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『ガンパレ』の企画書、ついに公開━初代PSの伝説的タイトルは、なぜ生まれたのか?そして『LOOP8』へ受け継がれたもの【ゲームの企画書】

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 私は今も『ガンパレード・マーチ』の企画説明会のことを思い出しては、一人で笑う時があります。社長よりも誰よりも偉そうな芝村が、人の魂をPSの上に出現させると宣言したときの会議場の沈黙と静寂を、私はハッキリと、覚えています。

 『電撃ガンパレード・マーチ』 スタッフコメントより

 2000年、9月28日。そんな初代プレイステーションの最末期、まさに「人の魂をPSの上に出現させた」タイトルがあった。その名も『高機動幻想 ガンパレード・マーチ』(以下、『ガンパレ』)。

 熊本を舞台に、謎の生命体「幻獣」との戦いに動員される学生の姿を描くシミュレーションでありながら、特筆すべきはその「自由度の高さ」

 ものすごく端的に言えば、「生き残りさえすればゲーム中は何をやってもいい」という全く制限を感じさせない自由度の高さに加え、AIによって制御された「人間味のあるNPC」も、その学園生活と独自のゲーム体験を彩る。今もなお、「初代PSの名作」として語り継がれる伝説的タイトルである。

 そして今回の企画は「ゲームの企画書」……まぁ当然なのだが、この記事には「ガンパレの企画書」がそのまま掲載されている。では、具体的に『ガンパレ』の企画書がどのくらいの“物量”なのかをお見せしよう。

『ガンパレ』の企画書、ついに公開━初代PSの伝説的タイトルは、なぜ生まれたのか?【ゲームの企画書】_001

 これが全て、『ガンパレ』の企画書らしい(そして実は、これでも一部資料らしい)。

 なにこれ? 鈍器?

 流石にこの資料が全部掲載されているわけではないのだが、この物量通りの企画書が記事内にはバンバン登場する。おそろしい物量なので、覚悟して読んでほしい。そして今回、この企画書と共に『ガンパレ』を語り尽くしてくれるのが、今作のゲームデザイナーを務めた芝村裕吏氏。ここで、インタビュー開始前に芝村氏と雑談的に交わされた会話を抜粋しておこう。

──商業タイトルの企画書や仕様書って当然ですけど、表に出てくるものではないですよね。これが記事として出てきちゃうのはかなりの衝撃だと思います。

芝村氏:
 そう考えると、これだけの資料を保存していたアルファ・システムはすごいですよね。

 もうPCエンジンのゲームの資料とか大量に焼いちゃいましたからね。
 会社の裏でドラム缶の中に火を入れて、「燃えろ燃えろ~!」とか言いながら(笑)。

 『イース(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ)』のドット絵の資料とか大量に焼いた覚えがあるので、悪いことしたなぁ……と思います。

 「し、芝村さん……」というツッコミは一旦置いておきつつ、確かに20年前に発売されたゲームの資料がこれだけ残されていること自体、奇跡的と言えよう。そしてある種、この20年間秘匿されていた資料が世に出てしまうこと自体、「ゲームの歴史が変わってしまう」出来事なのかもしれない。

 SCEからの「あるプロジェクト」が発令されたことによる『ガンパレ』の全ての始まり、時代を先取りしたようなキャラシステムとシナリオが実現できた理由、『ガンパレ』になぜ独自開発のAI「カレルシステム」を搭載したのか……。

 そして、『ガンパレ』と「カレルシステム」の企画書から解き明かす、当時のアルファ・システムの最高機密「世界記述」システムとは? 令和にベールを脱ぐ、幻の「南の島ガンパレ」とはなんなのか? なぜ「ガンパレの後に続こうとしたゲーム」は、尽く『ガンパレ』にはなれなかったのか?

