法華狼の日記

他名義は“ほっけ”等。主な話題は、アニメやネットや歴史認識の感想。ときどき著名人は敬称略。

『ドラえもん』真夜中の巨大ドラたぬき

いつもの5人が裏山でツリーハウスを手作りしていた時のこと。宇宙警察官の少女ニーナは宇宙害獣モングを移送していた。しかしモングは逃げ出して地球に落下、裏山にあったドラ焼きにもぐりこみ、ドラえもんの体内へ侵入する。
やがてドラえもんの変調にあわせて、深夜の街に巨大生物が現れるようになる。巨大生物に壊されたツリーハウスは秘密道具でかわりを建てて、裏山に罠をはりめぐらせておくが、周囲の異変はおさまらない。
のび太は仲良くなったニーナから話を聞き、モングが惑星を滅亡させるほどの食欲を持っていると知る。そしてドラえもんの体内にモングが寄生していることに気づくが……


ドラえもん誕生日1時間SP。今年も水野宗徳脚本で、作画監督は三輪修と吉田誠。
コンテ演出を担当した高橋敦史はスタジオジブリ出身。ここ最近から各話スタッフに入り、腕をふるっていた。誕生日SPの映像表現は年々すさまじくなっているが、今年は期待を上回るレベルで極まっていた。
3年前の『鋼の錬金術師FA』スタッフが多く参加したSP*1ほどのサプライズはなかったが、宇宙空間の無重力アクションから、劇場作品のように多用されるロングショット、ていねいな動きの日常芝居、たっぷりの作画枚数を使ったメタモルフォーゼ、背景動画を多用した上昇下降アクションまで、見どころたっぷり。全体が良かったかわりに突出した場面は少なかったが、クライマックスでツリーハウスから落下するアクション場面は印象に残った。


風景描写も独特で、高橋敦史監督の映画『青の祓魔師−劇場版−』を思わせる。ロングショットで見あげたり見おろしたりして、こまごまと住宅の密集した街の全景が奥行きをもって描かれ、世界の広がりが表現されていた。
秘密道具によって作られたツリーハウスも、カラフルかつポップで、遊び場としてのアイデアいっぱい。それでいて植物の変形したものというルールを守り、装飾過多におちいらず、藤子F世界から浮いていない。デザインを手がけたのは『青の祓魔師−劇場版−』で劇中絵本を手がけたイラストレーター丹地陽子。そのツイッターでデザイン画を見ることができる。

高橋敦史ツイッターによると、丹地陽子はゲストキャラクターをふくむコンセプトデザインを担当したとのこと。

ゲストキャラクターのニーナもシンプルで可愛らしく、藤子Fらしいデザインにまとめていた。


ニーナは物語でつむがれる人間像もいい。モング捕獲を優先しようとする冷徹さと、パーマンへ熱狂的にあこがれる子供らしさ。ふたつのシンプルな動機で葛藤しながら行動し、短い出番で存在感を出しつつ、主役のドラマを邪魔しないバランス。
しずか、ジャイアン、スネ夫の3人も活躍が適度で、主軸のドラマを圧迫しない。ツリーハウスの建設や遊戯で存在感を出しつつ、ニーナやドラえもんの葛藤にはからまない。
最終決戦で助けられる展開はデウスエクスマキナじみているが、風変わりな伏線に驚かされたので*2、印象は悪くない。後から思えばデウスエクスマキナが登場してもおかしくない条件であったし、のび太も助けられるだけで終わらず奮闘しつづけてドラえもんを救う。
子供たちだけで秘密基地を作って遊ぶ楽しさに、ドラえもんが変調をきたす恐怖が徐々に混じっていき、引き離されたのび太が再会しようと奮闘して終わる。きちんと物語構成されたジュブナイルとして素晴らしかった。


なお、予告映像であおっていたパーマンの登場は、のび太がニーナとうちとけるための小道具にとどまっていた。星野スミレすら登場せず、連続した世界観ということを物語で活用していない。終盤のアクションで実体をもって登場したものの、TVモニターから秘密道具によってとりだされたキャラクターにすぎず、その人格は描かれない。あくまで藤子・F・不二雄生誕80周年にあわせた特別出演といったところ。
ただ、のび太は『パーマン』を架空の物語ととらえているが、異星人ニーナは『パーマン』のTV番組をドキュメンタリーとしてとらえている。この温度差を深読みすれば、やはり作中世界で過去にパーマンは実在して活躍しており、それを知らない子供が実録ドラマを完全フィクションと思いこんでいるとも解釈できる。そういえば原作でも、のび太が『パーマン』のTV番組を見ている場面があった。いろいろ考えていくと、虚構とも現実ともとれる巧みな脚本構成だったのかもしれない。

*1:感想はこちら。http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20100903/1283616782

*2:TVの周囲にある家電製品がエラーを起こしたのかと思った時も驚いたが。