年の瀬

ギリギリ月1回書いていたエントリを1度書かなくなるとやっぱりしばらく放置してしまった。一応年末なので書いてみるけどこのあとちゃんと書くのだろうか…いや、本をたくさんいただくことは続いていて、紹介したい本は多いし、紹介しないといけないという気持ちはあるんですが、時間というよりなかなか身体がついていかないというか…。

最近何回も言ってるのですが、年食ってきた割にほんとに一年が長かったように思います。3回海外出張に行ってるんですが(シアトル/アムステルダムとマドリード/ジョグジャカルタ)、3月に行ったシアトルとか、「え?今年だったっけ」って感じだし。いずれの出張も一緒に行った人に恵まれて、勉強になりかつとても楽しいものでした。特に2016年以来約10年ぶりくらいにインドネシアに行った(ジョグジャカルタは初めて)のは、学会でBest paper awardをもらえたということもありますが、本当に良かったです。行く前に久しぶりにインドネシア語の勉強をしていたのですが、なんちゃってインドネシア語が少しだけ意味あったことに味を占めて、Dualingoでの勉強は続けています。いつ使うのか知らんけど…。

まだ仕事納めというわけでもないですが、今年はいろんなものを流し読みしていろんなものを殴り書きした一年だったように思います。書籍として刊行したものとしては、ミネルヴァ書房から4月に出版した『「戦後日本」とは何だったのか』、翻訳の『政治はなぜ失敗するのか』(飛鳥新社)で、あとは来年頭に出る予定のLocal Governance in Japanという英語の書籍と、地方分権と教育に関するものでなぜか編者の一人をすることになった書籍がだいたい終わったところです。論文は、年報政治学の論文のほか、英語の共著が3本出版ということになりました。自分が責任著者をやってるものはリジェクトが続いていてなかなか悲しいところですが…。学会発表は、上述のとおりの3回の海外出張と、10月の日本政治学会のものという感じです。年末には関西行政学研究会で住宅政策についてのブック・プロジェクトの発表もさせてもらい、その後ある出版社ともご相談しつつなんとなく本の企画も走りだしたところです。いつになるのかはわかりませんが…。

特に国際共著での論文を書くことが増えていて、それはすごく嬉しいことでもあるのですが、同時に学会などでの管理系の仕事もあるのでバランスが難しくなりつつあるのは感じます。優先順位としては、自分の単著の論文や本は最後になってしまうので、リジェクトされて修正しないとなって論文は溜まるし、始めるといった本のプロジェクトは何時になるかわからない、と…。時間を見つけながらやらざるを得ないところですが、結局好きなことを優先しがちなので、テニスの時間はとりたいし、インドネシア語のアプリを見てしまうというのは変わらなそうですが。まあ来年度は朝日新聞の仕事がなくなるので、毎月確実にとられていた時間を別のことに使えると期待しつつ、予定を考えるという感じでしょうか。

今年読んで面白かった本は何だろう、とずっと考えてたのですが、まあ少なくとも印象に残ったのは文庫で読んだ『三体』でしょうか。家族旅行で何となく買ったところから始まって結局最後まで読んでしまいました。とはいえ、Ⅰはなんじゃこれという間に終わり、Ⅲはちょっと冗長、結局Ⅱが一番楽しく読めた、ということでリンクはⅡです。仕事がらみで挙げるとすると、今更かよという感じですが『面白くて刺激的な論文のためのリサーチ・クエスチョンの作り方と育て方』ですね(読んだのは初版ですが2版も出ているとのこと)。最近共著で論文を書くことが増える中で、「面白くて刺激的な論文」を書くためというよりは、そこであんま面白くない扱いされている「ギャップ・スポッティング」式の研究をしっかりやらないとなあ、という感想を持ったところです。特に日本を対象に何か書くときに、つい「起きたことを説明する」ことの誘惑にかられるのですが、そうではなくて研究論文として先行研究をもとに新しい付加価値を提示する、という当たり前のことが大事だということを改めて意識した気がします。

コロナと社会科学

もう8月も終わり…というのは信じられないというか受け入れられないというかって感じですが、いつの間にか時間が過ぎてしまうのは困ったものです。ツイッターとかぼんやり見てたりするのが悪いんでしょうけど…。