 芝村氏自身も「これはかなり出てはいけないもの寄りの資料」と認める数々の企画書が、いま20年の時を超えて登場する。『ガンパレ』ファンはもちろんのこと、あの時PSのゲームを遊び尽くしていたアナタにも、ぜひ最後まで読んでほしい。

 さらには、芝村氏がゲームデザインを務めた最新作『LOOP8』にも、これらの企画書が繋がっていく。特に、記事後半に登場する「カレルシステム」の企画書が直接『ガンパレ』から『LOOP8』に接続するシーンは、驚きなしには見られないだろう。おそらく読者の方も気になっている、「正直、『LOOP8』って『ガンパレ』からどのくらい進化したの?」ということが、かなり語られている。

 『ガンパレ』ファンの方も、ぜひこの記事を『LOOP8』を買うべきかどうかの参考としてほしい。

 2000年から2023年へ、平成から令和へ。過去から未来へ繋がるゲームの歴史と技術の進歩を、これから存分に味わっていただきたい。

聞き手/TAITAI・ジスマロック
文/ジスマロック
編集/実存


当時のSCEから下された「次世代RPG」企画とは。『ガンパレ』の全ての始まり

──さっそく企画書に……と言いたいところなんですが、まず『ガンパレ』がどういう企画で始まったのか・企画が立ち上がった背景などの、外側の部分からお聞かせいただければと思います。

芝村氏:
 『ガンパレ』の話をする前に、まず当時のRPGの話をしないといけません。

 まず、アルファ・システム【※1】はRPGを作って名を挙げた会社なんです。最初は格闘ゲームの移植などを行っていましたが、『イース(Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ)』や『リンダキューブ』などのタイトルを手掛けるうちに、徐々に「アルファと言えば、RPG」というイメージができあがっていきました。

 ところが、その「アルファと言えばRPG」に暗雲が立ちこめてきたのが、1995年頃の話です。なぜかというと、当時は「ゲームの開発費が高騰していた」からです。開発費は今でも多くのゲーム会社を苦しめているものですが、当時もゲームの価格自体が値上がりしていたり、開発規模の拡大に比例して開発費も増えていきました。

 しかも、当時はゲーム開発の人数を増やすための外注のシステムも作れていなかったため、ひとつのゲームを作り始めると、どうしても長い期間拘束されていました。

 そこで、私を含めたアルファのメンバーで「この調子でゲーム開発の予算が上がって行ったらどうなるのかを予想しよう」という未来予想図を作ってみたんです。その予想図が、もうロクでもない未来だったんですよ。

※1「アルファ・システム」
熊本市に本社を置くゲーム開発会社。『高機動幻想ガンパレード・マーチ』『俺の屍を越えてゆけ』『リンダキューブ』などが代表作。

──未来予想ですか。

芝村氏:
 私がアルファに入社した当時は、大体1本のゲームに対して3000万円くらいの開発費で制作していました。それが、スーパーファミコンぐらいの頃には瞬く間に6000万~7000万円くらいに跳ね上がり、PS1の頃にはもう1億円を超えていました。

 そして1億5000万~2億円辺りの数字が見えてくると、大きな会社でもちょっと払いにくくなってきます。しかも、ゲームには「当たりはずれ」があるので、明確に「このゲームにはこれくらいの利益が出ます」ということを断言できないんですよね。その分のリスクヘッジを考えると、開発費自体をそんなに回せなくなってきます。

 当時の開発会社は今よりも規模が小さく、体力もずっとありませんでした。だから、それだけ開発費が膨らんでしまうと、地銀や信用金庫に頼らざるを得ません。「土地を担保に入れて開発費を確保していた」なんてエピソードも聞いた覚えがあります。

 そんな時代を「ヤバい」と感じていたのはアルファだけではなく、当時のソニーコンピュータエンタテインメント(以下、「SCE」:現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)の人たちも危機感を覚えていました。その当時のSCEに『ガンパレ』の善行のモデルになった人がいました。

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芝村氏:
 その人も、「この調子で開発規模と予算が膨れ上がっていくと、RPGは年に4~5本しか作れなくなる。どんな大きな会社でも、そんな時代になってしまう」と苦悩していました。

 その問題に対処するべく、その人の頭の中には「予算のかからない次世代のRPGを模索できないか」という考えがあったそうです。要は、大掛かりな「ネクストRPGプロジェクト」みたいなものがありました。

 「既存のゲーム開発やRPGに対して、どうにか予算を低減させることができないか」という当時のゲーム開発の問題に対して動き出した次世代RPGの企画こそが、『ガンパレ』の企画の立ち上がりです。

