シャインマスカット(長野県産)2023年9月撮影(写真:日本農業新聞/共同通信イメージズ)

10月に発足した高市早苗政権は食料の安全保障を確保するため、これまで以上に輸出を促進し、「稼げる農林水産業」を目指すとしている。食料を安定的に調達していくにも生産者の経営力を高め、産業として自立させなければならない。施政方針演説で触れた先端技術の活用も必要だろう。さらに、日本の農業が育んできた高い付加価値を知的財産と捉え、それを守っていく意識改革も重要になる。

(志田 富雄:経済コラムニスト)

30年以上の時間とコストをかけたシャインマスカットが…

 この9月、政府がニュージーランドに対し、ブドウの高級品種「シャインマスカット」のライセンス生産を許可するかどうかで揉めたことを覚えているだろうか。

 シャインマスカットを食べたことがある読者は多いと思う。甘みが強く、皮ごと食べられることで人気になった。政府が所管する食品・産業技術総合研究機構(農研機構)が既存品種を交配し、2006年に新品種として登録された。14年に栽培面積がブドウ品種の第4位になるなど急速に市場は拡大した。値段も下がってきたとはいえ、高級品種であることに変わりはない。

 シャインマスカットのルーツを遡ると「スチューベン」と「マスカットオブアレキサンドリア」を交配して1973年に誕生した「安芸津21号」がある。1988年から後継品種の開発に着手。安芸津21号と「白南」を交配して「安芸津23号」(後のシャインマスカット)が生まれた。安芸津21号からシャインマスカットの登録まで、ゆうに30年以上の時間とコストがかかっているのだ。

 そのシャインマスカットの苗が16年ごろに中国や韓国に持ち出された。当時、苗はホームセンターなどでも販売されており、海外に持ち出すことを止める規制がなかった。

 その結果、日本が生んだシャインマスカットが海外で大規模に栽培されるようになった。改正種苗法についての農林水産省資料(22年3月)によれば、中国の栽培面積は20年推定で5万3000ヘクタールと日本(18年で1625ヘクタール)の32倍強、韓国での栽培面積も19年で1800ヘクタールと日本を上回った。

 中国の生産者は手に入れたシャインマスカットを「陽光バラ」「香印翡翠」などの名称で販売。中国や韓国国内だけでなく、タイやマレーシア、ベトナムでの販売も確認されている。

 本来であれば、日本で生産したシャインマスカットを付加価値の高い高級果実としてアジア市場に売り込めたはずだ。その好機が種苗の流出によって奪われた。農水省は損失額が少なくとも年100億円にのぼると試算する。日本経済新聞は11月5日、シャインマスカットをめぐり、香港で中国産を岡山県産と偽っていた流通業者が10月に現地当局から処罰されたと伝えた。

 海外に流出してしまったのはシャインマスカットだけではない。