unnamed (2)

11月1日放送のテレビ東京の経済ドキュメンタリー「ガイアの夜明け」で、いわゆる「スキマバイト」の求人サイトを運営するタイミーという会社が取り上げられた。

スキマバイトとは、好きな時間に面接なしで働ける仕組みだ。スキマバイトの先行者企業であるタイミーは2024年7月に上場を果たしたばかりだ。スキマバイト、あるいはスポットワークとも言われるこの市場は急成長しており、タイミーは創業からわずか6年で上場した。

しかし、上場後初の決算を公開すると株価は急落した。業績が市場予想ほど伸びていなかったのが主な要因だが、それ以外にもメルカリやリクルート、バイトルを提供するディップなどの名だたる企業が参入、あるいは参入を表明し、競争の激化が確実視されていることも懸念されている。

一般的には、タイミーのように市場を切り開いた先発企業は優位に立ちやすいと思われるかもしれない。しかし、実際には先発企業の勝ち抜きを難しくする要因も多々ある。

タイミーはスポットワーク市場で生き残れるのか? 上場企業で経営企画を経験し、現在は中小企業診断士として経営戦略のアドバイスを行う立場から考えてみたい。

■タイミー急成長を支えた4つの制度
まず、タイミーが急成長した要因は、何だったのか?

もちろん最大の要因は、人手不足の企業とちょっとしたスキマ時間に働きたいワーカーとを、面接なし・バイト料即時払いで結びつける仕組みという、新たな市場の発見であることは間違いない。

しかし、このアイデアを支える仕組みの面もよく考えられている。ここでは大きく4つの取り組みを取り上げたい。

1つ目はバッジ制度だ。ワーカーが業務を通じて評価を積み重ね、一定の基準を満たすことでバッジを取得し、特定の高時給求人へのアクセス権を得られる仕組みだ。タイミーを使い続けることがワーカーにとってのメリットとなり、囲い込みに貢献している。

企業側にとっても、評価の高いワーカーを選びやすくなり、即戦力となる人材を確保しやすくなる。

2つ目はワーカーを雇用する企業への提案力だ。業界別に専門のチームを作り業務分析やシフト設計を行うことで、スポットワーカーでもできる業務を切り出し、企業にスポットワーカーの利用を提案する。

タイミーには頼めない、と思い込んでいる顧客の業務改革を誘導し、ニーズを作り出しているわけだ。

3つ目は相互評価だ。ワーカーは企業を、企業はワーカーを評価した履歴がアプリにたまるので、良質なワーカー・企業が一目でわかる。これにより、安心して採用・勤務ができる。

4つ目はブロック機能だ。同じ店舗で1ヶ月に88,000円以上働き、他の要件(継続して2ヶ月を超えて雇用される見込み等)を満たした場合、ワーカーの社会保険加入手続きが生じる。これに伴う費用負担と事務作業の発生を防ぐために、タイミーでは同じ店舗で88,000 円以上働くことを防ぐブロック機能を設けている。

こうした仕組みはよくできており、一見するとタイミーの優位性には何ら問題が無いように見える。しかし、これらの仕組みに共通する弱さは、他社による模倣が容易である点だ。

■タイミーの競合優位性が危ないワケ
例えば評価システムのバッジ制度。これは他社でも導入可能で、登録特典などのインセンティブを与えることで、ワーカーは複数のプラットフォームを併用する可能性がある。

企業の開拓はどうだろうか?

タイミーはそもそも「スポットワークで切り出せる業務を見つけられない。面接なしで採用なんて考えられない」という企業に意識変革を促して、仕事を増やしてきた。世の中の当たり前を変えた革命的な企業といえるだろう。

当然、タイミー独自の開拓ノウハウはたまってはいるはずだが、スポットワーク市場として事例が増えている。したがって、競合企業はタイミーをお手本としてノウハウをためやすい状況にある。現在は、タイミーに先行者利益、一日の長があるが、時間が経つにつれ競争優位は薄れていく。

営業力は競合も強い。リクルートやバイトルを提供するディップは、採用業界のノウハウに長けた営業人材が豊富にそろっている。タイミーは業務別の専任チームによる差別化を強調しているが、同様のことを他社でもできないわけではない。必要であれば業務に詳しく、コンサルティングができる人材を採用すればよい。

既存顧客が他社に奪われるのを防ぐという点では、88,000円のブロック機能が一つの役割を果たす。事業所側にとって、ワーカーの社会保険加入義務が生じないよう管理するには、複数のプラットフォームサービスを使うと面倒だからだ。

