研究メモ ver.2

安藤道人(立教大学経済学部准教授)のブログ。旧はてなダイアリーより移行しました。たまに更新予定。

榊原英資の「経済教室」(06.12.29)の論旨が理解できない。

日経新聞の「経済教室」や「やさしい経済学」は、経済学者(たまに経営学者や社会学者も)が自分の研究テーマを絡めながら政策動向などについてわかりやすく考察したり政策提言したりしていて、いつも勉強になる。でもたまにヒドイのがある。今日の榊原英資もその一つ。

まずは冒頭の要約から。

階層の固定化を伴いながら若い世代ほど格差が拡大していることは否めない。教育を中心に悪平等主義がまん延したことが原因であり、ポスト産業資本主義の時代には、こうした悪平等を拝し、高い教育を受ける機会を与え、公平な競争を進めて、格差論議を乗り越えるべきである。

次に本文からの抜粋。

ポスト産業資本主義における能力主義、知識重視と二代目・三代目の跋扈(ばっこ)は、実は、かなり矛盾する現象である。一部欧州諸国のように階級社会が長期に継続した国と違って、明治維新以来の日本の階層間の流動性はかなり高かった。しかし、このところポスト資本主義に移行しつつあるにもかかわらず、階層の固定化が進みつつあるように思える。
 一体、なぜこんなことが起きているのか。筆者には、最大の原因は逆説的だが、能力差による格差を認めない悪平等主義が、戦後日本で、特に教育界で支配的になってしまったためと思える。新しいポスト産業資本主義の時代、個人にとっても企業、国家にとっても最も重要なのは、岩井教授のいう「知識資産」を蓄積することである。
 そのためには教育こそが社会の中心に据えられるべきである。しかも、重要なのはフェアな競争を確保することである。

もうどこから突っ込んでいいか分からないのだが、まず仮説としての「能力差による格差を認めない悪平等主義が戦後日本の教育界で支配的⇒階層の固定化がこのところ進行』という因果関係がどこからでてきたのか全然わからない。「能力差による格差を認めない悪平等主義の蔓延⇒能力差ではなく親の階層やコネによる教育、就職の蔓延⇒階層の固定化の進行」ということなのだろうか。うーん。でもそんなこと書いてないし、それでも疑問だらけだ。そもそも、たいていの高校受験や大学受験って(中学受験はしてないのでわからない)、試験の点数だけで評価されるんだから、ある意味もっとも実力主義的ではないか。誰か教えてください。

あと、能力主義の浸透と二代目・三代目の跋扈(榊原氏にとっては階層の固定化とほぼ同義)は、別に矛盾する現象ではない。本田由紀の「ハイパーメリトクラシー」の概念を持ち出すまでもなく、資本主義社会(ポストをつけたきゃどうぞ)で求められる「能力」と、文化資本(家庭環境や親の教育方針、友達づきあいを含む)は密接に関係している。その関係のあり方はいろいろ変わっているかもしれないが、今の社会で要求されている「能力」の源泉をよくよく辿っていけば、実は文化資本だった、なんてことも考えられる。

さらに、一部の社会学者は嫌がるかもしれないけど、「能力」の源泉が遺伝である可能性もかなりある。身体能力に遺伝的要素が強いのは誰もが認めるだろう。一方、芸術や数学の才能だって、文化資本がないとはいえないけれど、遺伝的要素はかなり強いはずだ。さらに文化資本の影響がより強くなるとはいえ、コミュニケーション能力だって遺伝的要素による部分があるだろう。そう考えると、労働市場で食っていくときに求められる「体力」「知力」「コミュニケーション能力」はすべて多かれ少なかれ遺伝的に親から子に受け継がれることになる。

もちろん、文化資本や遺伝といった世代を超えて受け継がれるものと、資本主義社会で求められる「能力」の関係がどうなっているのかはちゃんと実証的に検証しなければわからない。だけど、少なくとも「能力主義と階層の固定化」が矛盾するという理解は、あまりに安易だ。むしろ、文化資本や遺伝のことを考えると、能力主義が浸透するにつれて階層が固定化するという側面があることは十分に考えられる。もちろん逆に、能力主義が浸透して、能力はあるが金はないので大学いけなくていい仕事につけないとか、能力ないが金があるので大学いけていい仕事につけるということがなくなれば、階層が流動化するという側面もあるけれど。

あと蛇足だし、こんなことを経済紙に載ってる文章読みながら思っちゃいけないんだろうけど、「若者の意欲の低下」はダメで「能力を向上するためにがんばる」みたいなものをヨシとする考え方を自明視している雰囲気の人たちと話したり文章を読んだりすると、なんだかなぁって思う(なんだかなぁで思考が停止したらダメだろうけど)。まぁ自分達が「能力を向上するためにがんばる」ということを必死に続けてきたからこそそう考えたいのかもしれないけど、「若者の意欲の低下」(が顕著になっているのかどうかはともかくとして)が生み出す豊かさにも気がついてほしい。とりあえず「THE3名様」でも見てリラックスして欲しい。でも確かにがんばる人がいないといけないことも事実なんで、各自役割分担でがんばったり怠けたりすればよろしいかと。そこで生じる経済格差についてどう考えたらいいかは難問だけど。

「THE3名様」公式サイト
http://the3youngmen.com/

The 3名様 1 (ビッグコミックススペシャル)

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関連文章:
本田由紀先生の言説について
http://d.hatena.ne.jp/dojin/20060519#p1