第一次大戦時、参戦国はどこも格闘術を整備していなかったから塹壕戦が始まった時はかなり困った「銃剣突撃の後は十中八九塹壕戦が始まり、掴み合いになる。初めての者はどうすればよいかわからない」1917年
2013-03-03 03:54:14軍も慌てて格闘術の開発を始めるわけだけど、米軍がレスリング、柔術の効果を認めながらもボクシングを格別に重視していた理由がわからなかったのだが、ようやく判明。銃剣術と相性が良いのだそうだ。「ほら銃を放すとボクシングの構えだよ」の図 http://t.co/xdJn2zjJ48
2013-03-03 03:58:391次大戦のサイト見てたらあった。1918年8月。27師団の「Division Show」とある写真。師団祭みたいなもんか? ま、とりあえず女装って感じ http://t.co/QJygOl6zYW
2013-03-03 04:26:47一次大戦の格闘事情を調べていると、当時の文献にも「日露戦争で日本兵が強かったのは柔術のおかげ」みたいなのが出てくる。実際の所、日本軍の兵卒の訓練に柔術、柔道は無かったのだが、小さい日本兵が大きなロシア兵に立ち向かったイメージが強烈だったのだろう。
2013-03-03 05:02:21ただこの説が流布したのにはイメージだけでない要因もある。日露戦争中に米国の公共図書館では日本関係の本が大人気。どんな本が読まれたかという論文があって、1位はハーンの「神国日本」なのだが4位がアーヴィング・ハンコックの「ジュージツ、コンバット・トリック」なのである
2013-03-03 05:06:21戦時中の1904年7月に出たこの本では序文に「日本の兵士、水兵、警官は政府の定めた既定の柔術訓練を受けている。ロシアとの戦いで日本人の身体能力は実証されている」なんて書いてあるのだ。ハンコックは;薄田斬雲の前田光代本の中でも山師扱いされているよくわからん人物だが、迷惑な事である
2013-03-03 05:15:12@baritsu 可能性としては、兵隊になる前に学校などで柔術を学ぶのが当然だった。また日本兵の中で、敢えて肉弾戦を挑んだ者が柔術遣いだった。というところでしょうか。相撲のように、正規訓練でなく習得していたかもしれません。
2013-03-03 05:41:23観戦武官が大勢来てましたから、駐屯地や艦上でいろいろと日本らしいものを披露した可能性も大きいですね。 RT @Tirthika: 可能性としては、兵隊になる前に学校などで柔術を学ぶのが当然だった。また日本兵の中で、敢えて肉弾戦を挑んだ者が柔術遣いだった。
2013-03-03 05:55:00しかし日本語でエーリッヒ・ラーンやら東勝熊のこと書いてるの、tentaQ4 さんの所と拳の眼さんくらいだという状況。みんなもっと近代に目を向けようよ
2013-03-03 05:45:13石部統久 1963生笠岡市出身。玉島育ち。岡山市在住の男性 https://note.com/mototchen 不可知論的唯物論者・NeoNexialist 「ほとんどの人は他人である。その考えは誰かの意見、人生は模倣、情熱は引用」オスカー・ワイルド "All those moments will be lost in time, like tears in rain. " ロイ・バッティ