とはいえ、タイミーで必ずスキマが埋まるわけではない。人材確保が優先となるため、人手が足りない場合には、他社サービスを使うことも十分あり得る。

このように、タイミーのシステムやノウハウは、スポットワークプラットフォームに共通する汎用的な部分が多い。そもそもプラットフォームビジネス自体が人と人をマッチングするビジネスモデルであるため、独自の付加価値を出しづらいという特性がある。

Facebookを運営するMetaはSnapchatが開始したストーリーズの機能をすぐにInstagramで真似るなど、プラットフォームビジネスは同質化が進みやすいのだ。

■プラットフォームビジネスで後発ながら急成長したPayPay
付加価値を出すことが難しいプラットフォーム市場の一つに、キャッシュレス市場がある。基本機能は支払をスムーズに行うことのみだからだ。ここでは、PayPayが後発ながら急成長した。

PayPayは2018年12月に「100億円あげちゃうキャンペーン」を実施した。最大20%のキャッシュバックの効果もあり、2年でユーザー数は3500万人を突破、2022年には業界1位の楽天が6200億ポイント発行したのに対してPayPayは6000億ポイント発行と猛追している
(参考:たった5年で業界トップまで駆け上がった[PayPay]…その「拡大」と「課題」 現代ビジネス 2023/12/05)。

加盟店に対しては手数料無料キャンペーンを行い一気に拡大した。キャンペーン実施中は当然赤字になるので、赤字に耐えられるだけの資本力が必要である。PayPayは大企業の資本力を活かして一気に拡大した。

そしてPayPayがソフトバンクの資金力でQR決済のシェアを一気に奪った結果、先行者であるOrigami Pay(オリガミペイ)は1株たったの1円、すべての株式が259万円でメルペイに事業譲渡され、人員も9割リストラされたと報じられている
(参考:メルカリへのオリガミ売却価格は1株1円、事実上の経営破綻で社員9割リストラ ダイヤモンドオンライン 2020/02/06)。

スポットワーク市場でもこれぐらい過酷な競争が発生しても全く不思議ではない。

■大手の資本力で猛追する競合
PayPayの例のように、大手は資本力があるので広告も思い切って打つことができ、知名度の面でも競合の方が優位に立ちやすい。タイミーが切り開いた意識改革の土台に乗ってうま味だけを享受できる構造だ。

特に、メルカリやリクルートなどは既存サービスの影響力があり知名度が高い。

メルカリの運営するスキマバイト求人サイト「メルカリハロ」は、サービス開始から3カ月弱でワーカーの登録者数が500万人、事業者の数も5万拠点を超えたという(2024年5月末時点、メルカリプレスリリースより)。タイミーは登録者数860万人、クライアントの拠点数28.6万(2024年7月末時点、2024年10月期第3四半期決算資料より)と、まだまだ大きな差があるものの短期間で猛追している。

メルカリはフリマアプリ市場において、後発ながらトップを取った実績がある。大量の出資を集め、広告やアプリの利便性に大量に投資をし、先発のフリルを一気に抜き去った。タイミーも同様に、あっという間に抜かれる可能性は十分にある。

■先発企業が優位とは限らない
ここまでで、必ずしも先発企業が優位とは限らないことが分かるだろう。

先発企業は、市場の課題と解決策を地道に時間をかけて見つけていく。成功すればライバルのいない市場の創出、いわゆるブルーオーシャンで大儲け出来るが、一方で後発企業は先発企業が苦労して見つけた「成功の方程式」をコピーできる。ブルーオーシャンもいつかは競争の激しいレッドオーシャンへと変わってしまう。

研究結果もある。先発企業のおよそ47%が失敗するというデータに対して、後発企業の失敗率はおよそ8%と、先発企業の6分の1に留まっており、後発企業の方がビジネスにおいて圧倒的に成功する確率が高いとされる
(参考:『ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代』 アダム・グラント 三笠書房 2016/07/05)。

「後発企業の方が圧倒的に有利」と聞くと意外に感じるかも知れないが、その最大の理由が上記の通り先発企業の試行錯誤をお手本に出来るからだ。

GAFAMの例を挙げるまでもなく、最初の企業が勝つとは限らないという説明になる。

そしてそんな競争の激化を見越してか、タイミーの株価は上場時の初値が1850円、9月3日には2235円と最高値を付けたが、執筆時点では初値より2割程度低い1490円となっている。

■スポットワークに法規制の可能性
労働市場全体で見れば、過去には日雇いの派遣社員に厳しい法的規制がかかり、一年で半減することもあった(参考:厚生労働省 2019年6月25日)。労働者保護を理由に規制が強化されればスポットワーク市場が一気に冷え込む可能性すらある。

