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ハイパーネットの失敗は夏野剛さんに何をもたらしたか?――板倉雄一郎著『社長失格』を読んで

 1990年代後半にかけてのITベンチャー企業ハイパーネットの躍進と崩壊を、板倉雄一郎社長自らが記した『社長失格』。資金繰りや組織運営の苦悩が生々しく描かれていて、当時のベストセラーとなった理由がよく分かった。

 ハイパーネットが扱っていたのは、インターネットに接続した時、メインのブラウザとは別に小さいブラウザを開き、その画面に企業の広告を表示させることで、ユーザーの接続料を無料にしようという“ハイパーシステム”。本書では、ネット広告市場の拡大スピードを見誤ったこと、組織運営がうまくいかなかったことなどが失敗の原因として挙げられている。

 しかし、ハイパーネットが倒産した1997年の4年後、インターキュー(現GMOインターネット)がハイパーシステムを買い取ったときにもうまくいかず、現在でも類似の試みがうまくいってなさそうなところをみると、どこかで方針転換しなければならない事業だったのではないか、という思いは強い。

 →「ハイパーシステム」復活か? インターキューがISP向けに広告配信システム提供へ

 セミナー屋などとして長い浪人生活の末に、2012年に立ち上げたボイスリンクの失敗などを見ていると、組織運営についての手腕にも疑問符が残る。

 →VoiceLink(ボイスリンク)は世界に衝撃をあたえるのか?

 →『社長失格』の板倉雄一郎氏、社名をSynergy Driveに改め新サービスVoicelink発表

 それにしても本書の面白いところは、今のネット業界に関わる大物が登場人物として出てくること。ハイパーネット副社長として海外進出に奮闘するのが現ドワンゴ取締役の夏野剛さん。メインバンクの住友銀行の担当となるのが現楽天副社長の國重惇史さん。ソフトバンクの孫正義社長やマイクロソフトのビル・ゲイツさんまで、ハイパーシステムの買収に関して登場。後にハイパーシステムを買い取るGMOインターネットの熊谷正寿社長も板倉氏の友人として顔を見せる。

 単なる一企業の興亡という話ではなく、ネット業界草創期の熱いエネルギーのようなものを感じられて、ワクワクしながら読み進めてしまった。後半は資金繰りや組織運営に苦しむことばかりが描かれていて、ミクシィも近い将来こんな感じになるのかなあと感じたりもした。

 登場人物の1人である夏野さんは、ツイートを見ると、あまり思い出したくない記憶であるよう。1997年2月から役員報酬が払えなくなっていたため、「10月末で家賃が滞納となってしまう」と訴えたという夏野さんの姿は今の状況からは想像できない。

  夏野さんは副主人公格でありながら、仕事はできるが、社内クーデター未遂事件を意図的に見過ごしたなど、あまり良くは書かれていない。ただ、『社長失格』であまりよく書かれなかったことが、その後、エヌ・ティ・ティ・ドコモでiモードを起ち上げ、発展させるために頑張る原動力の1つにもなったのではないかと思う。

  あいつに負けたくない、差別された……などなど、上に行く人は必ず何かのストーリーを抱えているように思う。夏野さんも『社長失格』で物語の登場人物となり、しかもヒール役のようになったことで、何とか挽回したいという思いも生まれたのではないだろうか。もし機会があれば、聞いてみたいところです。