最近は細々と「月記」を維持するだめに月末にいただいた本の紹介をするだけになってますが、少し前にいただいた本のご紹介をしておきます。まず、東京大学のケネス・マッケルウェイン先生から『パンデミックと社会科学』をいただいておりました。東京大学社会科学研究所でやっていた共同研究の成果です。前半は社研でやってた様々な調査の分析に基づくものです。何といっても動きが速いですよねえ2020年3月という本当に初期の時点からオンライン調査をしていて、その後の4回にわたるパネル調査、それから2022年3月の調査、と機動的に行われた複数の調査を分析しています。それ以外にも、社研で継続的にやってるパネル調査を使ってパンデミックの効果を見るというのも強みでしょう。もちろん、サーベイ以外の分析も充実しています(主に第三部)。

個人的にも、社研と比べると遅いですが2022年7月から2年ほど調査をしていたので、非常に参考になる先行研究として勉強させてもらってます。特に3章(政府要請の効果)、5章(信頼される専門家)、8章(メンタルヘルス)といったあたりは直接的な先行研究ということになります。頻繁に状況が変わる中で、サーベイという手法でどのくらい現実の理解に近づけるのか、というのは同じような研究をしている人たちの変わらない課題のように思いますが、似たような研究がこうして出版されるのは、とても参考になりますし、励みにもなりますね。我々の方も論文だけではなくこういうまとめの書籍出版を考えないといけないわけですが…。

もうひとつ、岩崎正洋先生から『コロナ化した世界』をいただきました。」ありがとうございます。こちらは日本大学での共同研究で、2023年に出版された『命か経済か』に続くものということになるそうです。短い期間で連続して成果を公表されるのは本当に生産的なことだと思います。こちらの本では、コロナウイルスのまん延という経験を経て、経済社会の何が変わったのか、何が変わらなかったのか、もし変わったとすればどのように変わったのか、という総括を試みるものということで、日本に関してのいくつかの事例分析と、ブラジル・トルコ・スウェーデン・アメリカ(の小規模自治体)・イギリスのコロナ対応についての検討が行われています。コロナ対応についての国際比較はいろいろと出版されていますが、日本語で書かれているものはまだあまりないような感じで、重要な貢献ということになると思います。

自治体研究

7月はヨーロッパに出張があり、公法関係の学会で報告をしてきました。普段なかなか研究でご一緒しない法律の同僚のみなさんと同じ学会というのはなかなか新鮮で面白い体験でした。学会のパネルも、政治学のものとはずいぶん違う感じもあって勉強になります。しかしまあ海外出張に行くとその準備もあるので、その前後はほとんど何もできないような状況が続き…今に至るという感じになります…。まずい。

頂いている本の紹介ができないままにかなり溜まっていますが、今回は地方自治研究関係の書籍をご紹介します。地方分権改革以降、自治体の裁量もある程度は広がってきたという議論がされるわけですが、それを踏まえて研究の方もだいぶ広がりが出てきたように思います。もちろん論文としてはこれまでも多かったように思いますが、最近は歴史や制度だけではなく、組織の内部や政策についての実証研究が本になっている気がします。深谷健・箕輪允智・林嶺那の各先生からいただいた『自治体の係長マネジメント』はまさにそういう本で、東京都の特別区協議会との共同研究でデータを集めてまとめられたものです。箕輪先生の2章はQ方法論という心理学由来のサーベイの手法によって職員の仕事観や理想の上司の像が探索的に示されていて、林先生の3章ではより一般的なサーベイの分析で,上司の能力、上司との人間関係と仕事の満足感などの関係について分析が行われています。4章以降の特別区職員の方によるインタビュー調査を中心とした研究も、サーベイとの有機的なつながりを意識されている興味深いものだと思いました。終章で深谷先生が書かれている、係長が「組織における諸アクターの結節点」となって、組織の仕事を遂行する従業員と直接対話しつつ現場を管理する「第一線マネージャー」として理解できるのではないかという整理は示唆的なものだと感じました。

