医療機器の輸入販売、修理、保守、リースを行うシーメンスヘルスケアでは、インフォメーションテクノロジー本部が社内システムの開発および管理を行っている。
インフォメーションテクノロジー本部は、以下の4つのグループに分かれている。
- ビジネスパートナーシップマネジメントグループ:社内向けの上流コンサルティングを担当
- エンタープライズアプリケーションズグループ:ソリューションアーキテクト、アプリケーション開発、データレーク構築を担当
- ローカルオペレーショングループ:ローカルインフラ、ITセキュリティ、ITコンプライアンスを担当
- ストラテジー&サービスマネジメントグループ:エマージングテクノロジー、IT戦略、サプライヤー戦略、生産性分析、ガバナンスを担当
インフォメーションテクノロジー本部 本部長 平間麗美氏は、これら4つのグループから構成されているインフォメーションテクノロジー本部の役割を次のように説明する。
「基本的にグローバルでの決定を各国に落としていきます。インフォメーションテクノロジー本部の4つのグループも、日本に特化して作っているものではありません。オーストラリアや北米、ヨーロッパでも、現地での役割が4つに分かれています。本社にはCoE(Center of Excellence)というチームがあり、インフラであれば、インフラのCoEと各国のインフラチームが連携しながら導入展開をしていく形になります」
SAPシステムを世界で統一し、IFRS(国際会計基準)に対応
基幹システムであるSAPのグローバルでの集約化に伴い、日本においてはSAPと連携している100を超えるアプリケーションの改修を行うプロジェクトが進行中だ。
このプロジェクトでは、Single Source of Truthと呼ばれるデータの一貫性構築、市場の変化に迅速に対応できるシステム環境を構築することを目指している。
「このプロジェクトでは、これまで使っていたSAPシステムをSAP S/4HANAにアップグレードします。同時に、SAPの位置づけを明確化し、IFRS(国際会計基準)に合わせています。以前のバージョンでは、各国でカスタマイズし、現地の計上方法や承認方法でオペレーションを回すことが可能でした。この方法はフレキシビリティがありましたが、IFRSの会計基準に合わせようとすると、テンプレートを全世界で統一する必要があります。SAP S/4HANAへのアップグレードにおいては、レギュラトリー・コンプライアンス(事業に関連する法律、規制などを遵守すること)を重視しています」(平間氏)
今後、SAP S/4HANAには生成AIが搭載されていくため、同社も生成AIを使って予測などの業務を行えるようにするという。
グローバルでテンプレートを統一するメリットは「レポーティング」と平間氏は語る。
「数字をマーケットに説明する責任がありますので、会計基準に合わせて、それぞれの国の売上や経費がきちんと同じスペックで報告されるところがメリットだと思います」(平間氏)
ただ、前述したように、前のバージョンの時は、国ごとにインタフェースを作ったり、必要なモジュールをアドオンしたりすることが許されていたため、それがなくなると、業務の継続性という意味でかなりのインパクトが出る。そのため、ローカルのトランスフォーメーションプロジェクトが同時進行で走っており、前バージョンのローカルシステムのモダナイゼーションも行っている。
モダナイゼーションにより、データコード体系がグローバル共通になる。そこで、ローカルのシステムが新しいSAPのコードで読み込めるようにするため、新しいバージョンのSAPでは、Snowflakeにすべてのマスターデータを流し、日本で使いたいデータはSnowflakeから取ってくる仕様に変更になる。そのためのデータの流れの改修は、日本のローカルチームで行っているという。
共通のデータとツールで、誰もが同じ答えを出せるように
今後、グローバルで統一されたフォーマットでデータが蓄積されてくると、それを分析することで、さまざまな知見が得られることが期待される。
「今までは業務のオペレーションでの活用、つまり生産性改善のためにデータを使ってきました。最近は、データアナリティクスツールとデータを活用して、さまざまな予測分析業務を行えるようなシステム環境を構築しています」(平間氏)
同社が今後活用していこうとしている分析ツールはオープンソースの「KNIME」(ナイム)だ。KNIMEはノーコードでデータ分析ができる。ノードの中にいろいろなデータ分析のプログラムが入っており、そのノードをドラッグ&ドロップでひもづけて、データのクリーニング、チェック、ETL(データの抽出:Extract、変換:Transform、書き出し:Loadを行うこと)、データのアウトプットを行い、それをビジュアル化する。
