新作世界初演は延期となりました。それに代わり、《挑戦への14の逸脱》ピアノ、弦楽器と電子音響のための(1990-91/93)を日本初演します。http://t.co/l2r38IHTSb
2013-05-31 11:47:28《挑戦への14の逸脱》、電子音響プログラムのもとのヴァージョンが、なんと4Xコンピュータ・システムのためのものなので、現在、今井慎太郎さんのご協力のもとアップデート作業中です。世界的にも久々の上演なのでぜひご期待ください。
2013-05-31 11:48:32