内子町
うちこちょう 内子町 | |||||
---|---|---|---|---|---|
| |||||
国 | 日本 | ||||
地方 | 四国地方 | ||||
都道府県 | 愛媛県 | ||||
郡 | 喜多郡 | ||||
市町村コード | 38422-4 | ||||
法人番号 | 9000020384224 | ||||
面積 |
299.43km2 | ||||
総人口 |
13,950人 [編集] (推計人口、2024年11月1日) | ||||
人口密度 | 46.6人/km2 | ||||
隣接自治体 | 大洲市、西予市、伊予市、上浮穴郡久万高原町、伊予郡砥部町 | ||||
内子町役場 | |||||
町長 | 小野植正久 | ||||
所在地 |
〒795-0392 愛媛県喜多郡内子町平岡甲168番地 北緯33度31分59秒 東経132度39分30秒 / 北緯33.53303度 東経132.65828度座標: 北緯33度31分59秒 東経132度39分30秒 / 北緯33.53303度 東経132.65828度 | ||||
外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
ウィキプロジェクト |
概要
編集2005年(平成17年)に旧内子町、旧五十崎町、旧小田町が合併し、新しい内子町が誕生した[1]。
ハゼの流通で財をなした商家が建ち並ぶ町並み保存を手かがりに、「白壁と木蝋のまちづくり」を進めてきた。今日では、「町並みから村並みへ、エコロジータウンうちこ」をキャッチフレーズとし、農村景観保全や農産物の直売、農村民泊、グリーンツーリズムなどの、交流人口の受け入れ、第一次産業の活性化などの取組みで全国的にも知られている。
地理
編集位置
編集愛媛県のほぼ中央、県庁所在地である松山市から約40キロメートル (km) 南西に位置する。
地形
編集平地は、小田川に沿って開けており、旧・内子から上流は谷あいに集落が点在している。
山地
編集- 主な山
河川
編集- 主な川
人口
編集内子町と全国の年齢別人口分布(2005年) | 内子町の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 内子町
■緑色 ― 日本全国 |
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
内子町(に相当する地域)の人口の推移
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||
総務省統計局 国勢調査より |
隣接自治体
編集歴史
編集古くから大洲街道の交通の要衝として、また四国遍路の通過地として栄えた町である。
江戸時代から明治時代にかけ、和紙と木蝋の生産で栄え、特に木蝋は品質の高さで海外でも評価されるほど名を馳せ、最盛期には全国生産の約30パーセントを占めた。
大正時代以降は、石油や電気の普及によって木蝋生産は衰微したが、当時の繁栄ぶりをうかがわせる商家群の町並みを「八日市道路」に沿って見ることができる[2]。この歴史的な町並みは、1982年(昭和57年)に国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されている[2]。
沿革
編集- 藩政期
- 明治
- 昭和
- 1955年(昭和30年) - 内子町・大瀬村・五城村・立川村・満穂村が合併し、改めて内子町が発足。
- 1965年(昭和40年)11月3日 - 内子公民館が第18回優良公民館として、文部大臣表彰。
- 1976年(昭和51年) - 古い家並みの見直しが在住者から提言される(町並みという言葉はまだ一般的ではなかった)。
- 1977年(昭和52年) - 町による町並み保存調査。
- 1979年(昭和54年) - 歴史的景観 都市連絡協議会を開催。
- 1980年(昭和55年)
- 1982年(昭和57年) - 八日町護国の町並みが国の重要伝統的建造物群保存地区として選定。
- 1983年(昭和58年)
- 町並保存対策室設置。
- 内子座修理復原工事着工。
- 1985年(昭和60年)
- 1986年(昭和61年)
- 1987年(昭和62年)
- 1988年(昭和63年)
- 平成
- 1989年(平成元年)7月9日 - 「木蝋と白壁の町並み」で建設省「手づくり郷土賞(歴史をいかした街並み)」受賞[4]。
- 1992年(平成4年)
- 1993年(平成5年)9月 - 町長・町議会議員がローテンブルクへ友好公式訪問。
- 1994年(平成6年)
- 1995年(平成7年)
- 1996年(平成8年)11月 - 第二回青少年海外派遣団訪問。
- 1997年(平成9年)
- 4月 - ローテンブルク市より市長と市民が来町。