──予算をかけてじゃんじゃん作るのではなく、いかに予算をかけずに次世代のRPGを作るか……というところから始まっていたんですね。

芝村氏:
 確か「PS2用ソフトの開発を始めるかどうか」くらいの時期だったことも含めて、「このままだと近いうちにゲーム開発は破綻するんじゃないか?」という危機感があったのだと思います。

 当時のゲーム業界には「RPGはどこも1社だけでは開発できなくなるんじゃないか?」「作れたとしてスクウェアかエニックスだけじゃない?」といった空気感があったんです。

 そして結論から言うと、この「予算のかからない次世代RPG」の試みは失敗だったと思います。もちろん「ゲームの発展」という歴史的側面から考えれば、非常に影響力の強い企画でした。ですが、実際のところ「次世代RPGを作るための新しい技術を開発すること」そのものに時間とお金がかかってしまったんです。

 なので、その企画単体はそこまで成功したプロジェクトではないんですが、その中から『ガンパレ』が生まれてきた……という事実があります。

──なるほど。その企画から「予算をかけずに作り込む=自動生成される物語や展開」としての「カレルシステム」や『ガンパレ』が立ち上がっているということでしょうか?

芝村氏:
 大体そうですね。

 ただ、カレルシステムの前に、アルファ内で「ある実験」が行われていました。そもそも、アルファ・システムは「技術の会社」です。それは今でも変わっていないと思います。なので、企画が立ち上がったゲームをすぐ形にしてリリースするのではなく、とりあえず基礎研究をするところから始めていました。

 そして、当時のアルファの企画部の人たちをほぼ全員集めて、「そもそもなぜゲーム開発の予算が高くなっているのか」ということを研究しました。その研究が最終的に『ガンパレ』に行き着くんですが……もう少し、それに至るまでの経緯を話しましょう。

 まず、最初の段階で「ゲーム開発において最も予算がかかるのは、“データ部分”である」という結果が出ました。当時のRPGは1本につき大体18ヶ月くらいで開発をしていたんですが、その内の7ヶ月から8ヶ月の間でプログラムを作っていました。もちろん並行する作業などもありますが、そのプログラミング以外の時間のほとんどがデータ作成に追われているんですよね。

 シナリオ、グラフィック、演出、敵のステータス……そういった「データ作成」に、とにかく時間がかかっていました。特に、戦闘バランスは本当に最後のギリギリまで調整を続けていることが多かったです。そして、「このデータ作成の部分を圧縮した上で、プログラム本位でRPGを作ることができれば、ゲームの開発費は低減できるのではないか」という結論がアルファ内で出ました。

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芝村氏:
 そして、その開発形態を実現するゲームシステムを模索していきました。

 プログラムを重視するRPG……つまり、今で言うところの「エンジニアを大量に動員するようなゲームシステム」を作る必要が出てきました。

 ただ、他の会社は「予算のかからない次世代RPG」を作るために別のアプローチをしていました。そんな中、なぜアルファがこの「プログラム重視」の結論に達したのかというと、当時の社長が元々プログラマーだったために、社内でもプログラマーが優遇されていたからです。

 そもそもプログラマーの数も多ければ、質も高い。アルファの強みはプログラムと言っても過言ではありませんでした。

 そういった「エンジニアやプログラムの強みを全面的に押し出したゲームが欲しい」というアルファの社内事情と、基礎研究から導き出された「データ作成に時間のかからないプログラム重視のゲーム」のふたつの案が合体した上で、「今のRPGにできないことをやっちゃおうぜ」と意気込んで企画されたのが『ガンパレ』になります。

──ある種当時の潮流だった「グラフィックのリッチなRPG」ではなく、ちょっと違う方向で作り上げていったんですね。

芝村氏:
 そうですね。最初の発注段階で「リッチじゃない=予算のかからないものを作って」と言われたはいいものの、他のRPGと比較して質が悪いものを作るわけにもいきませんでした。

 そこで、「敵の数を減らして、その分グラフィックの質を高めるのはどうだろう?」という案が出て、なんとか頑張った結果として『ガンパレ』が生まれてきているんです。ゲーム内の敵の種類が少ないのはそのためです。

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──すごく今さらな確認になるのですが、『ガンパレ』は芝村さんがディレクターという形だったのでしょうか? それとも、ディレクターは他にいて、芝村さんはプランニングなどを中心にやっていたのでしょうか?

