自治体研究

7月はヨーロッパに出張があり、公法関係の学会で報告をしてきました。普段なかなか研究でご一緒しない法律の同僚のみなさんと同じ学会というのはなかなか新鮮で面白い体験でした。学会のパネルも、政治学のものとはずいぶん違う感じもあって勉強になります。しかしまあ海外出張に行くとその準備もあるので、その前後はほとんど何もできないような状況が続き…今に至るという感じになります…。まずい。

頂いている本の紹介ができないままにかなり溜まっていますが、今回は地方自治研究関係の書籍をご紹介します。地方分権改革以降、自治体の裁量もある程度は広がってきたという議論がされるわけですが、それを踏まえて研究の方もだいぶ広がりが出てきたように思います。もちろん論文としてはこれまでも多かったように思いますが、最近は歴史や制度だけではなく、組織の内部や政策についての実証研究が本になっている気がします。深谷健・箕輪允智・林嶺那の各先生からいただいた『自治体の係長マネジメント』はまさにそういう本で、東京都の特別区協議会との共同研究でデータを集めてまとめられたものです。箕輪先生の2章はQ方法論という心理学由来のサーベイの手法によって職員の仕事観や理想の上司の像が探索的に示されていて、林先生の3章ではより一般的なサーベイの分析で,上司の能力、上司との人間関係と仕事の満足感などの関係について分析が行われています。4章以降の特別区職員の方によるインタビュー調査を中心とした研究も、サーベイとの有機的なつながりを意識されている興味深いものだと思いました。終章で深谷先生が書かれている、係長が「組織における諸アクターの結節点」となって、組織の仕事を遂行する従業員と直接対話しつつ現場を管理する「第一線マネージャー」として理解できるのではないかという整理は示唆的なものだと感じました。

上神貴佳・松井望・遠藤晶久・小川寛貴の各先生から『人口縮減・移動社会の地方自治』を頂いておりました。ありがとうございます。高知大学に在籍している(た)研究者を中心に、高知県大豊町を人口減少・高齢化の課題先進地域として分析した研究です。政治学・行政学だけではなく、経済学や社会学の研究者との共同研究で自治を多角的に検討するものだと思います。ひとつの自治体を対象としているので、他の自治体と比較しながら分析を進めることは難しいわけですが、その代わりかなりin-depthのデータを収集して分析が行われていて、地区を軸としたサーベイによる住民自治の分析(2章、6章)や議会議事録のテキストを用いた分析(4章)などを興味深く読みました。行政改革が与える影響(3章)や議会陳情書の分析(5章)は執筆者(松井先生・小川先生)のご専門を背景に、大豊町の事例を検討するものになっていると思います。一つの小規模自治体を対象に、これだけいろいろな角度から分析を行うということはなかなかないわけですが、課題先進地域の農村の調査を踏まえて「自治の再構築」の必要性について論じられている終章の問題提起は多くの自治体に当てはまる話のように思います。

著者の先生方から『自治体と総合性』をいただきました。こちらは2023年に開催された日本学術会議主催・自治体学会共催のシンポジウムで、「総合性」を切り口に自治体のあり方について検討したものとなっています。はじめに3人の先生がそれぞれの観点から「総合性」についての報告を行い、2人の討論者からその内容についてのコメントが書かれています。ただ「総合性」というのはなかなかつかみどころのない概念で、実際のところ報告者の間でも必ずしも一致した概念としては扱われていないように思われます。討論も含めて議論は拡散しがちですが、補論として用意されている嶋田先生・金井先生の論文でその内容がきれいに整理されていて、そこからさらなる考察を準備するという構成になっています。

今井照先生から『未来の自治体論』を頂いておりました。こちらは、国と地方の関係が変化する中で,未来のデジタル社会に対応する自治体のあり方について考察されたものです。今井先生の退職とともに刊行された本で(29冊目とのこと!)、書下ろしと既発表論文の再編集を含みながら構成されています。まさに主唱者の一人として論じてこられた「二重の住民登録」やそのきっかけとなった原発の問題をはじめとして、合併・標準化・協働論などへの批判、自治体策定計画の問題点の指摘、コロナ対策の検証など多岐にわたって論じられています。政府やあるいはある種の「効率性を求める改革」に対する批判的な議論は多いですが、無理筋な批判というわけでなく、個人的に唸らされるところが多い批判をされているように思いました。とりわけ1960年代のコピー機導入の「機械化」から住民記録システムの構築を画期とする「電算化」、プライバシー浮上後の「標準化」を含めた現代の課題を議論されていまる3章の「デジタル改革の歴史に学ぶ」を興味深く読みました。デジタル化を進めて単純労働と複雑なものを分け前者を効率化すると言ったロジックが抱える問題など、「機械化」当初から続くデジタル化の前に改革が必要とされるポイントがあるという指摘は極めて重要なものだと思います。

もちろん教科書もたくさん出ています。定評のある教科書の新版として、『地方自治論[新版]』を北村亘・青木栄一・平野淳一の各先生から頂きました。新版ということで、特に制度が変わった子育て支援のところはもちろん、条例制定に関する事例が最新のものになっていることをはじめ、コラムの変更などもかなり幅広く行われています。本書はもともと理論的な説明だけではなく、それを補う同時代的な事例がかなり細かく説明されていて、それがわかりやすいところだったと思います。新版に合わせて関係するデータや制度をきちんとアップデートされていて、これはかなり大変なご苦労だったのではないかと思います。

南島和久先生と土山希実枝先生から『自治体政策学』を頂きました。自治とデモクラシー、調整のメカニズム、地域社会のサービス、地域社会の活性化、管理と改革という5部構成で、特に3部・4部あたりで具体的な政策のトピックが触れられています。福祉・教育・産業・観光といったしばしば取り上げられるところだけでなく、環境とSDGs、廃棄物、住宅、林業といったあたりにも行き届いていて、(多くの政策に自治体は関連しているわけですから)個別政策がどうなっているかざっと理解するのにとても有用だと思いました。個人的にも、あまり触れられない「自治体の調達改革」(5部)とか非常に役立ちました。

最後に、伊藤修一郎先生から『地方自治講義』を頂きました。こちらは伊藤先生の講義内容をもとにまとめられた教科書ということです。自治の理念から始まって、基本的な政治制度、公共財の供給主体としての自治体、コモンズ論や共同体論など自治体として人々は何を共有しているのか、といった内容が展開されています。普通の(?)日本の地方自治の教科書だと、地方公務員とか組織の話がありそうですが、本書の場合は日本に限らない「自治」を強調してさまざまな説明がされているように思います(政治制度については日本の話が中心ですが)。自分を振り返るとざっくりまとめて理論的にはこんな感じ、ということが多いのですが、本書では日本の研究だけではなく、海外の研究についても、研究例を丁寧に紹介しながら説明されているのが印象的でした。