上神貴佳・松井望・遠藤晶久・小川寛貴の各先生から『人口縮減・移動社会の地方自治』を頂いておりました。ありがとうございます。高知大学に在籍している(た)研究者を中心に、高知県大豊町を人口減少・高齢化の課題先進地域として分析した研究です。政治学・行政学だけではなく、経済学や社会学の研究者との共同研究で自治を多角的に検討するものだと思います。ひとつの自治体を対象としているので、他の自治体と比較しながら分析を進めることは難しいわけですが、その代わりかなりin-depthのデータを収集して分析が行われていて、地区を軸としたサーベイによる住民自治の分析(2章、6章)や議会議事録のテキストを用いた分析(4章)などを興味深く読みました。行政改革が与える影響(3章)や議会陳情書の分析(5章)は執筆者(松井先生・小川先生)のご専門を背景に、大豊町の事例を検討するものになっていると思います。一つの小規模自治体を対象に、これだけいろいろな角度から分析を行うということはなかなかないわけですが、課題先進地域の農村の調査を踏まえて「自治の再構築」の必要性について論じられている終章の問題提起は多くの自治体に当てはまる話のように思います。

著者の先生方から『自治体と総合性』をいただきました。こちらは2023年に開催された日本学術会議主催・自治体学会共催のシンポジウムで、「総合性」を切り口に自治体のあり方について検討したものとなっています。はじめに3人の先生がそれぞれの観点から「総合性」についての報告を行い、2人の討論者からその内容についてのコメントが書かれています。ただ「総合性」というのはなかなかつかみどころのない概念で、実際のところ報告者の間でも必ずしも一致した概念としては扱われていないように思われます。討論も含めて議論は拡散しがちですが、補論として用意されている嶋田先生・金井先生の論文でその内容がきれいに整理されていて、そこからさらなる考察を準備するという構成になっています。

今井照先生から『未来の自治体論』を頂いておりました。こちらは、国と地方の関係が変化する中で,未来のデジタル社会に対応する自治体のあり方について考察されたものです。今井先生の退職とともに刊行された本で(29冊目とのこと!)、書下ろしと既発表論文の再編集を含みながら構成されています。まさに主唱者の一人として論じてこられた「二重の住民登録」やそのきっかけとなった原発の問題をはじめとして、合併・標準化・協働論などへの批判、自治体策定計画の問題点の指摘、コロナ対策の検証など多岐にわたって論じられています。政府やあるいはある種の「効率性を求める改革」に対する批判的な議論は多いですが、無理筋な批判というわけでなく、個人的に唸らされるところが多い批判をされているように思いました。とりわけ1960年代のコピー機導入の「機械化」から住民記録システムの構築を画期とする「電算化」、プライバシー浮上後の「標準化」を含めた現代の課題を議論されていまる3章の「デジタル改革の歴史に学ぶ」を興味深く読みました。デジタル化を進めて単純労働と複雑なものを分け前者を効率化すると言ったロジックが抱える問題など、「機械化」当初から続くデジタル化の前に改革が必要とされるポイントがあるという指摘は極めて重要なものだと思います。

もちろん教科書もたくさん出ています。定評のある教科書の新版として、『地方自治論[新版]』を北村亘・青木栄一・平野淳一の各先生から頂きました。新版ということで、特に制度が変わった子育て支援のところはもちろん、条例制定に関する事例が最新のものになっていることをはじめ、コラムの変更などもかなり幅広く行われています。本書はもともと理論的な説明だけではなく、それを補う同時代的な事例がかなり細かく説明されていて、それがわかりやすいところだったと思います。新版に合わせて関係するデータや制度をきちんとアップデートされていて、これはかなり大変なご苦労だったのではないかと思います。

南島和久先生と土山希実枝先生から『自治体政策学』を頂きました。自治とデモクラシー、調整のメカニズム、地域社会のサービス、地域社会の活性化、管理と改革という5部構成で、特に3部・4部あたりで具体的な政策のトピックが触れられています。福祉・教育・産業・観光といったしばしば取り上げられるところだけでなく、環境とSDGs、廃棄物、住宅、林業といったあたりにも行き届いていて、(多くの政策に自治体は関連しているわけですから)個別政策がどうなっているかざっと理解するのにとても有用だと思いました。個人的にも、あまり触れられない「自治体の調達改革」(5部)とか非常に役立ちました。

