研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

介護保険財政の「限界」

介護保険「限界」 市区町村の半数「国や県が運営を」(朝日新聞)
http://www.asahi.com/health/news/TKY201004200512.html

市区町村が運営している介護保険について、首長の約半数が「都道府県や国が運営するべきだ」と考えていることが、朝日新聞の全国自治体アンケートでわかった。財政難などを理由に「限界だ」との声が多かった。介護保険制度は2012年度見直しが予定されており、今後、財源問題も含めて運営のあり方の議論が本格化する。

 調査では、市区町村長の48%が運営主体を「都道府県や国にするべきだ」と回答。町村長に限ると、過半数の54%に上った。

 「このままでは地方の自治体は負担増に耐えられない」(岩手県の町長)、「介護も国民健康保険と同様に、自治体による運営は困難になると思う」(宮城県の市長)など、財政難が主な理由だ。

(中略)

 運営の広域化を求める理由として、「自治体によって保険料額や利用できる施設の数が異なるのはおかしい」(北海道の市長)という声も多かった。「隣の自治体と差がある理由を、住民に説明しづらい」という意見もあった。

 65歳以上が払う保険料は、09年度は最高月5770円(青森県十和田市)から最低の2265円(岐阜県七宗(ひちそう)町など)まで開きがある。

 特別養護老人ホームに入りたくても入れずに待機する人が全国に約42万人おり、国は09年度、施設の建設費を補助する交付金を設けた。

 しかし、今回の調査では、交付金を利用し、従来の整備計画(計12万人分)よりも上積みして施設を整備すると答えた自治体は21%。それ以外の自治体の大半は交付金を利用しない考えを示した。「施設が増えるとその後の費用がかさむ」ことが主な理由だ。国は11年度までに計4万人分の上積みを目指しているが、目標通りには進まない可能性がある。

 調査は、3月上旬に全国の1778市区町村(2月末現在)の首長と担当者に質問用紙を郵送。首長分は1171人(回収率66%)、担当者分は1224自治体(回収率69%)から回答を得た。

 00年に導入された介護保険は原則、市区町村が単独で運営し、複数の自治体で運営するところもある。サービスを充実させる一方で保険料も高くするのか、逆にサービスも保険料も抑えるのかなど、各自治体の判断が問われ、「地方分権の試金石」とも言われてきた。

介護保険は自治体の介護サービス給付水準と65歳以上の高齢者の介護保険料水準をダイレクトにリンクさせるという制度(部分的なpay-as-you-go)となっているため、高齢者の介護保険料の水準が政治的「限界」に達すれば、そこで介護給付水準も半自動的に「限界」に達してそれ以上のサービス給付が難しくなるというのは、当初から予想されたことだった。もちろん所得段階別の保険料水準を細かくする(ことによって保険料水準の累進性を高める)などの対策をとることはできるし、実際にそうしてきたが、それでも限界はある。

財政負担の大まかな形をこのままにこの問題をとりあえず解決するには、例えば公費負担割合を高める(ことによって高齢者の介護保険料負担を低める)ことによって高齢者の保険料水準を低くするという方法がある。ここの「公費負担」は現在は、市町村・都道府県・国の折半(くわしくはhttp://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/zaisei/sikumi_02.html)となっているが、例えば市町村が協調して住民税増税をして市町村の公費負担分を拡充することを提案することだって原理的には可能だ。

だが、そうすると当然、自治体間の税収格差などの問題も出てくるので、地方交付税などの財政調整制度の議論にも関わってきてしまうだろうから、そんなに簡単にはいかないだろう。一番単純なのは、国の負担割合をあげることだが、国の財政事情を考えるとそれも難しそう。(追記1:また下の記述と同様に、自治体のサービス給付規律が緩むという批判もあるだろう。追記2:下の読売の記事にあるように、国庫負担の引き上げは消費税増税とセットで議論がされるだろう。)

もう少し大きな改革として、アンケートで多くの首長がいっているように、保険者を都道府県にしてしまって、同一都道府県内の市町村格差を是正するということも考えられるし、それならどうせなら国でやればいいという議論にもなりうる。ただそうすると、今度は地域レベルでのサービス給付の規律が緩くなるという批判がでてくることだろう。(追記:ただこれは給付拡大が好ましいと考える人々(私もその1人)にとってはとりたてて大きな問題とは思われないだろうが)

正直、私自身もとくに妙案があるわけでもないのだが、介護保険制度自体の大幅な改編を避けたい(市町村レベルの保険者、現在の自治体レベルでの高齢者保険料の部分的pay-as-you-goの仕組みを維持し、全国一律の認定やサービス給付のあり方は維持したい)のならば、住民税増税による公費負担部分の増大で高齢者の保険料を抑えて、住民税増税の増収格差は地方交付税で手当て、という感じがいいのかもしれない。ただ住民税増税は今すぐには政治的・経済的に難しいかも。

(追記:もちろん他の地方税の増税という手段もあるし、前述したような国レベルでの消費税増税に乗っかるという手段もある。ちなみに本エントリでは(私が給付拡大志向ということもあって)とりあげないが、収入増ではなくて歳出削減という方向で対応するという意見は、例えば財務省が、軽度の要介護者に対する給付の制限や自己負担の引き上げを毎年のように提案している。)

長期的にどうすべきなのだろうか。私の記憶が確かならば、介護「保険」制度自体に批判的だった人々(例えば財政学者では神野氏や金子氏およびその弟子筋)は、北欧モデルに近い介護保障イメージを持っている。すなわち、高い水準の地方税と公平性の高い一般補助金(地方交付税)あるいは福祉一括補助金の組み合わせで自治体の財源を確保し、サービス給付のあり方は自治体に委ねて地域ニーズにあった介護サービスを、というモデルだ。

