ライブドア立件にかける特捜検察の意思(追記あり)
ライブドアに対する東京地検特捜部の捜査が続いている。以前のエントリー(「特捜部がホリエモン立件を狙うことの意味は?」)でも触れたが、通常、監督権限を持つ行政機関がある場合は、その機関からの刑事告発を得て特捜部が強制捜査に乗り出す。脱税事件なら国税庁の査察部門、いわゆる「マルサ」、独占禁止法違反の談合事件なら公正取引委員会だ。もっとも刑法にも談合罪があるから、談合事件の場合は公取委が絡まなくても警察や検察が独自に摘発することはままある。
ライブドアのように証券取引法違反容疑なら、証券取引等監視委員会という行政機関がある。現在の高橋武生委員長は検察OB。公安部門出身で佐川急便事件当時の東京地検次席検事。その後、東京地検検事正も務めた。トップが検察幹部出身だし、監視委事務局にも検事が派遣されているから、監視委と検察の意思疎通は緊密だ。監視委の告発なしに合同で強制捜査に着手したのは、証拠隠滅のすきを与えず一気にトップに迫るためだとわたしは思う。それだけ特捜部がライブドア立件に並々ならぬ熱意を持っていることを示している。狙いはホリエモン、堀江貴文社長だろうし、不起訴はありえない。わたしの取材経験から言って、東京地検特捜部とはそういう捜査機関だ。
わたし自身が取材で検察や特捜部を担当していたのはもう7-8年も前だが、その経験を踏まえて、今回の事件に対する特捜部のスタンスについてのわたしの推察を書いておきたい。
ここまでの新聞各紙の報道を見てきて、特捜部というか検察の意思のようなものが漠然と見えてきたと思う。それは日本の証券市場、証券取引の秩序維持とでも言えばいいだろうか。「秩序」と呼ぶのが適切かどうか分からないが、例えばこういうことだ。ある経済的な行為があって、明確な違法ではないが、市場関係者のだれもがマナーに反する脱法行為だと考え、あえて行ってこなかった。つまり市場関係者の間に「適法」というコンセンサスもない。どちらかと言えば、倫理上は禁じ手になる。しかし、そこに「違法ではないから合法だ」として、あえて市場ルールの隙間を突く勢力が出てきた。行政手続きでは対応できず、法の整備が後手後手に回る。違法、合法の境界線が明確になるのは、彼らがガッポリ稼いだ後のこと。市場関係者はだれもが困惑しているのに、世論には「旧秩序の破壊者」のイメージが受けている。「これは放置できない。自由競争にもルールと秩序は必要だ。そのために、われわれの出番だ」と検察と特捜部は考えたのだと思う。
最終的にライブドアとホリエモンがどの罪状で起訴されるかは、また別の話。現在の家宅捜索の容疑にしても、最初に容疑ありきではなく、内偵に入って情報収集を進めた結果、つかんだものだろう。検察と特捜部にとっては、最初にライブドア、ホリエモンありき。違法行為があれば徹底的に叩きつぶす、という意思がまずあって、調べてみたら案の定、違法行為が出てきた、ということではないか。遅くとも、昨年のニッポン放送・フジテレビ買収劇を契機にして、特捜部は関連情報の収集に動き出していたと思う。
証券市場取引は正確で公平・公正な情報開示が大前提となる。関係情報をいち早く入手できる立場にいる人間は関連の株の取引を禁止されている「インサイダー取引の禁止」なども同じ発想からだ。これは市場取引ばかりでなく、経済全般の競争原理にもあてはまる。規制緩和を進め、経済行為を市場の自由競争に委ねようとするとき、その経済行為の担い手にはすべてに自己責任が求められるようになる。自分の責任で判断、選択をするには、情報開示がなければならない。消費者だって同じだ。例えばAという商品とBという商品のどちらを選ぶかは消費者の自己責任だ。Aの方が安いが、Bの方が添加物が少ないからBを選ぶ、という選択をするには、商品の情報が開示されていなければならない。仮に商品の情報に虚偽があれば、市場の自由競争は成り立たなくなる。
検察、特捜部から見れば、ニッポン放送・フジテレビ買収劇でライブドアが見せた「時間外取引」による株取得という手法は、「正確で公平・公正な情報開示に基づく市場取引」を危うくさせるものと見えたに違いない。そうした市場の秩序は参入者の「善意」を期待しなければ維持できない。「法律に禁止が明記されていなければ合法」という姿勢は、その「善意」と対立する。検察、特捜部がライブドアに目を付けた理由はそういうことだったのではないかと思う。
今回の捜査に対しては「国策捜査」との指摘もあるが、時の政権や与党の意を受けて、という狭義の国策捜査ではないと思う。特捜検察には大きく2つの分野があって、一つは政官界腐敗の摘発、もう一つは脱税や今回のような証取法違反事件など違法経済行為の摘発だ。前者は鈴木宗男衆院議員の事件のように最近は国策色が強まっている。後者でも、経営破たんし、公金を投入せざるをえなくなった金融機関の旧経営陣を特別背任罪で立件したりと、国策色を帯びた事件もあるが、一方では、経済行為の透明性、公平性の確保という点では、特捜検察は伝統的に独立した立場、判断で臨む。時には「新しい判例をつくる」ぐらいの気構えで、強い意志を持って動く。今回のライブドア、ホリエモンへの捜査は、そうしたケースの一つではないかと、わたしはみている。