最後に、伊藤修一郎先生から『地方自治講義』を頂きました。こちらは伊藤先生の講義内容をもとにまとめられた教科書ということです。自治の理念から始まって、基本的な政治制度、公共財の供給主体としての自治体、コモンズ論や共同体論など自治体として人々は何を共有しているのか、といった内容が展開されています。普通の(?)日本の地方自治の教科書だと、地方公務員とか組織の話がありそうですが、本書の場合は日本に限らない「自治」を強調してさまざまな説明がされているように思います(政治制度については日本の話が中心ですが)。自分を振り返るとざっくりまとめて理論的にはこんな感じ、ということが多いのですが、本書では日本の研究だけではなく、海外の研究についても、研究例を丁寧に紹介しながら説明されているのが印象的でした。

住宅政策の静かな革命

「住宅政策の静かな革命-1996年の公営住宅法大改正の政策過程分析」という論文を、日本政治学会『年報政治学2024-I 政策と政治』に寄稿しました。この論文は、2018年に『社会のなかのコモンズ』という書籍に寄稿した「コモンズとしての住宅は可能だったかー1970年代初頭の公的賃貸住宅をめぐる議論の検証」という論文の続編のような位置づけで、1970年代に国会で政治的に議論されつつも結局導入されることがなかった家賃補助が、1996年の公営住宅法大改正の中で形を変えて部分的に実現していく過程を検証したものです。1996年というと、いわゆる政界再編の中の連立政権期に当たるわけで、この時期に介護保険のような普遍主義的な性格をある程度持った政策が実現されていることから、政治のイニシアティブが大きかったことも予想されます。しかし本稿の検証からは、政治家の方はこの問題にほとんど関心を示しておらず、それに対して官僚(特に建設省住宅局)のアイディアが変化していくことで、法改正が行われたという議論をしています。この法改正では、当初期待されていたような大きな変化は生まれずに、どちらかというと公営住宅は縮小していく傾向が強まるのですが、その背景を合わせて議論しようとしたものになっています。

2018年の論文は、主に国会会議録と審議会の答申を資料として分析していたのですが、今回はそれらに加えて住宅関係のオーラル・ヒストリーや関係者の回顧録・追悼録、住宅や不動産関係の業界紙における講演録や座談会記録などを使いながら執筆しています*1。国会会議録の方で当初期待していたようなやり取りがなかった分、資料の厚みは前回よりも増えたのではないかと…。国会図書館で個人配信サービスをしてくれるようになったからこそ書くことができた論文だと思います。もちろん住宅局の官僚の人々が書いてきた寄稿を広範に見ることができたというのは良かったわけですが、それだけではなく、本来であれば前の論文のときに触れておきたかった谷重雄氏(元東京都立大学教授)の論文などをまとめて読むことができたのは良い機会になりました。居住水準を示したうえで、それに見合った市場家賃と家賃支出能力の差を埋める家賃補助を構想する谷氏の議論はおそらくこの改革の中核的な部分になっているはずで、当時も(たぶん今も)いろいろ批判が来る部分もあるのでしょうが、住宅政策についての注目が少しずつ戻り始めている現在改めて検討される内容が含まれているように思います。

家賃補助については、この2本の論文のほかに、東日本大震災後のみなし仮設、オンライン・サーベイを用いた家賃補助への賛否についての論文を書いていて、少し論文が溜まってきたような気もしています。少なくとももう一つ、生活困窮者自立支援制度関係で何か書いてみたいと思っているのですが、それができたらもうちょっとつけ足して、また本にしたりすることができるのだろうか…と考えたりもします。まあそんな気力が続くのかわかりませんが…。

*1:あまり使うことはなかったのですが、宮沢・細川・村山・野中・森…といった広く知られている記録のほかにも、趣味でブックオフで買ってた政界再編期の政治家の回顧録(野坂浩賢・五十嵐広三・渡辺嘉蔵・田中秀征・及川一夫など)をとうとう読む機会が来たのは個人的に面白い経験でした。

いただいた本(教科書など)

