現金は一切使えない――。
昨年11月に、完全キャッシュレスの飲食店「GATHERING TABLE PANTRY(ギャザリング テーブル パントリー)馬喰町店」がオープンした。
今年4月には、経済産業省が「キャッシュレス決済の比率を、2025年には今の2倍である40%に拡大し、将来的には80%を目指す」と発表するなど、日本のキャッシュレス化はますます進展していくことが予想される。
いち早くキャッシュレス化に対応したGATHERING TABLE PANTRY 馬喰町店では、料理はユーザー自らが備え付けのタブレットでオーダー、支払い時はスタッフが携帯する専用スマートフォンで非現金での会計というように、キャッシュレスに紐づいたシステマチックな方法を取っている。
展開するのは、「ロイヤルホスト」や「シズラー」といったレストランを経営するグループ会社を統括・管理するロイヤルホールディングス株式会社 。同社の常務取締役を務める野々村彰人氏は、「キャッシュレス化のメリットは、働くスタッフ、そして外食をするユーザーに、本来あった“ゆとり”をもたらすこと」と、脱現金化の本質を語る。その真意を聞いた。
キャッシュレスは責任者の負荷を減らすことができる
ロイヤルホールディングス株式会社 常務取締役 野々村彰人氏
――“完全キャッシュレス”のお店をオープンするに至った背景を教えてください。
外食産業は極めて人材難にあります。その結果、責任者や店長に負荷がかかるという悪循環が起きています。分かりやすい例で言えば、閉店後のレジ締め。予定があったとしても、責任者でなければ対応できないため、レジ締めのためだけにお店に来るといったケースも生まれてしまいます。
現金を扱わない完全キャッシュレスのお店であれば、レジ締めにかかっていた約40分を削減でき、スタッフの無駄な負担を減らすことができる。そのためにも完全なキャッシュレス対応にする必要がありました。
――キャッシュレスに紐づいたシステマチックな注文や会計方法により、スタッフの労力も削減できているように感じます。
店長が新人のバイトを教育する時間もシュリンクできている。若い子たちは、普段から使い慣れているスマートフォンで操作するため、違和感なくオペレーションを覚えることができます。教育期間が少なく、誰でもすぐにできるというのは、外食産業にとってとても大きなことです。
――前例のない試みです。完全キャッシュレスにすることに抵抗を覚えた人もいるのでは?
実は、オープンの一カ月前まで社内で議論していたほどです(笑)。現金を扱わないことで、来店したお客様とトラブルになるのではないか? 念のため現金を置いたほうがいいのでは?といった声もありましたが、先ほどお話ししたとおり完全キャッシュレスにしなければ意味がありません。
GATHERING TABLE PANTRY 馬喰町店は、5つの事業に属さないロイヤルホールディングス株式会社のR&D(企業の研究開発業務および部門)として取り組んでいます。中期的、長期的な視野で考えていますので、中途半端な対応は避けたかったんです。
決済方法は、各種クレジットカード、交通系電子マネー、QR決済(楽天ペイ、d払い、LINE Pay)など、20種類以上にわたる。
――オープンして半年が過ぎました。手ごたえや反響はいかがですか?
入店後に現金が使えないことを知ったという方も中にはいらっしゃいますが、そこから関心を抱いてくださることが多いです。物珍しさで入店される方もいらっしゃいますね。ただ「完全キャッシュレスのお店だから」という理由で来られる方は、同業者以外にはあまりいません(笑)。
4月からはランチも開始したことで、土日などは周辺に暮らす家族連れなども増えてきています。少しずつですが、地元に定着している感はありますね。
――問屋街である馬喰町という場所も気になるところです。なぜこの地を選んだのでしょう?