加えて、このような可能性は決して杞憂ではない。

10月には、スポットワークで無断欠勤をしたユーザーがペナルティとしてアプリの無期限利用停止になる仕組みについて、職業安定法に違反するとして厚生労働省が指導を行ったことが報じられたばかりだ(参考:朝日新聞 2024/10/14)。

初期のネットオークションでトラブルが大量に発生したことや、出会い系サイト、今で言うマッチングアプリが法的に厳しく規制された事からも分かるように、人手を介さずネットを通じたマッチングはトラブルがおこりやすい仕組みであることは間違いない。

もちろん、このような話をタイミーが認識していないはずもなく、新規上場時の有価証券届出書では「事業等のリスク」の項目で法的規制について、「発生可能性:中、発生時期:特定時期なし、影響度:中」として明記されている。

競合の存在以上に法的規制の強化については影響が大きく、過去に日雇い派遣が半減した事を考えると、影響度を中と記載している点については認識が甘いと言わざるをえない。

実際にタイミーに闇バイトが登録されたこともある。掲載後に削除したものの、対応前にワーカーから応募があり、個人情報が登録者に渡った可能性があるという(参考:日本経済新聞 2024/11/14)。

厚生労働省は23年春に全国の仲介業者に対して求人情報の公開前に事前審査を求めており、競合のメルカリやディップはタイミーに先駆けて事前審査を行っていた。タイミーも12月6日に全件事前審査を行うなど不適切な求人の掲載に対する確認を強化するとの発表を行ったものの、競合に比べて後手に回っていると指摘でき、このあたりにも法的リスクへの対応の甘さが見える(参考:日本経済新聞 2024/11/14)。

■タイミーは競争の激化に耐えられるのか?
タイミーは上場を果たしたとはいえ自己資本は前期決算の時点で約60億円と決して大きくはない。法的規制も含めた市場環境の激変に耐えられるか?と考えれば、後発のライバル企業となる大手が有利になる可能性は十分にある。

2024年の10月期通期決算では、累計売上高は対前年比は+66.5%の増加だが、当期に入ってから四半期ごと売上高はほぼ横ばいで、急成長に陰りが見えている。業績予想に対しても売上は未達であり、今後の成長スピードは鈍化するだろう。

先行者としての優位性はありながらも、決定的な競争優位の確立が困難な状況の中、タイミーの次の一手に期待したい。


濵口誠一 中小企業診断士

【関連記事】
■パワハラ加害者にならないための「認知の歪み」改善メソッド (李怜香 社会保険労務士)
https://sharescafe.net/62015555-20241216.html
■ドジャース優勝と大谷翔平に学ぶ、トップ選手を集めたチームが強いとは限らないワケ(安澤武郎 組織コンサルタント)
https://sharescafe.net/61993625-20241205.html
■全社で取り組むITプロジェクトはなぜ失敗するのか?(渡邉亘 経営コンサルタント)
https://sharescafe.net/61982318-20241202.html
■個人情報を守りながら生成AIに自分のことを知ってもらうには (横須賀輝尚 経営コンサルタント)
https://sharescafe.net/61971232-20241128.html
■生成AIをあなた好みのキャラにできる「キャラGPT」を作ってみよう(横須賀輝尚 経営コンサルタント)
https://sharescafe.net/61971220-20241127.html

【プロフィール】
unnamed (3)
濵口誠一
中小企業診断士

従業員2万名の企業から10名の企業まで、約20年経営企画に従事し1000件以上の事業計画を策定。現在は中小企業診断士として経営戦略から実行支援まで行う。言語化・数値化を得意とし「話しているだけで悩みが解決した」「目標が従業員に伝わるようになった」という評価多数。

公式サイト https://billion-break.com/
電子書籍

この執筆者の記事一覧

このエントリーをはてなブックマークに追加
シェアーズカフェ・オンラインからのお知らせ
シェアーズカフェ・オンラインは2014年から国内最大のポータルサイト・Yahoo!ニュースに掲載記事を配信しています
シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家の書き手を募集しています。
シェアーズカフェ・オンラインは士業・専門家向けに執筆指導を行っています。
シェアーズカフェ・オンラインを運営するシェアーズカフェは住宅・保険・投資・家計管理・年金など、個人向けの相談・レッスンを提供しています。編集長で「保険を売らないFP」の中嶋が対応します。
 

<% } else { %>
<% } %>
<%=articles[i].title%>
<% } %>