埼玉在住中小企業勤務ダメ人間の思うところ・・・

「中小企業の勤め人」に復帰し「浪人」ではなくなりましたので、ブログ名も元通りに戻しました。

新聞の宅配購読を止めて3か月、意外と平気です

今年8月に転居するのを機に、新聞の宅配購読を7月末日をもって契約解除してみました。

退職して一時的に収入が途絶えるために出費を抑えようといった狙いも確かにありますが、それ以上に「朝、目覚めても新聞が来ない生活に自分は耐えられるのか?」という問いに対する答えを出したいというのが目的です。

これまでの60年の半生の中で、新聞が配達されない暮らしを経験したことはありません。幼少期から新聞は毎朝自宅に配達されるのは至極当たり前のことでしたし、大学進学で独り暮らしとなっても「早朝に新聞が来ない生活は考えられない」ので、新聞勧誘員がやって来るのを待たずに自ら最寄りの新聞販売店に購読申込をしたほどでした。

勤め人になったら、情報源としての新聞はますます欠かせないものとなり、最大で全国紙、経済紙、スポーツ紙、証券市場専門紙の4紙を配達してもらっていた時期(2005~2007年ごろ)もありました。

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10年くらい前から若い世代の方々を中心とした「新聞離れ」が話題になっていますが、「新聞が配達されない生活」あるいは「新聞を読まない生活」など本当に成り立つのだろうかと常に疑問に感じ、そのような生活を実際に体験して試してみたいと思っていましたが、大した理由も無く購読契約解除を実行に移すことはできませんでした。しかしこの度は転居という大義名分が生じたので購読契約解除の好機と考え、7月下旬に22年以上にわたりお世話になっている新聞販売店を訪れました。

購読契約解除を申し入れたら、「なんとか購読を続けてください」とか「転居先にお届けします」などと粘ったり、泣きついたり場合によっては恫喝したりして強引に翻意を促してくるものと予想し、その問答応酬の対策まで準備して出向きました。以下に販売店の方と私との会話のやりとりを示します。

 

わたし「これまで購読してきた新聞ですが、転居のため購読を止めたいのですが」

販売店「今月末まででいいですか?」

わたし「あ、はい、何か契約解除申出書とか一筆書きましょうか?」

販売店「あ、いや、口頭だけで解約できます。7月31日で最後ですね」

わたし「運転免許証とか本人からの申し出だと判る身分証明を提示しましょうか?」

販売店「いや、必要ありませんよ」

わたし「では、契約解除を受付けたことを示す書面でいただけますか?」

販売店「そのような書面は出したことは無いですね。解約手続は今完了しました」

わたし「あ、そうですか・・・」

以上が新聞購読解除の申し出をした際の販売店員と私との会話です。全く抵抗されず、執拗に食い下がってくることもなく不思議な感覚。あまりに予想外で拍子抜けしてしまいました。この新聞販売店との宅配購読契約は22年以上に及びましたが、契約解除は30秒で済みました。

あまりにも簡単に契約解除されたため、8月1日の朝刊もこれまで通り配達され、「契約解除など聞いていない」ととぼける手口なのか、と疑っていましたが、実際に8月1日以降は新聞は配達されませんでした。本当に30秒ほどの口頭での申し出のみで契約解除できたのです。

↓ 最後に配達された7月31日の紙面の一部

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子どもの頃から新聞が配達されるのが当たり前の生活を過ごし、さらに書籍や雑誌を含めた活字メディアを好む私の性質をよく知る家族は「そのうち新聞が読みたくなってまた宅配購読契約することになる」と予想していたようですが、その予想を裏切っております。3か月以上経過した現在では新聞が宅配されない生活にも慣れ、ネットニュースを情報源の軸に据えた上で、関心のある出来事を新聞紙面で読みたいとき(1か月に2~3日程度)は自宅近くのコンビニエンスストアの店頭で新聞を購入します。読みたい記事の内容や性質によって、保守系全国紙、リベラル系全国紙、地方紙(埼玉新聞)、経済紙、スポーツ紙、夕刊紙などを都度選択できるので好都合です。

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数か月前までは「新聞が配達されない生活など考えられない」と思っていましたが、実はそんなことはないことが判りました。これはあくまで私の場合ですので、人それぞれの我慢の許容値の違いや従事している職業による必要性によって「新聞の無い生活は不可能」と仰る方も多いと思います。さまざまな考え方があってよいと考えますし、私もそうした考え方の側に舞い戻ることが十分あり得ると思っています。