- 11月 - 第三回青少年海外派遣団訪問。
- 1998年(平成10年)
- 7月 - 第四回青少年海外派遣団訪問。
- 11月 - 町民海外派遣団訪問。
- 1999年(平成11年)11月 - 第5回青少年海外派遣団訪問。
- 2000年(平成12年)
- 2001年(平成13年)
- 2002年(平成14年)
- 全国農業コンクール名誉賞。
- 4月 - ローテンブルク市から青年の訪問団。
- 2004年(平成16年)12月 - 日経地域情報化大賞・地域活性化センター賞。
- 2005年(平成17年)
- 2006年(平成18年)11月 - 国土交通省「手づくり郷土賞・大賞部門」受賞[5]。
- 2007年(平成19年) - ジャパンベンチャーアワーズ 「地域貢献賞」。
- 2009年(平成21年)3月 - ミシュランガイド(観光地)日本編において1つ星に選定。
- 2011年(平成23年)9月 - ローテンブルク市で姉妹都市盟約を締結。
行政
編集町長
編集- 歴代首長(旧内子町)
- 初代 河内彌衛(昭和30年2月〜昭和34年1月)
- 第2代 藤井政一(昭和34年2月〜昭和44年1月)
- 第3代 山田吉久(昭和44年3月〜昭和49年12月)
- 第4代 住田久治郎(昭和50年1月〜昭和54年1月)
- 第5代 藤井政一(昭和54年1月〜昭和54年10月)
- 第6代 河内紘一(昭和54年11月〜合併まで)
- 歴代町長(新町)
役場
編集- 本庁
- 旧・五十崎町庁舎
- 分庁
- 内子分庁 (旧・内子町庁舎)
- 支所
- 小田支所 (旧・小田町庁舎)
施設
編集警察
編集- 大洲警察署(本署は大洲市)
- 内子交番(喜多郡内子町内子)
- 大瀬駐在所(喜多郡内子町)
- 城廻駐在所(喜多郡内子町)
- 立山駐在所(喜多郡内子町)
- 平岡駐在所(喜多郡内子町)
- 小田駐在所(喜多郡内子町)
- 田渡駐在所(喜多郡内子町)
消防
編集- 本部
- 消防署
- 内子消防署(喜多郡内子町内子1433番地)
- 出張所
- 小田出張所(喜多郡内子町小田42番地1)
医療
編集- 主な病院
郵便局
編集- 主な郵便局
図書館
編集- 主な図書館
文化施設
編集運動施設
編集対外関係
編集姉妹都市・提携都市
編集海外
編集- 姉妹都市
- ほかヨーロッパの農村を手本とした農村振興を進めてきており、絶えず交流が行われている。
国内
編集- 姉妹都市
経済
編集第一次産業
編集農業
編集典型的な中山間地で、農林業が主たる産業である。傾斜地をうまく活用して、果樹(ぶどう、なし、桃、カキなど)生産が行われ、観光果樹園としての活路が開かれていた。
- 内子フレッシュパーク・からり
- 愛媛たいき農業協同組合 内子支所
林業
編集第二次産業
編集工業
編集第二次産業としては建設業関係が主体である。一方、北部には真空ベローズで有名な入江工研内子工場がある。
第三次産業
編集観光業
編集藩政期には、木蝋、和紙等の生産で栄え、白壁の町並みが残っている。このため、これらを生かした観光産業やグリーンツーリズムの取組みが進んでいる。
拠点を置く企業
編集- 入江工研 四国事業所 内子工場
- ベネフィット・ワン 内子ベース
- 内子バイオマス発電 内子バイオマス発電所
- 内子龍王バイオマスエネルギー 内子龍王バイオマス発電所
教育
編集高等学校
編集- 県立
中学校
編集- 町立
- 内子町立大瀬中学校
- 内子町立内子中学校
- 内子町立五十崎中学校
- 内子町立小田中学校
小学校
編集- 町立
- 内子町立石畳小学校
- 内子町立大瀬小学校
- 内子町立程内小学校
- 内子町立内子小学校
- 内子町立立川小学校
- 内子町立五十崎小学校
- 内子町立天神小学校
- 内子町立小田小学校
児童館
編集- 内子児童館
交通
編集鉄道
編集中心となる駅:内子駅
鉄道路線
編集- 四国旅客鉄道(JR四国)
- 内子駅には特急が全列車停車する。
バス
編集路線バス
編集国道56号には路線バスがあり、大洲市方面と伊予市方面とを結んでいる。町内では、過去国鉄等が運行していたバス路線がかなり存在したが、これらを引き継ぐ形で町営バスを運行し、合併によって中山町などの町営バスも運行を継承している。また、2006年(平成18年)12月には伊予鉄南予バスの内子 - 石畳の宿(満穂線)が廃止され、町営バスが新たに運行される。
高速バス
編集以下の高速バス路線が内子町内に停車する(一部の便は松山止めもある)。詳しくは、各運行事業者の公式サイト等を参照のこと。
道路
編集高速道路
編集- E56松山自動車道
- (伊予市)- 内子PA - 15 内子五十崎IC -(大洲市)
国道
編集県道
編集- 愛媛県道211号美川小田線
- 愛媛県道224号永木内子線
- 愛媛県道226号串中山線
- 愛媛県道228号坊屋敷小田線