本来は、青山や表参道といったトレンドが集まる場所に出店する方が良いのかもしれません。ですが、清澄白河にブルーボトルコーヒーが進出したように、城東エリアはさまざまな業種、世代の方が集う多層的なエリアです。実験店だからこそ、そういった場所から新しい文化を発信したかったんです。
とは言え、問屋街にポツンと何屋なのか分からないお店がオープンしただけに、当初はどうやって興味を持っていただくか試行錯誤でした。キャッシュレスのお店だからと変に構えるのではなく、やはり親しみを持っていただくことが重要だと再認識しています。
外食産業で働く楽しさを取り戻すためのテクノロジー
――完全キャッシュレスの飲食店というパイオニアだからこそ、脱現金化して分かったことなどがあれば教えてください。
PANTRYでは、多様な決済方法を導入するため、楽天ペイ(実店舗決済)を主に利用しています。たとえば、グループで来店されて個別でチェックする場合、Aさんはクレジットカード、Bさんは楽天ペイ、CさんはSuicaというように、会計が個別になると、無線で通信しているため、現金以上に時間がかかることも珍しくはないです。非現金決済に時間がかかっている理由は、PANTRYが採用しているシステムの問題もありますし、カードの控えやレシートをお渡しする業務もあるからです。
中国のAlipayとWeChatPay、スウェーデンのSwishのように決済方法が絞られていると対応しやすいと思いますが、日本国内は規格が異なっているため、システムや従業員の対応が複雑になります。今後は、ユーザーと事業者、双方にとってスムーズかつ利便性があるものになるよう規格の統一化を望みます。
――なるほど。現在、非現金決済の割合は、やはりクレジットカードが多いのでしょうか?
利用率は半々で、売上でいうとクレジットの方が多いです。完全キャッシュレスになると、手数料の問題は非常に大きくなります。利益率から考えると、少しでも手数料が下がることを期待します。また、キャッシュレスが、ユーザーにとってメリットになる必要があります。
そのための整備を、国が主導するのか、それとも企業が推進してしまうのか、課題であると同時に我々も他人ごとではないと感じます。また、外食産業に関してはキャッシュレスだけを推進しても、イノベーションは起こりづらいと思っています。
――というと?
グループ会社のロイヤルホストは、様々な料理を調理し、提供する必要があるため、ソースやスープ、煮込み料理など時間のかかる調理は、店舗において最低限の作業で済むように、セントラルキッチンで材料の下処理や調理を行っています。そのセントラルキッチンを最大限に活かすため、GATHERING TABLE PANTRYではPanasonicさんの調理機器(マイクロウェーブコンベクションオーブン)を共同で研究し、導入いたしました。これにより質の高い味わいを作り出せるように進化しています。
また、ここにキャッシュレスに紐づいた、タブレットなどによる会計システムを重ね合わせたことで、調理時間の短縮と料理の質の維持、人材不足解消という課題を解決することができます。
――セントラルキッチンとテクノロジーの融合によって、外食産業が抱える人材難すらも解消できる可能性があるというわけですか。
経験の浅いスタッフでも、テクノロジーによって調理時間短縮や料理の質が約束されれば、ストレスも減ります。私は、自分の会社で働いてくれるスタッフがオーダーに追われ、機械的に仕事をしていく姿を見たくないんです。
本来、外食というのは、来店されるお客様も何か特別な思いを抱いて足を運んでいたでしょうし、働いているスタッフもお客様とのコミュニケーションなど、飲食店で働くことに対して期待を持って外食産業の門を叩いたはずです。その楽しみを取り戻せるならば、テクノロジーに頼れる部分は頼った方がいいと思っています。
――たしかにオーダーや調理に追われる時間が削減されれば、その分、他の所に気を配ることなどができますね。
ゆとりができたことで楽ができることを推奨しているわけではなく、ゆとりが生まれることでスタッフが“何ができるか”を能動的に考えられるようなお店にできたら。盛り付けのお皿を少し温めておく配慮であったり、来店したお客様がキャッシュレスについて興味を抱いたら自分の感覚でおしゃべりを楽しんだりしても良いんです。
結果的に、それがGATHERING TABLE PANTRYにしかできないお店の雰囲気やもてなしになる。人間らしさやゆとりを取り戻せることを、セットで考える。それこそキャッシュレスなどのテクノロジーを導入する上で、大事なことだと思います。
後編は、どのようなオペレーションでホールやキッチンが動き、そして調理しているのか、店長の声も交えながらGATHERING TABLE PANTRYの飲食体験をレポート。そこには、スムーズ&非現金決済の新しい飲食店の形が広がっていた!
取材・文:我妻弘崇(アジョンス・ドゥ・原生林)