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「自分は決してパワハラする側にはならない。」そう思っていても、仕事でイライラして、つい部下に辛く当たってしまうことは誰にでも起こりうることです。そうならないためには、何に気を付けるべきなのでしょうか?

産業カウンセラーの資格を持つ社会保険労務士として活動する筆者は、パワハラの加害者と面談する機会が多くあります。彼らの話を聞いていると、パワハラに発展しやすい思考のクセが存在することが分かります。これを専門用語で「認知の歪み」と言います。

本稿では、ビジネスパーソン向けに「認知の歪み」とはどういうものかを解説し、パワハラのような形でイライラの矛先が他者へ向けられる前に、自分自身でその傾向に気づくコツをお伝えします。

■認知の歪みは誰にでもある
仕事でミスをしたとき、頭の中に「私はダメな人間だ」「もう取り返しがつかない」といった考えが、反射的に浮かんでくることはありませんか?

このように自然と湧き上がってくる考えを、心理学では「自動思考」と呼びます。

自動思考自体は良いも悪いもありません。しかし、どのような自動思考が多く出てくるかは人によってクセがあり、否定的な自動思考がクセになってしまっていると、行動や感情に大きな影響が出てきます。

自動思考の中で、とくに否定的で非合理な考え方のクセを認知の歪みと言います。

この考え方は、精神科医アーロン・ベックによって提唱され、その弟子であるデヴィッド・D.バーンズが10のパターンに分類して有名になりました。

●バーンズの認知の歪みの10のパターン

・全か無か思考 「完璧にできないなら、やらない方がマシだ」
・過度の一般化 「どうせ私は何をやってもうまくいかない人間なんだ」
・心のフィルター 「あの人の一言の批判が忘れられない」
・マイナス化思考 「合格できたのは、たまたま運が良かっただけさ」
・結論への飛躍 「彼が返信をくれないのは、私のことを嫌いになったからに違いない」
・感情的理由付け 「不安だと感じるということは、きっと危険なはずだ」
・べき思考 「立派な社会人なら、こんな失敗は絶対にしてはいけない」
・レッテル貼り 「一度でも人を裏切るような人間は、永遠に信用できない」
・個人化 「部下が退職したのは、私のマネジメントが悪かったからだ」
・拡大(過小)解釈 「この失敗で、私の人生は完全に終わってしまった」

これを見ると、だれもが「こんなふうに思ってしまうことあるよね」と感じるのではないでしょうか。

このように、認知の歪みは多かれ少なかれだれでも持っているものです。

■認知の歪みを改善する5つのステップ
では、認知の歪みがそのような大きな影響力を持つ前に気づき、現実的な思考方法になるように改善するにはどうしたらよいのでしょうか。

実践的な5つのステップをご紹介しましょう。

1.キーワードに気づく
認知の歪みと言えるような極端な自動思考には、よく出てくるキーワードがあります。まず、このキーワードを捉えることが、自分の認知の歪みに気づく第一歩です。

「今日は何もうまくいかない」
「私はいつも失敗ばかりする」
「みんな私のことを嫌っている」

これらの言葉に共通するのは、「全部」「いつも」「みんな」といった極端な表現です。このような言葉は、現実を歪めて捉えてしまう原因となります。

初めに、自分の思考の中に「全部」「いつも」「絶対」「みんな」「何もかも」といった言葉が含まれていないかチェックしてみましょう。

例えば「今日のプレゼン、全部ダメだった」という思考が浮かんだ時、その「全部」という言葉に注目してみるのです。

実際には、スライドの構成は評価されたものの、話すスピードが速かったという具体的な状況が見えてくるはずです。また、最後に質問されたときにうまく答えられなかったために、プレゼンでの自分のパフォーマンス全体を否定的にとらえてしまっているかもしれません。

2.具体的なできごとを書き出してみる
次に、「全部うまくいかなかった」と感じる時は、実際に何が起きたのか、具体的な出来事を書き出してみましょう。

「今日は最悪な1日だった」と感じた時、その日の出来事を振り返ってみると、確かに、朝の電車が遅れて遅刻しそうになったり、会議資料の誤りを皆の前で指摘されたりといった不愉快な出来事がありました。

一方で、ランチのときに仲のよい同僚と楽しくおしゃべりしたり、任されていた仕事が問題なく終了してほっとしたという、よいできごともあったことに気づくはずです。

3.過去の成功体験を思い出す
さらに、「いつも失敗する」と思った時は、過去の成功体験を思い出してみましょう。

「私は人前で話すのが全然ダメ」と感じていても、実際には先月の部署会議では質問に適切に答えられたし、オープンセミナーに参加したときに自己紹介したら、好意的に受け止められたこともありました。趣味のサークルでは楽しく会話できているという事実もあるはずです。

