低線量放射線の健康影響はわかっていない、という話

私は“低線量放射線と健康被害の関連はわかっていない”というスタンスです。
確証はありませんが、関連があったとしても重大なリスクとは言えないであろう、とは思ってます。もちろん、これに関してはデータに基づくものではなく第三者の個人的な心象に過ぎません。
一方で、実際にリスクに曝されている人にとっては、わずかなリスクであっても不安をかきたてるに十分であり、それが精神的ストレスになることもあります。ネット上のにわか専門家の言うことは全くあてになりませんので無視するとして、放射線の専門家が理論的に想定するリスク程度よりもリスク集団の当事者や、あるいは専門家以外の人が想定するリスク程度は高くなるのが一般的です。長崎大学の松田氏はそのようなリスク認知の多様性について以下のように述べています。

 リスク認知の多様性を物語る典型的な例が、環境アセスメントや原子力発電について一般人と専門家のリスク判断が一致しない場合である。往々にして、専門家が論理的に導き出したリスクよりも、一般人が感じるリスクは高い。二重過程理論の考え方では、これは、それぞれのリスク判断を支える情報処理システムの使い方が異なるためと説明される。(略)人は誰でもこの2つのシステムを持つが、専門分野や動機付けの高い問題意外の日常のリスク判断ではシステム1*1が優勢となる。例えば、放射線の専門家は放射線リスクについては当然システム2の判断を行なうことができようが。新型インフルエンザや遺伝子組み換え食品や日々の雨のリスクについてはシステム1で判断を導き出すことが多いだろう。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjrsm/9/1/9_1_3/_article

その上で、専門家が信頼されなければならないと述べ、その条件として専門知識、経験、資格という知識的な条件と公正中立、誠実にメッセージを伝える意図があるように見えるか、が重要であると指摘しています。それに加えて、主要価値類似性モデルを紹介し、論理的な説明をする専門家が当該問題に関わる主要な価値を自分と共有していると感じることが重要だと述べています。
はっきり言えば、“低線量放射線と健康被害の関連などあるわけない”と決め付けて、「ある」派を罵倒、揶揄しているような人たちによる説明は、当事者に信頼されにくい、とそう言っていいでしょう。もちろん、それは逆にも同じように作用しますが、当事者が不安に思う構造は「ある」「ない」で鏡像になってはいませんので、「ない」派の信頼性だけがはっきりと問われる傾向になるでしょうね。

さて、“低線量放射線と健康被害の関連はわかっていない”という話題に戻ります。
低線量放射線が健康に与える影響というのは長い間研究されていますが、未だによくわかっていません。2010年に以下の疫学研究の報告書が放射線影響協会から出ています。
これは低線量放射線とがんによる死亡率の関連を調べる研究です。

文部科学省委託調査報告書

原子力発電施設等放射線業務従事者等に係る疫学的調査

(第Ⅳ期調査 平成17 年度〜平成21 年度)
平成22年3月
財団法人 放射線影響協会

(P73)

6.今後の課題

 この放射線疫学調査では、解析対象者の平均観察期間は約11 年であり、平均累積線量は13.3mSv と低く、死亡者は解析対象者約20 万4 千人の約7%(悪性新生物では2.8%)に過ぎない。統計学的検出力は十分とは言えないので、この対象者について観察期間を更に延長する必要がある。
 今回、放射線被ばく以外の発がんに係る生活習慣等が交絡している可能性を否定できないことが示唆された。解析対象者の一部については、既に交絡因子調査を実施しており、潜在的交絡因子の関与の解明を一層深めるためにも、今後は直接的に交絡因子の影響を除外した調査分析を行う必要がある。
 このことにより、世界的にも注目される貴重な科学的知見が得られるものと期待されることから、低線量域放射線と健康影響について、より信頼性の高い科学的知見を得るためには、今後ともこの放射線疫学調査を継続する必要がある。

http://www.rea.or.jp/ire/pdf/report4.pdf

統計的な結果部分も結構面白いのですが、ここでは最後の「今後の課題」を引用しました。
簡単に言えば、低線量の健康影響を調べるのは容易ではないということです。「今後ともこの放射線疫学調査を継続する必要がある」と書かれていることから低線量域放射線と健康影響についてはよくわかっていないことが理解できるでしょう。

*1:素早いおおざっぱな判断