芝村氏:
 私はプランニングやシナリオを担当していました。

 一応、SCEから派遣されていた方がディレクターのような業務を担当していたこともあるのですが、基本的にSCEの方は東京に勤務されていたので、いつも熊本にいたわけではありませんでした。そこで、「実質的なアルファの社内ディレクターを立てよう」という話が出た時に、私が社内ディレクターを担当していました。

 プロデューサーもSCEの方が担当してくれたりしたのですが……やはりSCEの方は「このゲームを売るにはどうしたらいいのか」という点ですごく悩んでいました。『ガンパレ』は良くも悪くも田舎のゲーム会社が作った芋くさいゲームだったので、究極的には「売るにはどうしたらいいのか」をSCEの方に考えてもらいました。売れなきゃしょうがないですからね。

 そしたら突然SCEの方が「宣伝のために声優を入れましょう」と言い出して、こちらは「えっ!? このゲームのどこに声優入れるところがあるの!?」と……(笑)。

一同:
 (笑)。

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いろいろな事情で2周目から声優のボイスが出ることでもお馴染みの『ガンパレ』。

芝村氏:
 そういう意味だと、「田舎のイノシシ武者が頑張って作ったものを中央(SCE)の人が引き上げてくれて、何とかものになった」というのが、今作の最も冷静な論評になるんじゃないですかね(笑)。

──『ガンパレ』は売れ筋一直線というよりかは、コアな部分はすごく無骨な感じのあるゲームだったと思います。

芝村氏:
 「これまでのRPGのストーリーラインから外してほしい」といった要望もあったので、あえて普通なところを外していきました。流石に自分でも「本当にこれでいいのか……?」と思っていた節もあります(笑)。

 ただ、その『ガンパレ』のシナリオの面白さを一般のお客様に伝えることにすごく苦戦して、開発が遅延したりしました。いやぁ……その説は本当にSCEさんに足を向けて寝られないぐらい、お世話になりました。ホントすいません!

──当初の予定からすると、どのくらい開発期間は伸びたものなのでしょうか?

芝村氏:
 3年くらいですね。
 PS1の後期ぐらいに出る予定だったものが、結果的にPS1の最末期に発売されています。

──3年ですか!

芝村氏:
 「元々の開発期間1年+延期した分の3年」で、実際には4年くらいですね。その前の企画準備段階も含めると、もうすごいことに……。

 結局出たのはPS1の最後も最後、2000年になってからです。

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「カレルシステム」の始まり。『ガンパレ』の自動生成的システムが実現できた理由

──『ガンパレ』の自動生成的だったり、箱庭的な世界観のゲームは、芝村さんの中で元々構想があったものなのでしょうか? それとも、当時のSCEからのお題に対して作り上げていったのでしょうか?

芝村氏:

 『ガンパレ』のシステム周りに関しては、元々私がAIに関する研究をやっていたのが大きいと思います。とはいえ、今に比べると大昔のAIです。当時はAIの学会にも入っていましたし、ある程度はAIの最新技術を把握していました。

 そしてもうひとつ、当時は大学の卒論のために「LISP(リスプ)」【※2】と呼ばれるプログラミング言語を頑張って書いていました。この「AI技術」と「卒論で書いたプログラミング」を組み合わせて利用すれば、なんとか新しいゲームを生み出せるんじゃないか、と考えていました。

 このアイデアであれば「アルファの強みであるプログラマーを大量に使う」「予算のかからない次世代RPG」のふたつをクリアできる見込みがあったので、そのまま企画書を提出して通った……という流れです。

 ただ、突然無から『ガンパレ』の企画が出てきたわけではありません。「ガンパレになれなかった企画」も複数ありましたし、その中からひとつ選んでもらったのがこうして世に出た『ガンパレ』です。没になったものだと、「パスワードを使ったゲームを作る」といった案もありました。

