女川駅で語り部ガイドさんと合流。
バスで女川の街中を移動しながら、震災当時の様子から、現在に至る復興までの流れを教えて頂きました。
震災当時、この石碑の前の歩道に、収容された遺体が並べられ、身元の確認を行っていたらしいです。消防団員も、生存者の救助よりも、遺体の収容作業が多かったとの事。
震災当時この街に住んでいた方に、地震後の津波の様子、生死の分かれ目となった点等のお話を聞くと、とてもリアルで、胸が痛みました。
震災当時のままの交番。
震災の遺構として残す計画らしいです。
一日でも早く、復興させる為に、わざと車を迂回させて、一般車両を入れずに、工事を進めているようです。
被災した自治体は、いろいろな問題を抱えながらも復興に向けて取り組んでいるかと思いますが、この女川町は、他の自治体と比べると着実に復興に向けて動いている印象を受けました。
すむナビのH.Pです。
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コメント
老猫
津波の年の6月に仙台に行きましたが、大学時代を過ごした東北地方がどうなっているのか、久しぶりに見てみたいです。
2018/07/08 URL 編集
半兵衛
まだまだ爪跡がかなり残ってそうですね。
研修という名目では、色々と題材があって酒なんか飲んでる暇は無さ……ゴホゴホ。
2018/07/08 URL 編集
すむナビ
阪神大震災の被災地に入ったときの衝撃が忘れられず、プラス津波の被害があった東北の姿を見ることができませんでした。
今年の夏は、「ここでしか見れない」ものも沢山ありそうですし、東北遠征してみては?(笑)
2018/07/08 URL 編集
すむナビ
おしゃる通りです。
…ゴホゴホ(笑)
海なし県の悲しさはありますが、平地のど真ん中、何にもないけど、自然災害がほとんどない所に、自分たちは住んでいるんだなぁと改めて実感しました。
2018/07/08 URL 編集