- 愛媛県道229号鳥首五十崎線
- 愛媛県道230号柳沢新谷停車場線
- 愛媛県道241号池田中山線
- 愛媛県道242号五百木立山線
- 愛媛県道243号内子双海線
- 愛媛県道244号内子停車場線
- 愛媛県道245号河辺小田線
- 愛媛県道305号立石内子線
- 愛媛県道309号立川停車場線
- 愛媛県道323号論田袋口線
- 愛媛県道324号大瀬川中線
- 愛媛県道329号石畳中山線
- 愛媛県道340号上川小田深山線
- 愛媛県道342号池田川崎線
町道
編集- 八日市道路
- 町域の北部、護国地区から八日市、坂町へと抜ける旧大洲街道沿いに続く約600メートルの道路。正式な路線名は、内子町道坂町・八日市線および、内子町道岡・護国内子線の2路線で構成される。沿道に、宿場町から商家町へと連なる土蔵造りの歴史的建造物が建ち並び、八日市護国地区一帯が国の重要伝統的建造物群保存地区として選定されている[2]。歴史性と親愛性を基準に、「旅情をかきたてる『市』の道」として、1986年(昭和61年)8月10日の道の日に、旧建設省と「道の日」実行委員会により制定された「日本の道100選」の一つに選定されている[3]。電線の地中化や舗装の美装化が行われるなど、歴史的景観を損なわないように改修も行われており、当地区の観光の散策道路となっている[2]。
道の駅
編集街の駅
編集観光
編集名所・旧跡
編集- 主な寺院
- 主な神社
- 建築
- 主な史跡
- 曽我十郎首塚
観光スポット
編集- 文化施設
- 内子町ビジターセンター「A・runze」(1936年に警察署として完成[7]、2013年に完成した施設である[7]。)
- 道の駅内子フレッシュパークからり
- 五十崎凧博物館
- 天神産紙工場(手すき和紙)
- 堂ヶ谷トンボの里
- 石畳の宿
- 石畳清流園
- 大瀬の館
- 大瀬の米蔵
- 自然
百選
編集文化・名物
編集祭事・催事
編集- ねはん祭り - 高昌寺(3月14日 - 3月15日)
- 石畳東のシダレザクラ祭り - 4月上旬
- 川登筏流し - (4月第4日曜日)
- 曽我十郎神社大祭 - 5月
- 大凧合戦 - 五十崎(5月5日)
- 内子夏祭り - 内子(7月)
- 燈篭まつり - 小田(7月)
- 内子笹まつり - 内子(8月6日 - 8月8日)
- 山の神火祭り - 小田(8月15日)
- 内子座文楽 - 8月
- 上芳我邸観月会 - 9月
- 小田の郷ふるさとまつり - 11月
- 石畳水車祭り - 11月
名産・特産
編集出身関連著名人
編集- 高畑誠一 - 実業家、日商(後の日商岩井、現在の双日)創設者
- 大江健三郎 - 作家
- 森生まさみ - 漫画家
- 高橋龍太郎 - 日本のビールの祖、高橋ユニオンズ(プロ野球)のオーナー
- 上岡美平 - 洋画家
- 中川八郎 - 洋画家
- 沖野小百合 - 女子プロレスラー
- 冨永昌敬 - 映画監督
- 村上節太郎 - 地理学者、愛媛大学名誉教授
- 森本三義 - 松山大学学長(2007年(平成19年)1月1日 - )
- 米田吉盛 - 神奈川大学創設者
- 稲月明 - 肺癌医師のホームページ、『僕はガンと共に生きるために医者になった』著者
- 五十崎由記 - 小説家
- 宇都宮真由美 - 元衆議院議員、弁護士
- 三田杏華 - 演歌歌手
- 伊達功 - 思想史学者、松山大学名誉教授
脚注
編集- ^ “第1章 内子町の歴史的風致形成の背景”. 内子町. 2024年9月26日閲覧。
- ^ a b c d 「日本の道100選」研究会 2002, pp. 180–181.
- ^ a b 「日本の道100選」研究会 2002, p. 11.
- ^ https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/region/tedukuri/pdf/Part4_h1/4-88.pdf
- ^ https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/region/tedukuri/pdf/Part21_H18/H18_taishou_08.pdf
- ^ ドイツ・ローテンブルク市にて姉妹都市盟約を締結しました
- ^ a b c 内子町ホームページ(内子町ビジターセンター開館のお知らせ)
- ^ 平成25年12月24日文部科学省告示第161号。参照:読売新聞(2013年7月30日)
参考文献
編集- 「日本の道100選」研究会 著、国土交通省道路局(監修) 編『日本の道100選〈新版〉』ぎょうせい、2002年6月20日。ISBN 4-324-06810-0。
外部リンク
編集- 公式ウェブサイト
- 内子町商工会
- 内子町に関連する地理データ - オープンストリートマップ
- 地図 - Google マップ