追記(1月23日午後10時)
東京地検特捜部は23日夜、堀江貴文社長を逮捕した。正直に言って、予想よりも早い展開。しばらくは捜査の展開と報道を見守りたい。
ライブドアのように証券取引法違反容疑なら、証券取引等監視委員会という行政機関がある。現在の高橋武生委員長は検察OB。公安部門出身で佐川急便事件当時の東京地検次席検事。その後、東京地検検事正も務めた。トップが検察幹部出身だし、監視委事務局にも検事が派遣されているから、監視委と検察の意思疎通は緊密だ。監視委の告発なしに合同で強制捜査に着手したのは、証拠隠滅のすきを与えず一気にトップに迫るためだとわたしは思う。それだけ特捜部がライブドア立件に並々ならぬ熱意を持っていることを示している。狙いはホリエモン、堀江貴文社長だろうし、不起訴はありえない。わたしの取材経験から言って、東京地検特捜部とはそういう捜査機関だ。
わたし自身が取材で検察や特捜部を担当していたのはもう7-8年も前だが、その経験を踏まえて、今回の事件に対する特捜部のスタンスについてのわたしの推察を書いておきたい。
ここまでの新聞各紙の報道を見てきて、特捜部というか検察の意思のようなものが漠然と見えてきたと思う。それは日本の証券市場、証券取引の秩序維持とでも言えばいいだろうか。「秩序」と呼ぶのが適切かどうか分からないが、例えばこういうことだ。ある経済的な行為があって、明確な違法ではないが、市場関係者のだれもがマナーに反する脱法行為だと考え、あえて行ってこなかった。つまり市場関係者の間に「適法」というコンセンサスもない。どちらかと言えば、倫理上は禁じ手になる。しかし、そこに「違法ではないから合法だ」として、あえて市場ルールの隙間を突く勢力が出てきた。行政手続きでは対応できず、法の整備が後手後手に回る。違法、合法の境界線が明確になるのは、彼らがガッポリ稼いだ後のこと。市場関係者はだれもが困惑しているのに、世論には「旧秩序の破壊者」のイメージが受けている。「これは放置できない。自由競争にもルールと秩序は必要だ。そのために、われわれの出番だ」と検察と特捜部は考えたのだと思う。
最終的にライブドアとホリエモンがどの罪状で起訴されるかは、また別の話。現在の家宅捜索の容疑にしても、最初に容疑ありきではなく、内偵に入って情報収集を進めた結果、つかんだものだろう。検察と特捜部にとっては、最初にライブドア、ホリエモンありき。違法行為があれば徹底的に叩きつぶす、という意思がまずあって、調べてみたら案の定、違法行為が出てきた、ということではないか。遅くとも、昨年のニッポン放送・フジテレビ買収劇を契機にして、特捜部は関連情報の収集に動き出していたと思う。
証券市場取引は正確で公平・公正な情報開示が大前提となる。関係情報をいち早く入手できる立場にいる人間は関連の株の取引を禁止されている「インサイダー取引の禁止」なども同じ発想からだ。これは市場取引ばかりでなく、経済全般の競争原理にもあてはまる。規制緩和を進め、経済行為を市場の自由競争に委ねようとするとき、その経済行為の担い手にはすべてに自己責任が求められるようになる。自分の責任で判断、選択をするには、情報開示がなければならない。消費者だって同じだ。例えばAという商品とBという商品のどちらを選ぶかは消費者の自己責任だ。Aの方が安いが、Bの方が添加物が少ないからBを選ぶ、という選択をするには、商品の情報が開示されていなければならない。仮に商品の情報に虚偽があれば、市場の自由競争は成り立たなくなる。
検察、特捜部から見れば、ニッポン放送・フジテレビ買収劇でライブドアが見せた「時間外取引」による株取得という手法は、「正確で公平・公正な情報開示に基づく市場取引」を危うくさせるものと見えたに違いない。そうした市場の秩序は参入者の「善意」を期待しなければ維持できない。「法律に禁止が明記されていなければ合法」という姿勢は、その「善意」と対立する。検察、特捜部がライブドアに目を付けた理由はそういうことだったのではないかと思う。
今回の捜査に対しては「国策捜査」との指摘もあるが、時の政権や与党の意を受けて、という狭義の国策捜査ではないと思う。特捜検察には大きく2つの分野があって、一つは政官界腐敗の摘発、もう一つは脱税や今回のような証取法違反事件など違法経済行為の摘発だ。前者は鈴木宗男衆院議員の事件のように最近は国策色が強まっている。後者でも、経営破たんし、公金を投入せざるをえなくなった金融機関の旧経営陣を特別背任罪で立件したりと、国策色を帯びた事件もあるが、一方では、経済行為の透明性、公平性の確保という点では、特捜検察は伝統的に独立した立場、判断で臨む。時には「新しい判例をつくる」ぐらいの気構えで、強い意志を持って動く。今回のライブドア、ホリエモンへの捜査は、そうしたケースの一つではないかと、わたしはみている。
追記(1月23日午後10時)
東京地検特捜部は23日夜、堀江貴文社長を逮捕した。正直に言って、予想よりも早い展開。しばらくは捜査の展開と報道を見守りたい。
by news-worker | 2006-01-23 09:45 | 社会経済