2022/04/13 19:00

時と場所を超えた、「逆襲」の指南書──野中モモインタヴュー:『女パンクの逆襲──フェミニスト音楽史』

オトトイ読んだ Vol.10

オトトイ読んだ Vol.10
文 : 津田結衣
今回のお題
『女パンクの逆襲──フェミニスト音楽史』
ヴィヴィエン・ゴールドマン(著)野中モモ(訳)
ele-king books : 刊
出版社サイト
Amazon.co.jp

 OTOTOYの書籍コーナー“オトトイ読んだ”。今回は『女パンクの逆襲──フェミニスト音楽史』の訳者、野中モモへのインタビューをお届けする。
著者は70年代後半のロンドンではやくから女性たちによるパンクについて書き、自身もアーティストとして活動、現在はニューヨーク大学でパンクとレゲエについて教えている学者でもあるヴィヴィエン・ゴールドマン。2019年にリリースされた本書で取り上げられるのは、いわゆる「女パンク」のキーとなるようなパティ・スミスやザ・スリッツ、ビキニ・キルをはじめとしたUS、UKでうまれたバンドのみならず、中国、チェコ、インドネシア、日本にまで及ぶ。それぞれが異なる鎖に敷かれ、その表面を突破して生まれたパンクバンドたちの闘争は、歌詞をもとに「アイデンティティ」「金」「愛」「プロテスト」のテーマにわかれ、同時代性を超えた「表現への妨げ」に基づいて並列されてゆく。

「女」のパンクについて書かれた本であると同時に、『女パンクの逆襲』はあらゆる表現を続けることを鼓舞し、そのためのヒントを与えるものでもある。ポスト・パンクやパンクを主軸とした音楽ライターであり、音楽以外にもフェミニズムやzineに関する著書や訳書を出版してきた、野中モモへのインタビューからは、本書を読むにあたっての視点だけでなく、書き続けること、その行為のなかに自分自身をいかに置くことができるか、そのヒントを見出すことができるだろう。

野中モモをゲスト講師として迎える、「女性アーティストの表現」をテーマにした、岡村詩野の音楽ライター講座(2022年5月期)の入り口にもなれば幸いだ。

価値観の転換を促すことがパンクの肝

──まずどういった経緯で『女パンクの逆襲』の訳をされることになったんでしょうか

2019年に原本が出てしばらくして野田努さんに声をかけていただきました。元々、ヴィヴィエン・ゴールドマンさんはポスト・パンクが好きな人は必ず出会う事になるくらいの重要人物なんです。なので、この方が遂に女性について書いたということで、ちょうど読まなきゃなと思っていたところでした。

──読んだときの印象はどうでしたか? 自分としては結構年表的なものなのかなと思って読み始めたので、「アイデンティティ」「金」「愛」「プロテスト」とテーマごとに、時系列関係なく進んでいくのが意外だったのですが。

「ポリー・スタイリンからプッシー・ライオットまで」〈from Poly Styrene to Pussy Riot〉っていう副題がついているから、クロノロジカルなものが予想されるんでしょうね。私自身は、以前訳したサイモン・レイノルズの『ポスト・パンクジェネレーション 1978-1984』もそうでしたが、「みんながみんなバラバラなことをしているところがパンクやポスト・パンクのいいところである」という考え方があるので、ストレートに時系列に沿った内容にはならないだろうな、とは思っていました。レイノルズの本では、街とか、場所とシーンに注目した章立てでいろんなことが同時進行しているのを伝える形を取っていましたけど、それ以上に時間と空間が行ったり来たりする本ではありますね。歌っているテーマに注目した構成ですからね。ちゃんとサウンドの魅力を文章で伝えているけれど、構成としては。