年明けから降ってくる仕事を延々とこなしていたら、頂いた本の紹介をする時間もなかなか取れないうちに5月も終わりになってしまいました。もうすぐ一年半分終わるってうそでしょ…。というわけでもうずいぶん前になるのですが、津田塾大学の西川賢先生から『社会科学研究者のためのデジタル研究ツール活用術』をいただいております。ありがとうございました。オビに「研究以外のことで忙しすぎる研究者へ。」と書いてあって、これはなかなか共感されそうなコピーだと…何というか、まあバタバタとしているので、体系的に研究に役立つようなツールを理解することを難しく感じることがあります。そこで西川先生のように、新しいツールに詳しく、ガジェットも良くご存じの人がどういうツールを使ってマネジメントをしているか、ということをまとめて広く共有していただけると本当に助かります…。僕などは、GrammerlyとDeepLを使うくらいで、ChatGPTもあまり使いこなすこともできておらず、どんなものなのかと外から撫でてるだけなんですが、どういうことになってるかの全貌(の一端)を見せていただけるだけでもありがたい限りです。

BNPパリバの河野龍太郎さんから『グローバルインフレーションの深層』をいただきました。前著の『成長の臨界』から続けて本を出されるというのはすごいです。今回の著作では、前著では扱われなかった、「円」について取り扱うという、まさにエコノミストの面目躍如というところです。冒頭で出てくる、均衡実質為替レート(ドル円)のジャンプ、というのは非常に印象的で、コロナを挟んで急激な実質円安が進んだという構造変化が示されています。確定的なことはわからないわけですが、その原因としてはウクライナ戦争勃発後に日本の地政学上の脆弱性が改めて認識されたことに加えて、家計のホームバイアスが緩んでいるのではないか、ということが指摘されています。特に後者については重要な論点で、「私たちの国がなお、先進国であるのなら、胸を張って「国際分散投資」が進展していると言えるであろう。しかし、もし新興国への転落が意識され始めているのなら、それはキャピタルフライトである。」(38頁)というのは厳しい警句のように思いました。過去30年の物価安定から、世界的にインフレが起きている状況への転換と、その構造をどう考えるかということで歴史をさかのぼっていく2章以降も興味深い議論だと思います。

編者の岡山裕先生から、『アメリカの政治 第2版』をいただきました。ありがとうございます。こちらは初版から第3章(選挙と政策決定過程)が新しくなったということです。政治の構造についての説明が行われた後、アメリカ政治のイシューとして、文化的争点から安全保障まで、10の争点が扱われています。アメリカ政治の分極化が進む中で、今年は選挙イヤーということで、様々な論点をめぐってかなり激しい対立が生まれることが考えられるわけですが、その背景を勉強するのに役立つ教科書のように思います。

白鳥潤一郎先生から『新興アジアの政治と経済』をいただきました。ありがとうございます。こちら放送大学のテキストですが、フィリピン政治専門の高木先生と中国経済専門の伊藤先生がかなりの部分共著で書かれていて、国ごとではなくイシューごとに「新興アジア」をとらえるという野心的な構成になっています。たとえば移民の8章では送り出し国のフィリピンと受け入れ国のシンガポール・台湾の社会とその変化に触れながら、アジアの中の移民が論じられる、という構成はあまり見たことがないような。ざっと読んだだけなんですが(すみません)、他の章も新しい切り口で「新興アジア」に迫ると感じられるものでした。やっぱ放送大学で野心的なものをやってみるっていうのは面白いなあ、と思います(余り野心的でもないものを書いている身としては自戒を込めて…)。

この半年くらいでめちゃ色々本をいただいていて、しかし年明けからえらくバタバタとし続けてきた結果、なかなかご紹介もできないままに来てしまったのですが、またボチボチご紹介できれば…。

政治はなぜ失敗するのか

宣伝ですが、監訳者として翻訳に関わったベン・アンセルさんの『政治はなぜ失敗するのか』(Ben Ansell, Why Politics Fails: The Five Traps of the Modern World & How to Escape Them, Penguin Books)が刊行されました。著者は比較政治・福祉国家研究のスターともいうべき人で、最近は住宅と政治に関する研究の新たなフロンティアを開拓している研究者だと思います。私自身、彼の著作や論文を読む機会も多く、これまでその研究から多くを学んできました。今回、初の一般向け著書ということで、楽しみにしつつもなかなか読む時間が取れないなあと思っていたところ、訳に当たられた飛鳥新社の工藤博海さんからお声がけをいただき、翻訳に参加することになりました。あとがきにも書いてますが、翻訳に携わる機会はないだろうと思っていた中で、関わるとしたらこの本くらいか、という本についてお声がけくださった工藤さんに感謝しています。

