インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

世界は経営でできている

読み手を選ぶ一冊だと思います。私は無事に読了できましたが、独特の文体(筆者の岩尾俊兵氏ご自身は「昭和軽薄体」の向こうを張って「令和冷笑体」と命名されています)ゆえに読み進めるのがツラいと感じる方もいるでしょう。

この本は「経営」をキーワードにして、筆者の説く「無限価値思考」を社会の様々な視点から検討するものです。筆者によれば本来の「経営」とは、「価値創造という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体をつくりあげること」だそうです。

価値は無限に創造することができるからこそ「他者と自分を同時に幸せにすること」ができるのであり、その価値を有限だと誤解して他人と奪い合っていることが自他ともに幸せになれない根本の原因ーーそれがすなわち「経営の不在」なのだーーというのが筆者の主張です。そしてその考え方に沿って、貧乏、家庭、恋愛、勉強、虚栄、心労、就活、仕事、憤怒、健康、孤独、老後、芸術、科学、歴史という15の視点から、加えて最後の「おわりに」で人生という視点からエッセイが展開されます。


世界は経営でできている

通常の「経営」という概念を念頭に置いて読むと「経営を全然説明していないじゃないか」と思うかもしれませんが、それはお門違いというもの。上掲の岩尾氏による「経営」の本質を踏まえて読めば個人的にはとても共感できる内容でした。ただこう言っては大変失礼ながら、「はじめに」と「おわりに」だけ読んでもそのお考えのエッセンスは理解できるかもしれませんが。

あと、さらに失礼の上積みをするようで申し訳ないのですが、こちらの記事だけ読んでもいいかも(ただしスクロールを止めると左右からマックロクロスケみたいなキャラが出てくるWebデザインは、読み手の気を散らせることこの上ないという点で疑問です)。

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とはいえ「令和冷笑体」のエッセイがハマる方にはとても楽しい読書体験になりますし、小見出しのタイトルが古今東西の文学作品や映画タイトルなどのもじりなので、もとの作品名をどれだけ言い当てられるかで教養の多寡を競い合うという趣味の悪いゲームに興じることもできます。また岩尾氏ご自身が文学を志されたこともあるとのことで、これ以外にも有名な文学作品の一節のもじりやパロディがそこここに。ちょっとスノッブですけど、それを当てっこするのも楽しいかもしれません(……と、岩尾俊平氏的な諧謔をものしてみました)。

ひとつだけ腑に落ちなかったのは、本書に二度ほど出てくる「戯曲化」という言葉です。「戯曲化(dramatization)」は文学作品などをセリフやト書きで構成された戯曲(脚本・台本)にすることで、本書のように経営の不在によって引き起こされる悲喜劇を紹介するくだりで使用するなら、それはおそらく「戯画化(caricaturing)」ですよね。編集者も気づかなかったのかしら。「令和冷笑体」のこの本に私も影響されたのか、ついこんな冷笑的なコメントまで書いてしまいました。