──コンピレーションアルバムのような作りになっていますよね。

確かに、DJセットのような感覚がある本だと思います。前の曲のポイントが、また次の曲を導くという構成でね。「個人の視点からでないと語れない」という意識が広まった時代の本なのかな、とも思いました。ヴィヴィエンさんがアーティスト活動を昔からしていたり、彼女自身がシーンでは有名ということも、この本を成り立たせるにあたって一つの支えにはなっているのかもしれません。ただ、やはりそれだけでは無いですよね。

──準備に2年ほどかかったということが本中にも述べられていました。

彼女自身が現場にずっといて、濃いエピソードを持っているのに加えて、各地のいろんな人に改めて話を聞くことを大事にしていますよね。

──翻訳自体はやりやすいものだったのでしょうか?

ヴィヴィエンさんの視点や発想が自分と重なるところが多いので、比較的意味がわからなくて悩むということはなかったです。私は弱いものに優しかったり、弱さを強さとするような考え方がパンクのいいところだなと思っているんです。そこがヴィヴィエンさんとは通じ合うから、翻訳も無理なくやれました。

──取り上げられている音楽としてもだいぶ野中さんの趣向には近しかったんでしょうか。

そうですね。CHICKS ON SPEEDのコンピレーションも当時愛聴していましたし、キム・ゴードンの自伝で語られているようなアンダーグラウンドのシーンにも少しは親しみがあったので。ポスト・パンクの中でも、クールでダークな路線より、ヴィヴィエンさんが参加していたTHE FLYING LIZARDSや49 AMERICANSのようなおもしろ要素がある方に惹かれがちだったんです。この本はこれまで知っていたところの点と点を線で繋いでくれるような存在でしたね。

Kim Gordon - "Murdered Out"
Kim Gordon - "Murdered Out"

──中国やチェコをはじめ、パンクの拠点とされてきたUK、USではない地域のバンドを取り上げていく、多角的な側面がある本だなという印象を受けました。

ジャーナリストとして、白人、アングロサクソン中心では無いところに目を配らねばという意識が強い方なんだと思います。彼女はユダヤ系のバックグラウンドのある方で、ロンドンにいた頃からブラックミュージックにも親しんできた方です。ボブ・マーリーのプレス担当を務めたりもしていましたし。

──冒頭から2013年にロンドンで始まったパーティー/ディスカッションナイトの名称〈レディース・ミュージック・パブ〉が「レディース」という名称から二元論的だと指摘されるようになってきている、などしっかりいま浸透しつつあるジェンダーの観点も取りこぼさないことが分かって、誠実なんですよね。

イベントを立ち上げた頃はフェミニズムの部分に反感を持たれたけれど、いまは「レディース」だとノンバイナリーやトランスジェンダーの人々の一部が疎外感を抱きかねないという批判の声がある、って主催者の談話が出てきますよね。男女の平等に加えて、性別二元論の解体も重要な論点として共有されていることがうかがえます。議論の流れはすごく速いですよね。そうしたジェンダーをめぐる議論に普段から関心のある人はなるほどそんな感じなのかと思うだろうけど、なんのことやらな人もいるかもしれない。でも、これをきっかけにそういう状況があることを知ってほしいし、これがいまの音楽ジャーナリズムなんだろうなと思います。

──「愛」の章が顕著ですが、この本で取り上げられるのはシス女性だけでも、フェミニストだけでもないんですよね。

そうなんです。トランス女性も、明らかにフェミニスト的な曲をやっていたけれど現在の自分はフェミニストではないという女性も出てきます。かつて女性としてTribe 8でギターを弾いていたトランス男性のサイラス・ハワードもインタビューを受けていますね。性差別に加えて、人種差別も大きな論点です。最初の「アイデンティティ」の章で、性差別と人種差別がどう交差しているか、さまざまな状況とスタンスの違いが紹介されていますよね。人種差別より経済格差の方が自分にとって切実な問題に感じる人は、2章の「マネー」から読むのがとっつきやすいかもしれません。

──ちなみに、野中さんはヴィヴィエンさんにお会いされたことはあるんでしょうか?

