多くの自治体で生分解性の印鑑登録カードが発行されたのはなぜか

生分解性プラスチックで作られた印鑑登録カードがボロボロになっていたという話。なぜ、有効期限が無く、通常はタンスの奥底にしまわれる証明カードに生分解性プラスチックを用いたのか、理解に苦しみます。

生分解性の印鑑証明カード - 弁理士の日々 によると、他の自治体でも同様の事例があるようです。

多くの自治体が交換を呼びかけている生分解性の印鑑登録カード

気になって「生分解性 登録」や「印鑑登録証カード 破損」などでググってみたら、出るわ、出るわ。2000年から2007年頃まで、さまざまな自治体で生分解性プラスチック製の印鑑登録カードが発行されたようです。劣化しやすいため交換の呼びかけが行われています。

以下に、検索で見つかった生分解性プラスチック製の印鑑登録カードの交換を呼びかけている自治体をまとめました。これ以外の自治体でも発行されている可能性があります。
例えば、和光市役所 / 砕けた印鑑登録カード | 思考回廊 によると和光市でも生分解性プラスチック製の印鑑登録カードが発行されているようです。

なぜ全国的に発行されたのか

地方ニュースや、自治体での呼びかけなどは数年前からなされいるようです。さまざまな自治体で問題になっているはずですが、全国的に広く知られた話題ではないように思われます。

生分解性プラスチック製の印鑑登録カードが発行されたのは、2000年から2005年頃。今から10年から15年以上前で、瀬戸内海放送のニュースでも言及されているように塩ビ系プラスチックの焼却によるダイオキシンに注目が集まった頃に一致します。つまり、環境負荷の軽減が叫ばれ始めた頃です。また、恐らくこのくらいの時期から印鑑登録がカード式になっていったはずです。

一部の自治体ではなく、全国的に発行されていることから、国レベルで生分解性の印鑑登録カードが推進された可能性が考えられます。
2000年頃であれば、ある程度ネットのみで資料を当たることが可能です。

2000年頃から政府がエコを推進

平成12年(2000年)に、グリーン購入法 が制定されました。これは、国などの公的機関が率先して環境負荷の低い物品を調達することを目的とした法律です。
過去の資料になりますが、各分野における主な提案等 においてカードとして植物由来プラスチックを使うことが提案されています。生分解性ではない植物由来プラスチックもありますが、環境省は公的機関で発行されるカードの材料として生分解性プラスチックの使用を推進していたと考えられます。

また、特許庁所管の独立行政法人・工業所有権情報・研修館では、2000年頃に 生分解性ポリエステル - [INPIT] なる資料をまとめています。生分解性ポリエステルの用途や今後の市場動向などが分析されており、ここでも生分解性プラスチックの用途としてカードが挙げられています。ただ、これは特許庁関連の資料のため、特許に記載される用途を可能な限りすくい上げただけとも考えられますが。

民間でも生分解性プラスチックに注目が集まる

工業所有権情報の資料にあるように、2000年頃から政府だけで無く、民間企業も生分解性プラスチックに注目しており、実際に利用される機会も増えたようです。以下に、カードへ利用された例をまとめてみました。

1998年の工業材料や2000年の住友化学を元に作成された 生分解性プラスチックへの取り組み によると、キャッシュカードや会員カードへ採用された実績が報告されています。
2003年の富士キメラ総研の資料を元に作成された カード材料の市場動向(カード材料市場 総括編) では、生分解性プラスチックのプリペイドカードへの利用が報告されています。

また、2000年頃に書かれた 畑からプラスチック では日本のみならず欧米で、クレジットカード向けに生分解性プラスチックの原料であるバイオボールが出荷されたとあります。原料の出荷とのみ書かれているので、実際にクレジットカードが作られたかは不明ですが、検討されたのは間違いないでしょう。

産官の協力により生まれた生分解性の印鑑登録カード

プリペイドカードなどのように有効期限のあるカードで、期限内での劣化が無いならば、処分する際に環境負荷の低い生分解性プラスチック製を用いる利点があるでしょう。クレジットカードも有効期限によってはありでしょう。
しかし、印鑑登録カードのように、特に有効期限も無く、年に数回使うかもしれない証明カードに生分解性プラスチックを用いるのは、数年で劣化し使用できなくなる可能性が高く適しません。実際に、それなりの数のカードが交換されているようです。証明書の再発行なので、時間も手間もかかります。交換すると、環境面でより負荷がかかっているわけで、デメリットばかりです。同様の理由で、銀行のキャッシュカードにも向いてないでしょう。

2000年に制定されたグリーン購入法や、同時期に経産省や民間企業も環境負荷軽減として注目していたこともあり、生分解性プラスチック製カードの発行が推進されたのでしょう。
また、2000年は各自治体で印鑑照明の方式がカードに代り始めた頃で、さらに2003年には 住民基本台帳カード - Wikipedia が開始されています。
環境負荷への意識が高まった時期と自治体でのサービスがカード化し始めた時期が重なったことが、生分解性プラスチック製カードの発行へ拍車をかけたと考えられます。

有効期限が設けられていない印鑑登録カードや住民基本台帳カードに劣化する可能性のある生分解性プラスチックを用いるのは、素材の選択ミスです。
生分解性プラスチックの特性を知らなかった自治体にも責任がありますが、環境省や経産省、および製造メーカーや素材メーカーの責任の方が大きいかと思います。特に、生分解性プラスチックの特性を知っているはずの素材メーカーと製品の耐久性を検討すべき製造メーカーの責任は重いと考えます。