※2「LISP(リスプ)」
前置記法などが特徴のプログラミング言語。1958年にはじめて設計された。

──没になった企画をもう少し具体的にお聞きしたいです。

芝村氏:
 当時は『ガンパレ』も含めて、4つ~5つほどの企画がありました。そのうちひとつは言語生成系のプログラムを使ったもので、「こちらが日本語を入力すると、向こうが日本語っぽい言葉を返してくれる」といったAIを利用したゲームです。これは現在のChatGPTなどにも繋がっている、マルコフ過程【※3】を使用したものです。

 しばらくこの企画を実験していたんですが、「言語系のAIでまともな応答をできるようにするには大量のデータが必要になる」ということがネックでした。ただ、私はこの企画を諦めきれずに『新世紀エヴァンゲリオン2』(以下、『エヴァ2』【※4】を開発する時にもいろいろ試してみたんですが……これまた失敗でした。

 その過程で、基本的に言語生成プログラムでの応答や会話を可能にするには数十億の言語データがないとマトモな会話が成立しないことがわかりました。今でこそChatGPTなどが普及していますが、当時では全く手の出ない領域でしたね。

 そういったAIによる生成を使った企画は、先ほどの「パスワードを使ったゲーム」も含めて3~4種類ほど実験していました。ただ、これらのAIの生成を利用したゲームは、「どうしても乱数に頼ってしまうので、ヤバい出力結果が出るとどうしようもない」という最大の問題を抱えていました。

 当時は「YES」と「NO」の判断を人間が押して、その判断に合わせた絵を生成していくようなプログラムを作ったりしたんですが……極端な話、このプログラムはものすごく卑猥な絵が出力されてしまう可能性があるんです。

 他にも、どう見ても有名人に見えるような絵が生成されてしまったり……そういった著作権侵害の可能性も含めて、品質管理部から「責任が持てない」という判断が下され、お蔵入りになってしまいました。

※3「マルコフ性とマルコフ過程」
確率論における確率過程を持つ特性の一種。現在の状態のみに依存し、過去の状態推移には無関係に決まる性質を「マルコフ性」と言う。そしてこのマルコフ性を持つ確率過程を「マルコフ過程」と言う。つまり、「過去の結果とは関係なく、現在の状態のみで今後の確率を決定する」もの。

※4「新世紀エヴァンゲリオン2」
アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』を原作としたシミュレーションゲーム。芝村氏が開発に加わっている。『ガンパレ』に近い設計と言われている。

芝村氏:
 それらの没になったAIが候補から外れていき、最終的に残ったのが「群体型AI」……つまり、『ガンパレ』に搭載されている「カレル2」というわけです。その前には同じ群体型AIの「カレル1」もあったのですが、「カレル1」は実際には商品化されておらず、私のPC上だけで動いていたものでした。

 そして「カレル2」を組み込んでみた『ガンパレ』がさまざまな問題をクリアした上で、実際にゲームとして楽しい仕上がりになっていたので、開発にこぎつけた……という背景になります。

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──芝村さんがそういう研究をしていたのって、『ガンパレ』の発売から遡るとすれば1995年~2000年頃の話ですよね?そんなAIを使ったゲームを模索している人って、当時は他にいたものなのでしょうか……?

芝村氏:
 はい。ちょうど1995年頃だったと思います。

 ゲーム業界にはほとんどいなかったかもしれませんが、コンピューターサイエンスに携わっていた人たちの中で、そういったAIの研究をしている人はたくさんいたと思います。当時のAIは、人型ロボットと同じくらい「夢が広がるもの」だったんです。

 今のAIとはレベルが違うにせよ、当時からAIを専門にした学部に入っているような人もいたと思います。

──そこの研究がゲームに繋がっていく過程が、ちょっとまだ私の中ではイメージが湧いていないというか……そもそもの「群体型AI」とはなんなのでしょう?