「KNIMEは、かつてExcelマクロを作ってやっていたことが、すべてローコードでできるようになるソフトウェアです。データの一元化が完了していますので、各部門で必要なマネジメントへの報告や予測値の算出にこのデータを活用していくことを考えています」(平間氏)
しかし、同社はユーザー部門におけるIT部門が認知しない市民開発には否定的だという。
「近年、どの業界でも市民開発が流行していました。当時は、短期間で生産性を上げる上で有効なアプローチでしたが、時代が変わり、市民開発時代に作ったものが会社の成長の足かせになりつつあります」(平間氏)
平間氏は、過去の市民開発によってつくられたシステムやデータがブラックボックスになり、活用されない可能性を指摘する。特に業務の中に生成AIが急速に浸透しつつある現在では、その可能性はより高まる。そのため、同社は市民開発のあり方を見直す方向だという。「データは強い武器になるので、データアナリティクスについても、全社で共通のツールを使うことによって、誰がやっても同じデータで同じ答えが出る形に持っていきたいと思っています」と、同氏は話す。
社員のスキルアップに向け、デジタルDayを開催
今後は、各社員が生成AIやエマージング技術を業務で活用していくことが求められるため,新たなデジタル技術のスキルを身に付けていく必要がある。そのため同社では、2024年からデジタルdayを設けてハッカソンを実施している。
昨年のテーマである生成AIに続き、今年は7月にKNIMEをテーマにハッカソンを開催。当初は参加人数を30名程度と考えていたが、エントリーを開始して18時間で50名の応募があり、すぐに締め切ったという。
インフォメーションテクノロジー本部では、ハッカソンの様子を見て、翌年からそのソリューションを社内に展開しても問題がないかどうかを確認している。平間氏は、ハッカソンを開催する理由を次のように語る。
「ハッカソンに自発的に参加するようなアーリーアダプターの人たちの影響力を、他の社員の人たちに波及させたいと思っています。新しい技術が出たときにすぐに興味を持つ人は、全体の10%から30%程度で、大半(マジョリティ)は、先に進んでいる人の様子を見て、自分も行っても大丈夫だと思ってやっていくところがあります。企業では、マジョリティへの展開を怠ると新しいテクノロジーの展開が遅れるというのが私の考え方です。ゲームチェンジを実現するために、ハッカソンであれば、みんなが楽しんでやれるのではないかと考えました。ハッカソンによって新しいものに対する挑戦のサイクルが短くなり、イノベーションを起こして会社が成長できるのではないかと期待しています」
IT部門を管理部門からビジネスにソリューションを提案する「パートナー」へ
SAPシステムの統合だけでなく、新たな技術の導入を含めた企業の変革(トランスフォーメーション)において重要となるIT部門の役割をどう考えるか、平間氏に尋ねたところ、以下の3点が挙がった。
「1つ目は、エバンジェリストであること、2つ目として、次世代テクノロジーに対応する人材の育成も当然重要です。育成を目的とし、当社では国をまたいだインターンシッププログラムが導入されています。そして、自社のビジネス部門が実現したいゴールに対するコンサルティング、ソリューションアーキテクトを行うパートナーであることです。
自社のビジネスに上流から入り込み、双方向でのコミュニケーションを通じてコンサルティングを行うBPM(Business Partnership Management)というIT部門の機能があります。海外や外資系企業では比較的一般的なこの機能を、日本ではなかなか作れませんでした。今回、本社の承認が下り、初めてBPMを立ち上げることができました」(平間氏)
最後に平間氏に、BPMを成功させるポイントを聞くと、リレーションシップという答えが返ってきた。
「エンジニアや開発者はパソコンの前に座って物を作っている時間が必然的に多くなってしまい、日常的に対話をしながら業務を進めることに慣れていない人も多いと思います。ですが、これからのIT部門はビジネス部門の方と会話しながら信頼関係を作ってその部門の戦略を考えるなど、ビジネス側がしたいことを吸い上げ、それに合致するようなソリューションを提供することが必要になってきます。そのため、人との接点が重要になってくると思います」(平間氏)