ないんですよ、インスタで一言くれたことはあるんですけどね。来日して、日本のいろんなバンドを観てほしいです。ヴィヴィエンさんのライヴも観てみたい。

──2020年以降は来日もほとんどなかったですしね。コロナ禍で可視化、過激化していった差別をはじめ、あらゆる面で2022年にはこの本に追加されているであろう部分もあるかと思うんですが、むしろ2019年にこれが出て「女のパンク」というものがいったん総括された形になったというのは、タイミングとしても良かったのかなと。

パンデミックで状況がまるっきり変わってしまいましたから、ここで出ていてよかったなとは思います。2010年代はトランプ政権があまりに女性や有色人種、移民の権利を軽視していたゆえに、危機感が高まってフェミニズムの必要性が改めて認められる流れがあったんですよね。

──ブレクジットもありましたし…。ただフェミニズムの認知度や受け取られ方はいい方向に向かっていっているのではないでしょうか。

状況の悪化に対して、というところはありますよね。セレブがフェミニストを公言するようになったのも2010年代の半ばくらいからなので。それに、既存のプラットフォームを通さなくても発信できる領域が広がったことも反映されていますよね。マスメディアの人々に認められなくても誰でも意見を表明できるし、お互いにつながり合える状況が、女性の権利意識を変えてきたと思います。

──あと、同時期にレインコーツの訳本も出てるんですよね。

やはり女性のバンドへの注目が高まってきているのかな。これまで注目されてなさすぎたともいえるけど。ミュージシャンの自伝とかバイオグラフィー、ドキュメンタリーがたくさん出て、バックグラウンド込みで理解が深まる経路が増えたのも近年の動きですよね。

Boris - 「Reincarnation Rose」 EarthQuaker Devices
Boris - 「Reincarnation Rose」 EarthQuaker Devices

──スリッツのドキュメンタリーでも「スリッツは無いものにされていた」というような話がされていましたし、そうした忘れ去られていった逆襲の道のりを提示しているがこの本なのかなと思います。

日本のパンク理解に関していえば、80年代後半のいわゆるバンドブームでオリジナル・パンクのバンドに出会った世代もいると思うんです。私、すぐ「バブルが悪い」って話をしちゃうんですけど、そこでの紹介が表層的すぎたんじゃないかという疑念を持っています。メディア企業で決定権を持つ立場にいた女性がいま以上に少なかったし。もちろんなかには誠実な人たちも常にいたとは思うんですけど。デルタ5をはじめ、マッチョイズムの批判をしていたパンク以降のバンドはたくさんいたはずなんですけど、あんまり理解されてないなと思う。

──英語だしアクセスできる情報が少なくてそうなった節はあったのかもしれないですね。

いまは歌詞にもアクセスしやすくなって、いい時代ですよね。ただ、あの頃の大人にもっとしっかりしていてほしかったと思うのと同時に、私も反省しているところがあって。Bikini KillとかHuggy BearとかRiot Grrrlのバンドをリアルタイムで聴いていいなと思っていたけれど、そんなに熱中はしなかったんです。『Riot grrrlというムーブメント』というzineの著者の大垣有香さんとか、『Catch that Beat!』というファンジンを出していた池田弥生さんみたいに、フェミニスト・パンクのネットワークにがっつり関わる方には行かなかったんです。あの頃、もっと頑張ってちゃんと英語を読んだり聴いたりしていたら、Riot Grrrlも深く理解できて別の現在があったかもしれない。だから訳はそういう人たちにやって貰うのがいいのかなとも思うんですけど…。でも、当時そういうパンクの新しい動きに素早く反応していた人たちは、本気で人生を変えていたりするんですよね。技術を身に着けて別の道で立派になっている。吉野桃子さんとか、自給自足に近い生活をしてニワトリを育てていたり。だから、私は色々なことにちょっとずつ興味のある中途半端な人間だからいまみたいな翻訳やライターの仕事が出来ているのかなと思います。それが向いていたんだと思うことにしています。こうなったらいろんな世代や文化圏をつなぐ係として生き抜いていきたいです。

──『女パンクの逆襲』は「女性」たちがいかにして自身の表現をやり続けることができるか? という持続可能性の問題が常にテーマとしてありますよね。ライター/訳者として活動するものとして、感銘を受けた部分はありましたか?