芝村氏:
 単純に言えば、「群体型AI」は「人間はそんなに頭が良くないだろう」という推論と過程の元から作られているAIです。

 具体的には、「アリ」をモデルにしています。アリやハチが含まれている「ハチ目」というグループは、基本的に女王制を敷いている生き物です。女王がいて、配下がいる。これを「真社会性」【※5】という言葉で表わしたりします。

 ただ、アリって……人間に比べたらものすごく脳の容量が小さそうじゃないですか。でも、王制を敷き、組織を持っています。つまり、「社会分化」【※6】しているんです。餌を与える係、死体を捨てる係、巣を作る係……そういったグループや役割にわけられています。

 そして、アリの一部には「奴隷制」もあったりします。他のアリを捕まえてきたり、アブラムシの一部を家畜にしたり……。こういった社会や役割を、アリはあの小さい脳みそから作り出しています。

 つまりこれって、人間が紀元前くらいまで作り出していた文明や文化とほとんど同じなんです。この「アリと人間が作っている文明は同じなのではないか」という考えが、群体型AIの基礎になっています。

※5「真社会性」
動物の示す社会性のうち、高度に分化が進んだもの。ハチやアリなどの社会性昆虫に見られる。

※6「社会分化」
社会の構造が、単純で同質的な状態から、複雑で異質的な状態へと変化すること。たとえば、ひとつの社会の中で種族や村落などの新たな集団が発生したり、新たな上下関係が発生したりすることを指す。

芝村氏:
 要は、「人間をプログラムで再現するのは難しいけれど、アリの脳みそくらいなら再現できるんじゃないか?」という考えから生まれたのが、「カレル1」です。ただ、カレル1では中世くらいの社会しか再現できませんでした。

 そして、「もっと現代寄りで、学園生活くらいの社会を再現したい」という考えから作り出されたのが、実際に『ガンパレ』に搭載された「カレル2」です。

 カレル1からカレル2へのステップアップとして考えられたのが、「アリと現代人の最大の違い」です。それはつまり、「時計」です。現代の人間は、学校に行く時間を確認したり、ご飯を食べる時間を確認したりしますよね。そんな「時計」をプログラムとして導入したのが、カレル1からカレル2で明確に発展した部分です。

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芝村氏:
 このカレルシステムの考案により、ゲームの中に社会が作れるようになりました。ただ、完全に自由な社会を作ることは難しかったですし、その上での「中世以前の部族制や部長制の社会であれば再現できる」という結論も含め、アリをモデルにした「群体型」になりました。

 そして、この群体型AIにゲーム性を付与するタイミングになった時、役に立ったのは「アルファのRPGの研究データとノウハウ」でした。当時のアルファは研究の末、「RPGとは、突き詰めると“成長”である。“変化”である」という答えに達していたんです。つまり、「ストーリーが変化し、キャラクターが成長するものこそRPGである」という結論が出ていました。

 そしてこの「RPGの成長と変化の要素をカレル2に取り込む」ということが、群体型AIへのゲーム性の付与になったわけです。

──なるほど……。

芝村氏:
 ただ、当時は別の研究で「レベル制はRPGにとって悪なんじゃないのか」という結論も出ていたんです。理由は非常に簡単で、「レベル帯によって敵が変わっていくのはプレイヤーにとっては楽しいけど、データとしてはただの使い捨てになる」ということです。

 プログラミングの側面から見て、「データの再利用性に関してはよろしくないシステムだから、レベル制はやめよう」という考えです。つまり、「最初から最後まで同じ敵で、変わらず楽しく遊べるゲームデザイン」を作ろうと考えていました。

 そして、これらの方向性がある程度固まり、『ガンパレ』の開発が本格的にスタートしました。ここからの開発で最も苦戦したのは、「シナリオ」です。「キャラクターの変化と成長を描く」「AIにストーリーを語らせる」という2軸をシステムマッチングさせるのが本当に大変でした。

 しかも、カレル2の時点では「どうすればAIでストーリーが表現できるのか」ということがよくわかっていませんでした。何度も大失敗を重ねながら、行き当たりばったりでなんとか完成したのが『ガンパレ』でもあります。

『ガンパレ』のキャラとストーリーはどう生み出されたのか。「RPGの枷」との戦い

──『ガンパレ』について多くの方が気になっているのが、「あの自動生成されるようなシステムで、どうストーリーを感じられるようにしたのか。どうキャラを感じられるようにしたのか」ということだと思います。その設計方法や、どう作ればあの感覚を覚えられるのかをお聞きしたいです。

芝村氏:
 最終的な結論から言うと、それは数学的に解決しました。

──それは……どういった意味でしょう?

