多汗症とは、体温調整をおこなうための汗の量が異常に多い病気です。ワキや手のひらなど汗腺がある部位に発症し、日本人口の10人に1人が多汗症ともいわれています。
多汗症治療の方法として、メスを使用しないボツリヌス注射があげられます。ボツリヌス注射の成分であるボツリヌストキシンは発汗の命令を促す交感神経に作用して、汗腺からの発汗を抑制することで多汗症の改善が期待できます。
ボツリヌス注射による多汗症治療は、施術時間が短く、手軽におこなえる施術ですが、ドクターの技量で施術の効果が異なるといわれています。そのため、リスクを減らした多汗症治療をおこなうには、ボツリヌス注射のリスクや副作用、製剤の効用期間を事前に知る必要があります。
もくじ
汗は、体温を一定に保つ調整のために、自律神経の1つである交感神経から信号をうけて、全身の皮膚表面にあるエクリン汗腺、脇の下や腹部にあるアポクリン汗腺から分泌されます。
多汗症とは、交感神経から出される信号が過剰になることによって汗腺が刺激され、体温調整に必要となる汗の量を上回る発汗がある症状を指します。多汗症を発症する部位は様々で、主に脇、顔、手のひら、足裏があげられます。
発汗は、精神性発汗・温熱性発汗・味覚性発汗に分類されますが、そのうち多汗症はストレスや緊張が原因となる精神性発汗に分類されます。
精神性発汗 | ストレスや緊張による発汗 |
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温熱性発汗 | 運動などで上昇した体温の調整をするための発汗 |
味覚性発汗 | 熱いもの・辛いものを食べて味覚が刺激されることによる発汗 |
汗の量が多いからといって多汗症と診断されるわけではなく、ある一定の条件を満たすことによってドクターから多汗症の診断を受けます。原因不明な発汗が6カ月以上続いていて、以下の診断基準のうち2つ以上当てはまると多汗症と診断されることがあります。
多汗症には、体の一部の発汗が活発になる局所多汗症と、全身の発汗が活発になる全身性多汗症があり、約9割が局所多汗症であるといわれています。上記の判断基準は局所性多汗症の場合であり、全身性多汗症の場合、悪性リンパ腫や神経疾患、内分泌代謝異常、褐色細胞腫などの基礎疾患が疑われます。
疾患がある場合は、局所で発汗するよりも全身から発汗する傾向があるため、原因がわからず全身に異常な量の汗をかく場合は、医療機関を受診して疾患が隠れていないかを検査する必要があります。
局所多汗症と全身多汗症のいずれの場合も、原因のがわからない原発性多汗症と、何かしらの病気や薬が原因で発症する続発性多汗症に分けられます。続発性多汗症を根本的に治療するためには、ボツリヌス注射ではなく、原因となる疾患の治療をおこなう必要があります。
顔面多汗症は、頭に大量の汗をかく「頭部多汗症」との合併も多いのが特徴です。
腋窩(えきか)多汗症は、あまりに身近な症状であることから病気である認識をしておらず、医療機関を受診する人は多くありませんが、国民のおよそ20人に1人が腋窩多汗症といわれています。
脇は汗腺が集中しており、温熱発汗、味覚発汗、精神発汗の全てが促進されるため、汗をかきやすい部位です。また、アポクリン腺から分泌される汗は、皮膚の常在菌の餌となる成分が含まれているので、発汗量が増えることによって菌が増殖しワキガの原因になります。
手掌(しゅしょう)多汗症と足蹠(そくせき)多汗症は合併して発症する傾向があり、2つの症状を合わせて掌蹠(しょうせき)多汗症といいます。国民の約20人に1人が有していて、腋窩多汗症に次いで多い部位です。
ボツリヌス注射で使用される薬剤は、食中毒でも知られるボツリヌス菌から抽出したボツリヌストキシンというたんぱく質の一種です。体に害を及ぼすとされる成分を分解・精製したものなので人体への影響はありません。
ボツリヌストキシンは神経と筋肉のつなぎ目に作用し、脳が筋肉へ命令するときに働くアセチルコリンという神経伝達物質の働きを抑制することで、筋肉の働きを一時的に麻痺させます。美容皮膚科では、ボツリヌストキシンを筋肉に注射し緊張を弛緩させることによって、表情ジワの改善を目指す治療や、筋肉の発達によるエラの張りなどを改善に導く施術が主な用途です。
加えて、交感神経から命令される発汗信号を抑える働きもあるため、汗腺が多い脇や手、足裏に施術することで多汗症治療をおこなうことができます。気になる部位の真皮層にボツリヌス注射をおこなうことによって、汗を出す命令をする神経伝達物質のアセチルコリンの放出を抑制し、神経から汗腺への情報伝達を遮断します。
ボツリヌストキシンはA型~G型まであり、そのうち医療および美容医療で人体に使用される製剤はA型とB型です。A型は施術後2日~2週間で効果が現れ、3カ月~4カ月持続しますが、B型は効果が約1カ月ほどであることから、美容医療ではA型のボツリヌス注射が使われる傾向にあります。