ニイマリコさんが、「いろんな人が出てきていろんな人にちょっとずつ共感できる」というようなことをいってくれていて、確かにそうだなと思いました。いろんな考え方を並置することでそれぞれの論点が見えてくる本ですよね。時代と環境によって集中すべきトピックが変わってくることもわかる。この人たちのやってきたことを踏まえて、いまの日本の環境で、どう振る舞うかを自分で考えないといけないということが、集積された内容から切実にわかってくる。特定のこの部分がというより、いろんなバンドについて書くことで、「次は君の番だ」と訴えかけてくる本ですよね。

──『女パンクの逆襲』の訳を経て、感じたことや、ご自身の領域で今後こういうふうにやっていこう、という思いはありますか?

歴史上、この世のなかで脚光を浴びてきた人に女性が少ないので、それを意識して取り上げていきたいな、という思いはあります。私自身、日本の社会で日々生きているだけではなかなか出会えない人々のことを、音楽や本を通して知ることで毎日なんとかやってきた人間なので、今回まさにそういう仕事が出来たというのは感慨深いものがあります。自分が若い頃にそういう本を届けてくれた大人たちへの恩返しというか。みんなこれの続きを頑張ってほしいし、続いていきましょう、という気持ちです。ヴィヴィエンさんがこの本の後に出したファースト・アルバムのジャケが「次はお前だ!」みたいなポーズを取ってますしね。(笑) 自分としてはですけど、現状を疑い、価値観の転換を促すことがパンクの肝だと思うんですよね。既に認められているものに従うだけではなくて、自分の価値観を育てて視野を広げるのが大事だってことが、本を通して伝わればいいなと思います。


岡村詩野音楽ライター講座 2022年5月期

音楽評論家として活躍する岡村詩野の指導のもと、音楽への造詣を深め「表現」の方法を学ぶ場、「岡村詩野音楽ライター講座」。その2022年5月期の最終回には、野中モモ氏をゲスト講師として迎え、トークセッションを行います。 テーマは「女性アーティストの表現」。数多くの女性アーティストが、長い歴史の中でどのような音楽表現を行い、どのようなメッセージを伝えてきたのかを、講師の岡村詩野による講義のなかで解説します。

講座では音楽ライティングの基礎から応用までをじっくりと丁寧にお伝えします。ご好評につき、今回もZOOMを使用したオンライン講座として実施。全国どこからでも、海外からの参加も可能です。ライティング経験者はもちろん、初心者の方も大歓迎。この講座を通して一緒に、音楽を言葉にする「表現」の方法を学んでいきましょう!

■5月期 スケジュール
・2022年05月21日 (土) 13:00〜16:00
・2022年06月04日 (土) 13:00〜16:00
・2022年06月18日 (土) 13:00〜16:00
・2022年07月02日 (土) 13:00〜16:00
・2022年07月16日 (土) 13:00~16:00 (ゲスト講師 : 野中モモ氏登壇回)

【事前申し込み】
・全日程通し 22,000円(税込)
・単回 4,500円(税込)

※事前申し込みは、クレジットカード / 銀行振込で、講座前日までにお支払いいただきます。
※銀行振込の場合、お申し込みから3日後もお支払いが確認できない際は、お申し込みをキャンセルとさせていただきます。
※ご参加の際、Wi-fi接続を推奨しております。

音楽ライター講座(2022年5月期)

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TUDA

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