芝村氏:
 『ガンパレ』のストーリーを作る際、最大のネックになったのは「実際にプレイする人間の動きが読めない」ということでした。

 たとえば、「芝村舞」というキャラを配置して、プレイヤーが芝村舞を好きになったとします。そしてプレイヤーは芝村舞が好きすぎて、他のNPCとは一切会話をしなくなります。

 その結果として、「ストーリーの進行フラグを複数のNPCに渡す」という普通のRPGのフラグ設計では、ストーリーが進行しなくなります。このNPCと会話をするとヒントが聞けて、次の関門が出てきて……そういった普通のRPGのフラグ設計が『ガンパレ』では許されませんでした。

 そしてもうひとつ、カレルタイプのゲームにした結果として、プレイヤーが全くと言っていいほど「おつかい」をしなくなったんです。テストプレイの際も、なぜか大半のプレイヤーがNPCからお願いされる「このアイテムを届けてほしい」といったような「おつかい」を無視していたんです。

 正直、当時は「なんで普通のRPGではあんなにおつかいばっかりやってたのに、ゲームシステムが変わったらお前らやらなくなるわけ?」とか思ってたんですが……(笑)。

一同:
 (笑)。

芝村氏:
 そこで気がついたのは、「人間は、人間自身が思っているより見えないルールに縛られて生きている」ということです。我々が気にしていないだけで、日本には法律にはなっていないルールがすごくあるはずなんです。

 これはゲームも同じで、「RPGだからプレイヤーが理解してくれるお約束」が山ほどあります。そしてゲームの見た目が変わったり、形が変わったりすると、その「RPGの枷」がなくなってしまいます。

 プレイヤーは俗に言われる「RPGのお約束」を『ガンパレ』では一切やらなくなってしまうことが、ひとつの傾向として判明しました。一度「RPGの枷」を外してしまうと、人間は途端に動きが変わるのです。

 つまり、最初に話した「次世代のRPGを作る」という考えが、そもそもの失敗だったんです。これまでのRPGに慣れている人に「次世代のRPG」を出しても、まず理解が得られません。RPGプレイヤーがやるとしても、その「RPGの枷」を外してくれる人が遊ぶことを前提にしてゲームを再デザインする必要があることに気づくまで、1年ぐらいかかりました。

 そこで、その「気付き」を得るために、数学的な解決方法を取りました。

 具体的には、「このゲームを遊んだプレイヤーが、どんな行動をするのか?」という統計データをテストプレイで徹底的に取りました。そして、統計的に多くのプレイヤーが「特定のキャラと仲良くする」というプレイスタイルだったため、そのモデルに合わせたストーリーデザインを設計したのです。

 基本的に人間って…いきなり20人くらいのキャラクターが用意されたところで、最初から全員と仲良くしたりはしないんです。何人かの好きなキャラと行けるところまで行ったあとに、ようやく他のキャラに浮気したりします。

 統計的に極端な視野でプレイする人が多かったというか……いろいろなキャラとちょっとずつ仲良くなるようなタイプのプレイヤーはすごく少なくて、どちらかというと「ひとりのキャラと仲良くなり始めたら、そのキャラと限界まで仲良くする」タイプの人が多かったんです。

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芝村氏:
 その統計が出た以上、先ほど話した「通常のRPGでのフラグ設計」は悪手だということがわかりました。あのフラグ管理の場合、『ガンパレ』はすごくストレスの溜まるゲームになります。そして、最終的に『ガンパレ』はそのフラグ管理を抜いたストーリーラインを作成しました。

 極端な話をすると、「芝村舞と話をしているだけで、ゲームが終わってしまう」ことを是とするゲームデザインにしなければいけませんでした。それが成立するように、シナリオをデザインしていきましたね。

 ただ、この手法は……とにかく「ガンパレ処女」を探す旅に出なければなりませんでした。『ガンパレ』を遊んだことがない人でなければ、このデータは取れません。できれば1000人単位でデータを取りたかったんですが、実際には1000人も用意できませんでした。