美容医療で使用されるボツリヌス注射は、いわゆる「ボトックス注射」として知られています。しかし、ボトックスはアラガン社で商標登録されているボツリヌストキシン製剤を指し、施術名ではありません。
なお、ボトックス以下のとおり厚生労働省に承認されている製剤です。
日本国内での承認 | 認証取得 22100AMX00398 :アラガン・ジャパン株式会社 (販売開始 2009年2月) |
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FDA(米国食品医薬品局)での承認 | K051852:FDA |
「腋窩多汗症」の場合、多汗症と診断される基準を満たせばボツリヌス注射による治療が保険適用となる場合があります。脇汗が気になるすべての人に保険が適用されるわけではなく、ドクターによって重度の多汗症と診断された場合のみ保険が適用されます。
しかし、ボツリヌス注射以外の治療法で、掌蹠多汗症などを治療する場合は、保険が適用される場合があります。
ボツリヌス注射による多汗症治療では、部位にかかわらず2日~3日で作用し、汗の分泌が抑えられる効果が期待できます。
効果の持続期間は、4カ月~9カ月です。ボツリヌス注射は多汗症の完治を目指す治療ではないので、効果がなくなると汗腺の活動が再び活発になりますが、ボツリヌス注射を定期的に受けることによって、その都度多汗症を抑制することができます。
多汗症の治療方法はボツリヌス注射だけでなく、汗腺を切除することで多汗症を改善する手術や、外用薬を使用した治療法があります。
ワキの皮膚を切除し、汗腺を取り除くことで、汗の分泌を抑制することができます。ボツリヌス注射と異なり、汗腺を取り除くことで多汗症やワキガの再発率は低くなりますが、皮膚を4cm~5cmほど切開するため傷跡が残ることもあります。
ボツリヌス注射と比較するとダウンタイムが長い一方で、1回の手術で多汗症の改善が期待できます。しかし、皮膚を縫合するため、縫合した傷口が開くことを防ぐために3日ほど安静にする必要があり、経過観察や抜糸のために通院しなくてはいけません。汗腺切除は保険が適用されるので、ドクターに相談してください。
手掌多汗症は、大脳からの命令によって、胸部交感神経を経由して発汗が促されています。胸部には手の発汗に関係あるT2~T6という神経が異常を起こすことで手掌多汗症が起こるので、胸部の神経を切除して発汗を抑制させる「胸部交感神経遮断術」が手掌多汗症には有効とされています。
胸部交感神経遮断術は、保険適用の手術で、手掌多汗症だけでなく、ワキ、頭などのほかの多汗症部位も改善することがあります。手術後は深呼吸がしづらいかったり、胸部が痛んだりすることがありますが、約1週間で治まることが多く、ワキの皮膚は2mm~4mmほどの切除ですむため、傷跡が残りにくいです。
副作用として、胸部交感神経遮断術で手のひらの発汗を抑える代わりに、太ももや腰、臀部から発汗する「代償性発汗」を発症することがあります。神経の切除範囲を狭くすると代償性発汗の症状は緩和されるといわれていますが、代償性発汗のメカニズムは解決されていない部分が多く、手術前に代償性発汗が起こることを予測するのが困難とされています。
塗り薬である塩化アルミニウム外用は、汗腺の出口をふさぐことで、汗の分泌を抑制します。継続して患部に塗布することで、汗腺を徐々に縮小させて、汗の分泌を抑制できるといわれていますが、肌があれたり、皮膚がかぶれたりすることもあるため、使用頻度や、用量、濃度を守ることが大切です。塩化アルミニウム外用薬は薬局でも手に入れることができますが、医療機関で処方された場合、日本では保険適用の薬がないため、自由診療になります。
微弱電流を流した水道水に患部を浸すことで、多汗症の改善を目指す方法で、主に掌蹠多汗症の治療に用いられます。諸説ありますが、水を電気分解することで発生する水素イオンが汗腺の出口を塞いで発汗が抑制されるのではないかといわれています。
身体に電流を通すので、ペースメーカーを装着している方や、心臓に疾患のある方は施術を受ける前にドクターに相談する必要があります。イオントフォレーシスは、継続的に治療を受けることで多汗症を抑制でき、保険適用で1回1,000円ほどで施術が可能なため、ボツリヌス注射と比較すると費用を安く抑えられます。
ミラドライはマイクロ波の特徴を利用してワキガや脇の多汗症の治療をおこなうマシンです。
ワキガや多汗症の原因である汗腺は多くの水分を保有しているため、マイクロ波を照射すると水分に吸収されて熱を発生します。それにより汗腺を焼灼・凝固することで、多汗症やワキガを改善に導きます。施術後のむくみ、不快感は約1週間~2週間程度で落ち着くとされ、施術は脇のみが推奨されています。