私見では、この北欧モデルを今の日本に適応するのは難しいと思う。第一に、自治体が確保できる財源レベルが日本と北欧ではおそらく全然違うし(日本には地方法人税や固定資産税や交付税や各種補助金があるので単純比較はできないが、個人の所得課税だけをみると、日本の地方住民税は10%の比例税、スウェーデンの住民税(比例税)の平均税率は約30%である)、第二に、日本の自治体の意識格差はかなり大きいので、いろんな問題が生じるだろう。やはり厚生労働省による一定の縛りと「指導」がなければ、先進自治体はいいかもしれないが、後進自治体の介護サービスが取り残されるのは確実だ。

ただ、上述したような現存の全国一律の介護保険制度を維持しつつも、住民税増税分を市町村の公費負担増分に当てるという案は、部分的に北欧モデルに近づいていると言えるかもしれない。隣接分野の障害者介護保障制度についても、そもそも社会保険制度ではないので、住民税の負担増を障害者サービスに当てるのならば、ある意味、より北欧モデルに近づいているといえるかもしれない。

ただ、介護保険も障害者保障も、日本のほうが全国一律の枠組み・規制は多いと思うが、それはある程度保持されるべきだと思う。これは原理原則よりも是々非々で決められるべき事柄だろう。(ちなみにスウェーデンでも、一定以上の重度障害者のパーソナルアシスタンスの保障責任は、自治体ではなく国にあったと思う。要確認だが)

どれもこれも思いつきなので、もう少ししっかり考えなければならないテーマではある。

それにしても、計量分析頑張ろうとすると、制度・政策(とくに歴史や理念も含めた広義での制度・政策)の理解・フォローが弱くなる。これは自分が鍛錬中の身だからということもあるが、政策研究者全般の分布を見てもある程度言えることかもしれない。両方優れている人も中にはいるが、難しいな。頑張ろう。

追記1:ちなみにこの種の報道は最近読売新聞もしていた。もうリンクは切れているが、こんな内容

介護保険料「住民負担は限界に近い」…読売調査(2010年4月4日16時19分 読売新聞)

9割の市町村が、制度の持続性に疑問を持っていることが明らかになった読売新聞社の介護保険全国自治体アンケート。保険料上昇への懸念が強まるなか、抜本改革を求める声は強い。

(中略)

介護保険の持続性に疑問を持つ市町村は多く、現行のままで制度を維持できると考える市町村は12%に過ぎない。2000年度に3・6兆円だった介護保険の総費用は、09年度には7・7兆円に増加。当初月2911円(全国平均)だった保険料も1・4倍になった。
12年度の介護報酬改定では、介護職員の待遇改善のための報酬引き上げが見込まれており、保険料がさらに上昇するのは避けられない見通しだ。だが、調査で住民に負担を求められる保険料の限界を聞いたところ、最も多かったのは「4000円台」(56%)。既に負担の限界に近いといえる。介護保険料の上昇は、「介護保険の運営で特に困っていること」を尋ねた質問でも、72%とトップだった。
 市町村からは、「年金から介護、医療保険料を払い、残る金額で介護サービスを受けようとしても、満足するサービスが受けられない高齢者が多い」(岩手県の町)などの声が寄せられた。
 71%が賛成した税の負担割合の引き上げについて、長妻厚生労働相は、「12年度改定で、必要であれば議論する」としている。仮に税の割合を現行の50%から60%にすると、現在でも7000億円が必要になる。また、利用者の自己負担割合(1割)の引き上げについては、「一定所得を超えた人に限り実施」(36%)、「特定の介護サービスに限り実施」(9%)、「一律に実施」(6%)など、肯定的な回答が条件付きを含め、過半数に上った。

追記2:こちらは最新のニュース

介護保険「維持できぬ」83%((2010年4月21日 読売新聞 山形)
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamagata/news/20100421-OYT8T00045.htm

今後10年間、財源構成やサービス内容などが現行制度のままで維持できると思うかを聞いたところ、「どちらかといえばそうは思わない」と「そうは思わない」を合わせ、83%が制度維持は困難だと見ていた。全国(87%)より割合は低かったが、「そうは思わない」の割合は41%で全国(29%)を大きく上回った。

 主な理由は、「介護保険料の上昇に住民の負担が耐えられなくなる」83%(全国71%)、「老老世帯や高齢独居世帯の増加に対し、現在の介護サービス量では足りなくなる」75%(同58%)など。高齢化で要介護者が増加することが不安要因となっており、高齢化率が全国を4・6ポイント上回る27・3%(昨年10月現在)の本県の状況が浮き彫りになった。

 介護保険料月額について、住民に負担を求められる限界を尋ねたところ、4000円未満17%、4000円台62%など。しかし、現在でも介護保険料が3500円以上の自治体は31%、4000円以上は45%あり、すでに負担の限界に近いといえる。

 財源のうち公費負担の割合を増やすことについては、「賛成」「どちらかといえば賛成」とした市町村は、全国(71%)とほぼ同じ72%だった。

 また、介護保険や高齢者福祉を充実させるための財源として消費税率を引き上げるべきか聞いたところ、「できるだけ早く引き上げるべき」「将来的には引き上げるべき」を合わせると59%(全国76%)で、「引き上げるべきではない」38%(同15%)を上回った。

(後略)