 後の『絢爛舞踏祭』【※7】になると、コンピューターにテストプレイをさせていくらでもデータを取ることができたのですが、『ガンパレ』の開発当時はそれができませんでした。なので、人力でプレイヤーの傾向をなんとか割り出しました。その結果として、『ガンパレ』のストーリーやキャラを作り上げることができたんですね。

※7『絢爛舞踏祭』
SCEより2005年に発売されたシミュレーションゲーム。芝村氏がゲームデザインを務めており、『ガンパレ』のシステム的続編と言われている。アルファ・システムの「無名世界観」に基づいた設定を持ち、『ガンパレ』などから一部キャラが続投されている。

──なるほど。ようやく合点が行きました。ちなみに、その「プレイヤーのデータを取る」という作業はどのように進められたのでしょう?当時は、デバッグをしてくれる会社に丸投げするようなことができる時代ではなかったと思います。

芝村氏:
 主にアルファの社員でデータを取っていました。
 だから……事務のお姉さんとかにも遊んでもらいました(笑)。

一同:
 (笑)。

芝村氏:
 その中でも一番やり込んでいたのが、当時の佐々木社長(現在はアルファ・システム取締役会長)ですね。佐々木さんは腱鞘炎になるまで『ガンパレ』をやり尽くしていました。

 「社長すげえ!俺よりやってない?」と思うくらいでした(笑)。

──すごいですね(笑)。そのテストプレイの段階では、『ガンパレ』はどのくらい完成されていたものなのでしょう? ほぼ骨組み状態だったりしたのでしょうか?

芝村氏:
 グラフィックなどはもう全て完成していました。
 ストーリーデザインの部分が、やはり最後まで尾を引きましたね……。

 だから、あのデータを取った時に、当時の「海外の人が日本のRPGを遊んだら、よくわからなかった」という現象の理屈がおぼろげに理解できました。もちろん海外で「海外でJRPGは日本国内ほど親しまれていない」というデータ自体は出ていたんですが、それに対する理論的な裏付けがなかったんです。

 その理由に、『ガンパレ』を制作する中でようやく気付きました。この堀井雄二さんたちが作り上げた土台の上に建て増しされていった「見えないRPGのお約束」……ある種の「JRPG文化」というものは、本当に日本にしか広がっていなかった。そこに気がつくまで時間がかかったことになります。

──逆に、今だとJRPGは海外でもウケつつありますよね。

芝村氏:
 実のところ、「JRPGに飽きた」と言っているのは日本人だけで、海外の人はそうでもなかったりしますよね。「海外が全くJRPGの影響を受けなかったのか」というとそんなことはないです。たとえば『クロノ・トリガー』なんかは海外でもすごく人気がありますしね。

 そういう意味だと……当時はいろいろなことが「極論すぎた」のだと思います。「情報」というものはそこまでハッキリ白と黒に分かれるわけがなくて、海外にも「クロノ・トリガー最高!」「FF大好き!」と言っている人はもちろんたくさんいらっしゃいます。その情報を十把一絡げに評価することはできないんですよね。

 今では「このジャンルにはこういう層があり、これぐらいの数字が見込めます」という正確なマーケティングとリサーチを行えますが、『ガンパレ』当時のゲーム業界は、そういったマーケティングはあまりできていなかったと思います。

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編集長
電ファミニコゲーマー編集長、およびニコニコニュース編集長。 元々は、ゲーム情報サイト「4Gamer.net」の副編集長として、ゲーム業界を中心にした記事の執筆や、同サイトの設計、企画立案などサイトの運営全般に携わる。4Gamer時代は、対談企画「ゲーマーはもっと経営者を目指すべき!」などの人気コーナーを担当。本サイトの方でも、主に「ゲームの企画書」など、いわゆる読み物系やインタビューものを担当している。
Twitter:@TAITAI999
ライター
転生したらスポンジだった件
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デスク
電ファミニコゲーマーのデスク。主に企画記事を担当。 ローグライクやシミュレーションなど中毒性のあるゲーム、世界観の濃いゲームが好き。特に『風来のシレン2』と『Civlization IV』には1000時間超を費やしました。最も影響を受けたゲームは『夜明けの口笛吹き』。
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