本書は、政治にかかわる5つのコンセプト、民主主義・平等・連帯・安全・繁栄と、それに関する「罠」、そしてその罠からいかに抜け出すことができるかを考える、というかたちで議論が展開されていきます。全体として、集合行為問題をどう扱うかを考えることになるわけですが、特に初めの2つについては、著者自身の貢献も含めてこれまでの政治学の蓄積をベースに説明しつつ、連帯・安全・繁栄と将来の話や国際関係のところは近年の研究動向を紹介しながら、より大胆な議論が展開されていると思います。個人的には、特に第3部の連帯のところが、その結節点のような感じで面白いと感じました。

注釈もあって、どういう研究に沿っているかはわかりやすく、知らないものなどは元の研究を確認しながら進めてましたが、素人翻訳者としては、たぶんネイティブスピーカー向けに「わかりやすく」説明しようとしているところが難しかったです…。メタファーがわからん、というのが一番多いわけですが、ざっくり書いているところの文脈がそれでいいのか、という確認にもちょっと苦労しました。「監訳者」というのが通常どの程度訳に関わるのかよくわかってないのですが、結果として、昨年の後半はかなりこの訳出に時間を当てることになりました。PDFで見ながら訳出しているときは、まあきれいに表現できたかなあと思っていたものも、紙の上で読むと印象が違って、ああもっと思い切って意訳した方が良かったかも…というところも少なくありませんが…。

オビなどの紹介文で、超有名人たちと並んで紹介書いているのはご愛嬌、ということで勘弁していただきたいところですが、さまざまな人が賞賛しているように、とても示唆深い、読む価値のある本だと思います。よろしければ連休のおともに。

「戦後日本」とは何だったのか

宣伝ですが、『「戦後日本」とは何だったのか-時期・境界・物語の政治経済史』に「戦後日本政治における職業的な利益と地域の利益」という章を寄稿しました(配本はもう少し先みたいですが)。本書は、科研の基盤研究A「戦後体制(レジーム)とは何であったか――「戦後日本」政治経済史の検証」の成果の一つということになります。政治学に限らず多くの研究者が参加した大部な本になっていまして、ちょっと値段も高いのですが、それぞれ読みどころのある本ではないかと思います。冒頭で「戦後」とは何かについて考えるところから始まって(第I部)、戦争の延長としての戦後(第II部)、外交・貿易・安保における戦後(第III部)、統治制度の原理や運用から見た戦後(第IV部)、社会・家族・環境から見た戦後(第V部)と続きます。本当にいろんな読み方ができると思うのですが、個人的には、第II部の議論、中でも前田健太郎さんの占領軍から見た「発展途上国のための行政学」という文脈での日本の官僚制の議論と、第IV部での孫斉庸さんの戦後唯一「大選挙区制限連記制」で行われた第22回総選挙に関する議論がとても面白かったです。

私のほうは、科研の中で北海道大学の満薗勇さんとご一緒になることが多く、そのテーマに合わせる感じで商店街や中小企業を中心にした「中小企業の利益」に注目した論文を書いています。国会会議録のテキスト分析で、1970年代半ばころ(具体的には大店法が制定されたころ)までは、「中小企業の利益」が大規模商店からの保護の文脈で議論されていたのに対して、特に1980年代くらいからはベンチャーや企業育成の議論が活発になっていったことに注目し、職業的な利益として論じられてきた商店街や中小企業の利益が、地域の「地元利益」として国会で取り扱われるようになった*1ことが、自民党の包括政党化(の完成)と結びついているのではないかというように議論しています。やや大風呂敷な感じで、提示できている証拠のほうがまだまだ不十分であろうとは思うのですが、いろんな利益を地元利益に読み替えることが自民党長期政権と結びつくという議論自体は面白いのではないか、と気に入っているところではあります。この議論自体は、三宅一郎先生の名著である「政党支持の分析」にとても啓発されたものでした。

自分自身のこの科研の成果としては、本書と以前の『社会のなかのコモンズ』に寄稿した論文がメインのものになります。いずれも1970年代前半に重要な転換点があるのではないか(転換したかどうかとは別に)、という議論になっています。もちろん1990年代後半にも大きな転換点があると考えられるので、本書自体の感じで言えば、2回くらいの時期区分を見ているのかな、という感じがしています。

*1:議論の場も商工委員会から建設委員会へと変わっていきます。