このように具体的な反例を探していくことで、思考の偏りに気づくことができます。

4.否定的で極端な表現を現実的な表現に変換する
もうひとつ、否定的な極端な表現を、より現実的な表現に置き換えるというやり方があります。

例えば「全部ダメだ」は「この部分は改善の余地がある」に、「いつも失敗する」は「今回はうまくいかなかった」に、「みんな私を嫌っている」は「一部の人とは関係が良好ではない」というように変換してみましょう。

5.友人の立場で自分にアドバイスしてみる
友人から悩みについて相談を受けると、当事者とは違って問題から距離があるので、冷静に現実的なアドバイスができるものです。

それを利用して、あなたの状況を友人(架空でも実在でも)のものとして思い浮かべ、その人に相談されたら自分はどう答えるか、考えてみましょう。

頭の中の友人(実はあなた自身、以下「友」):「仕事で大失敗してしまった。もうだめだ」
あなた(以下「私」):「失敗ってなにをやっちゃったの?」
友:「お客様に提出するだいじな書類に間違ったことを書いちゃった」
私:「そっかー。たいへんだったね。それでどうなったの?」
友:「上司には注意されたけど、メールで訂正した文書を送って、電話でおわびしたら、お客様にはそんなにとがめられなかった」
私:「へー。失敗は失敗だけど、大失敗ってほどじゃないんじゃない?」
友:「そうかな? そうかも…」
私:「もうだめだなんて、おおげさだよー」
友:「そうだよね。もうだめなんてことはなくて、まだまだ挽回できるよね」
私:「そうだよ! 元気出して!」

こんな対話を頭の中で展開するのです。

自分自身のことだと認知の歪みに邪魔されてうまく考えられなくても、友人の悩みだと現実的に考えられる上に、相手を温かく励ますことができます。ぜひやってみてください。

ここでご紹介した5つのステップは、早い段階で実践することが重要です。深刻な状態になる前に、思考パターンを修正できれば、メンタルヘルスの維持に大きく貢献します。

■認知の歪みが他人に向けられているときは
極端な思考が部下に向けられていることに気づいたら、次のように考えてみましょう。

「相手にもなにか言い分があるのではないだろうか」
「相手はどのように感じているだろうか」

自動思考は自分のことでいっぱいです。フォーカスを相手に当てるだけで、極端な偏りに気づくことができます。

また、職場で眼の前にいる相手なのですから、実際に相手にどうなのか聞いてみる、という行動に出ればなおよいですね。

■専門家にたよることもよい方法
もし独りでは思考や気分の整理が難しいと感じたり、落ち込みやイライラが続いたりする場合は、家族や友人など信頼できる人に相談してみましょう。

誰かに相談することで、新しい視点や気づきが得られ、思考の柔軟性を取り戻すきっかけになるかもしれません。

また、困った状況が続いて自分ひとりや家族・友人の助けだけではうまく解決できない場合、専門家のカウンセリングを受けることも検討してみてください。

認知行動療法や、マインドフルネス等、考え方の歪みを解決するプログラムはいろいろあり、どれも一定の効果があることがわかっています。

■ネガティブ思考に気づくことは自己成長につながる
ネガティブな思考パターンに気づくことは、実は大きなチャンスです。それは、より健康的で建設的な思考パターンを身につけるための第一歩となるからです。

完璧な人生などありません。誰しも失敗や挫折を経験します。大切なのは、そこから学び、成長していくこと。「全部」「いつも」といった極端な言葉に縛られることなく、一歩一歩前に進んでいきましょう。


李怜香 社会保険労務士・産業カウンセラー・ハラスメント防止コンサルタント


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【プロフィール】
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李 怜香
社会保険労務士・産業カウンセラー・ハラスメント防止コンサルタント


岐阜県生まれ。早稲田大学卒業。1999年、宇都宮市にて李社会保険労務士事務所(現 メンタルサポートろうむ)を開業。2011年、産業カウンセラー登録。2012年、ハラスメント防止コンサルタント認定、(公財)21世紀職業財団ハラスメント防止研修客員講師に就任。2019年、健康経営エキスパートアドバイザー認定(第1期)。

官公庁から大手企業、教育機関まで幅広い分野で研修実績がある、ハラスメント対策のエキスパート。ハラスメント外部相談窓口の相談対応や、事案解決支援の経験を活かした実践的な指導には定評があり、研修受講者からの満足度は90%以上。法的知識とカウンセリングスキルを組み合わせた独自のアプローチで、職場のメンタルヘルスやハラスメント防止の分野で、企業をサポートしている。

公式サイト https://yhlee.org/wp/

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