ビューホットとは、RF(ラジオ波)と呼ばれる電磁波を発生することができるマシンです。マシン先端のハンドピースには、極細の針が36本装着されていて、施術部位に針を刺してラジオ波を照射することで汗を分泌する汗腺を破壊します。
ビューホットは、ワキだけでなく手や足など全身どの部位でも施術することができます。針跡は数週間~1カ月程度で落ち着くとされ、ミラドライよりダウンタイムが長期にわたる傾向にあります。
ボツリヌス注射は、汗腺がある真皮層や皮下組織など皮膚の浅い部分に注射するため、施術直後は虫刺されのようなポコっとした腫れがありますが、3時間~4時間ほどで腫れがおさまります。また、注射の後にできる赤みは半日~1日ほどでおさまり、まれに注射部位に内出血が起こる場合があります。ただし、極細の針で少量ずつ注入するため、血管が傷つけるリスクが低く、万が一内出血が生じたとしても約10日で改善します。
ボツリヌス注射による多汗症治療は、まれに施術部位以外の発汗が活発になる代償性発汗がおこることがありますが、ボツリヌス注射は小範囲の面積だけに作用する施術であるため、代償性多汗症を発症するリスクは少ないとされています。
ボツリヌス注射の施術後は、注射によって皮膚に傷をつけるため、赤みや腫れを伴うことがありますが、1週間ほどで治まるといわれています。
ボツリヌス注射を何度も受けることによって、体内でボツリヌストキシンに対する中和抗体が生成されて施術の効果が減弱することがあります。そのため、再投与まで4カ月以上の期間を設ける医療機関がほとんどです。個人差はありますが、中和抗体ができるボツリヌストキシンの量は2,000単位~4,000単位といわれています。
しかし、中和抗体の生成を抑えるA型ボツリヌストキシンの「ゼオミン」という製剤もあります。 医療機関によって取り扱っている製剤は異なるので、短期投与のリスクが気になる方は医療機関にお問い合わせください。
多汗症治療でおこなうボツリヌス注射は、筋肉に注射する表情シワの治療と異なり、汗腺が存在する真皮層や皮下組織に注入します。しかし、ドクターの技量不足により筋肉に注射した場合、筋肉の働きが抑制されて施術部位がしびれたり、動きにくくなる拘縮といった副作用が生じることがあります。
ボツリヌス注射の効果は、永続的ではないため半年ほどで効果が薄れ、筋肉への副作用もなくなります。また、ボツリヌストキシンの作用を抑制する働きがあるアセチルコリン塩化物を注入することでも副作用の緩和が期待できます。
これらの症状に当てはまる場合は、施術前にドクターに相談してください。ドクターとの相談の結果、施術を受けられないこともあります。
部位 | 注入量の目安 | 料金相場 |
---|---|---|
頭部 (頭部多汗所) |
150単位~ | 40,000円~300,000円(自費診療) |
額や鼻 (顔面多汗症) |
100単位~ | 30,000円~100,000円(自費診療) |
ワキ (腋窩多汗症) |
両脇 50単位~100単位 | 20,000円~140,000円(保険適用) |
手のひら (手掌多汗症) |
両手 100単位~150単位 | 40,0000円~120,000円(自費診療) |
足の裏 (足蹠多汗症) |
両足 200単位~300単位 | 40,0000円~120,000円(自費診療) |
ボツリヌス注射の場合、薬剤の注入量の表し方はmlやccではなく「単位」で表し、100単位は1mlの注射器5本分に値します。
(1)カウンセリング
多汗症のチェックリストを記入し、発汗の程度を検査して、必要であれば採血などをおこないます。また、施術の同意書に記入します。
(2)診察・麻酔・クーリング
希望により、患部に麻酔クリームや患部を冷やすクーリングをおこないます。医療機関によっては、初診の際に麻酔クリームを処方され、自宅で塗布してから来院するように指示を受ける場合があります。
(3)注入
痛みが少ないように希望する施術部位へ極細の針で注入します。注入量によって異なりますが所要時間は10分~30分程度です。
(4)クーリング・終了
施術後は医療機関によってはクーリングをおこなう場合があります。施術部位を強くもんだり、刺激を与えることは避けましょう。施術終了後からメイクをすることができます。
医療機関によっては、当日に施術を受けられることもあります。
長期間の減毛・脱毛を目指せる医療レーザー脱毛の施術を併用することで、多汗症やワキガ治療の相乗効果が見込めます。
菌の増殖を促す汗を分泌しているアポクリン汗腺は、毛穴に付随する形で存在していて主にワキに集中しています。毛があることによって汗が蒸れやすく、菌が増殖することでにおいが発生します。脱毛して減毛すると汗かとどまりにくくなり、菌の増殖を防ぐことで、においを抑制することができます。