研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

社会福祉法人の内部留保論争メモ(鈴木亘氏VS菊地雅洋氏):新たな情報があれば常時追加予定

出た!特別養護老人ホームの内部留保は「2兆円」!(学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学))
http://blogs.yahoo.co.jp/kqsmr859/35789142.html

内部留保批判に老施協はなぜ反論しない? (masaの介護福祉情報裏板)
http://blog.livedoor.jp/masahero3/archives/51845435.html

経済学的には、内部留保の溜め込みが社会福祉法人のレントシーキング行動であり、そこからレント(超過利益)を得ているという仮説を立てるなら、なぜ経営者報酬や役員報酬でなく、内部留保という形でもレントが発生するのかという部分についての仮説や検証が必要となる

(追記:ここはやや書き方が不用意だったので補足。社会福祉法人は利益を経営者報酬や役員報酬にフリーに回せるわけではないので*1、社会福祉法人が(経済学的な意味で)レントを得ており、それが内部留保という形で顕在化していると主張するならば、そのインセンティブについての仮説や検証が必要、ということ。内部留保が経営者の私的な便益に繋がる経路というのはどういうものがありうるのだろうか)。

鈴木氏の記事は、厚生労働省や社会福祉法人批判への熱意は伝わる一方で、経済学的観点からすると、なぜレントシーキングによる超過利益が、経営者報酬や役員報酬でなく、内部留保という経営者の効用UPに直接繋がらない所でも発生し得るのか、についての事実解明的分析がないのが残念である。

(もちろん、内部留保から横流しで経営者ウマーというレントシーキング仮説もあり得るので、それならば別途その検証が必要となる)*2

一方、菊地氏(masa氏)の記事は、社会福祉法人が内部留保を必要とするのは、現在の環境制約下での組織存続のためのインセンティブに当たり前に反応した結果であると主張し、鈴木氏の(暗黙の)レントシーキング仮説に激しく異を唱えている。

ただし、菊地氏(masa氏)が「論理矛盾」と鈴木氏を批判している部分は、実態はともかく形式的には論理矛盾ではない。鈴木氏は「1.(全額)借金⇒2.介護報酬で返済」だから内部留保ためないでよい、といっているのに対し、菊地氏は借金しないことを前提に議論をしているように読める。(追記:コメント欄のmasa氏の補足も参照のこと)

いずれにせよ、一部このような行き違い・すれ違いはあるにせよ、菊地氏は「なぜ社会福祉法人が内部留保をためるのか」についての組織のインセンティブを、施設経営者として詳細に説明している。

鈴木氏の記事に内部留保溜め込みインセンティブについての具体的な分析がないのはなぜか。そしてこのようなインセンティブメカニズムについての分析がないにも拘わらず、内部留保への課税を提案していることを経済学的にどう理解したらよいのか。当該記事だけではよくわからなかった。

鈴木氏は応用計量経済学的分析を専門とする社会保障研究者であり、これまでも自らの実証分析結果を根拠に非専門家向けに発言することが多かった。そこで何かの実証研究に基づいているのかもしれないと思って探してみたが、社会福祉法人の内部留保溜め込みインセンティブに関する論文は見当たらなかった。もちろんこれは分析に使えるデータがなかったからであって、鈴木氏の落ち度ではない。(もしあったら教えてください)

もし最初から詳細なデータが誰にでも入手可能であれば、もっと建設的な議論が最初から出来ていたのではないか、と思うととても残念である。

いずれにせよ、「なぜ社会福祉法人は内部留保を溜めるのか」という問いは、組織行動のインセンティブの理論的・実証的解明という経済学の本丸部分に当たるものである。この際、内部留保の是非という規範的・政策的問題は一度脇において、この事実解明的な部分について、インセンティブ解明のプロである経済学者の鈴木氏が再検討なり再批判してくれることを期待している。

もちろん、データが圧倒的に不足している中で、実証分析レベルでの議論を期待することは当面できないのかもしれない。しかし、「社会福祉法人が内部留保を溜めるのは非効率的なレントシーキングなのか、それとも単なる経営判断なのか、それともその間のグレーゾーンなのか」というレベルの定性的議論ならば十分に可能なように思われるし、そういう議論は(私も含む)後学のためになる。

続報を待とう。

ネタになっている資料はこちらから:

第87回社会保障審議会介護給付費分科会資料 平成23年12月5日
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001xc5b.html

いくつか関連記事(いずれも鈴木氏に批判的な立場のもの。賛成論も説得的なものを募集中):

「学習院大学教授・鈴木亘の特別養護老人ホームの内部留保批判について」
http://d.hatena.ne.jp/i-haruka/20111211/1323606562
「「不可解」なものへの批判は危うい」
http://d.hatena.ne.jp/lessor/20111209
「老人ホームが内部留保2兆円!」問題のまとめ
http://d.hatena.ne.jp/lessor/20111213/1323797527

追記:
元ネタらしい松山幸弘氏(キャノングローバル戦略研究所)の関連文章はこちら。

社会福祉法人が復興貢献を(『あらたにす』新聞案内人 2011年5月25日号に掲載)
http://www.canon-igs.org/column/macroeconomics/20110526_897.html

黒字ため込む社会福祉法人(−復興事業への拠出 議論を−日本経済新聞「経済教室」2011年7月7日掲載)
http://www.canon-igs.org/column/macroeconomics/20110708_949.html

社会福祉法人の社会貢献事業制度化を(『あらたにす』新聞案内人 2012年1月27日号に掲載)
http://www.canon-igs.org/column/macroeconomics/20120131_1250.html

租税研究者の森信茂樹 (中央大学法科大学院教授)もこの問題に言及
http://diamond.jp/articles/-/16302?page=2

社会福祉法人の問題を、キヤノングローバル戦略研究所の松山幸弘研究主幹の指摘から始めたい。

 社会福祉法人のうち特に補助金の恩恵を受けている施設経営法人約1万6000について、松山氏が財務データを推計した結果によると、「施設を経営する社会福祉法人全体では黒字額が4451億円(収入に対し5.9%)、純資産が12兆8534億円(総資産に対し79.4%)となった。トヨタ自動車(11年3月期の連結最終利益4081億円=2.1%、自己資本10兆3323億円=34.7%)を上回る水準だ。」(2011年7月7日付日本経済新聞・経済教室)

 社会福祉法人は、制度上配当という形で内部留保を外部に流出させることが制限されている。それにしても、補助金を受け取りながら莫大な内部留保をため込んでいるという事実は、前述した優遇税率・税制と無関係ではなかろう。

*1:「社会福祉事業及び社会福祉法人について(参考資料)」http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/02/s0217-7b.html

*2:追記:介護分野での経済学論文もある知り合いと議論していて、他にも、内部留保を積み上げて「過度な」安定経営をしてしまう何らかのインセンティブ(の欠如)があるのではないか、賃金引き上げに回すことができない(回すことをしない)何らかの労働市場上の要因があるのではないか、という指摘もあった。その場合は、「何らかの」が何なのか、ということだろう。それについてもいくらか議論したけど、ここに載せるほどちゃんと調べたり整理したわけではない。