双子素数予想に進展があった

 双子素数予想に進展があったことが、新聞報道された。
ぼくのところにも、ある新聞社の記者のかたから取材があり、専門家ではないけど知っている限りのことで協力した。
双子素数というのは、差が2の素数のことである。例えば、3と5、11と13、29と31などがそうである。素数は2以外はすべて奇数であるから、双子素数は「隣りあった(2でない)素数の最小の隔たりのもの」ということができる。双子素数予想とは、「双子素数が無限組存在する」という予想であり、紀元前のギリシャ時代から予想されていたがいまだに解決をみていない。
 今回の進展は、Yitang Zhangというニューハンプシャー大学の数学者によってなされた。それは、「Bounded Gaps Between Primes」と題された50ページ強の論文で、次の結果を与えている。
「隣り合った素数の隔たりが、7千万以下のものが無限組存在する(lim inf (p_(n+1)-p_n)<7×10^7」
これは、単に論文が出た、というのではなく、ann. of.mathe.という超一流のジャーナルにアクセプト(あるいは、アクセプトが推奨)されたということなので、ほぼ確実な結果なのだと思う。
「隔たりが2」と「隔たりが7千万」では雲泥の差、と思う人が多いかもしれないが、たいていの数学者はそうは思わず、「これは、すげえ」と感じると思う。なぜなら、今までこのタイプの定理は全く証明されたことがなかったからである。これまでのこの手の結果で良いものと言えば、「n+1番目の素数とn番目の素数の差が、n番目の素数の自然対数以下であるようなnが無限に存在する(より正確にいうと、lim inf (p_(n+1)-p_n)/log p_n=0)」程度のものであった。これでは保証される隣り合う素数の隔たりはどんどん大きくなってしまうので、双子素数予想とはほど遠い。
 Zhangの定理は、これまでの双子素数予想についての攻略法とはちょっと異なるものだと言える。これまでは、「隣り合う素数の隔たり」を計測しようとするのではなく、「pを素数とするとき、p+2の素因数の個数がどのくらい少なくできるか」ということが標的とされていた。そして、この攻略法での最良の結果は、「pが素数で、p+2が素数か素数2個の積であるようなpが無限個存在する」というものだった。この結果に対して、「素数2個の積」の記述を除去できれば、双子素数予想は解決されることになるが、それは不可能だと聞いたことがある。このアプローチで「素数2個の積」を除去するのは、方法論的に無理なのだそうだ。
 この攻略法は、ブルンという数学者が、「ブルンの篩」と呼ばれる方法によって開発したものである。最初は、「nもn+2も7個以下の素数の積であるような自然数nが無限に存在する」ぐらいから証明され、それがどんどん改良されて遂には、「pが素数で、p+2が素数か素数2個の積であるようなpが無限個存在する」に行き着いたらしい。
 今回のZhangのアプローチも、見た目には、「ブルンの篩」に近いをことをやっているように見えるが、素人だから確かなことはわからない。でも、「ど抽象的な」現代数学を使っているようには全く見えず、かなり初等的なアプローチ(で、ごりごりした計算)のように見える。問題は、Zhangの結果の中の「7千万」という数値を、これからどんどん縮めていって、いずれ「2」にたどりつくかどうかである。そうなるかもしれないし、どこかで止まってしまって、「原理的にこれ以上縮めるのは不可能」となるかもしれない。それは、これからの数学者たちの努力と運に委ねられるだろう。
 「ブルンの篩」のアプローチの面白いところは、双子素数予想に関する結果を示せれば、同時にゴールドバッハ予想の結果も出る、ということだ。ゴールドバッハ予想とは、「4以上のすべての偶数は、2個の素数の和で表せる」というもので、これもいまだに解決していない。
 「ブルンの篩」から「nもn+2も7個以下の素数の積であるような自然数nが無限に存在する」が得られたことで、同時に、「十分大きなすべての偶数は、7個以下の素数の積で表される2つの奇数の和で表せる」が得られた。このように(これまでのアプローチでは)、双子素数予想とゴールドバッハ予想は双対の関係にあったのだ。このタイプの現在の最良の結果は、「十分大きな偶数は、奇素数と、2個以下の素数の積との和で表せる」というものとのことである。なぜ、双子素数予想とゴールドバッハ予想に同時に結果を与えられるのかは、「ブルンの篩」のアプローチをざっくり眺めるだけで、素人にもなんとなくは理解できる。
 しかし、今回のZhangのアプローチでは、ゴールドバッハ予想に何かの結果を与えられるかどうかはわからないそうである。少なくともそういう報道はない。
他方で、「ゴールドバッハ予想にも進展があった」という報道もなされている。それは、「弱いゴールドバッハ予想」と呼ばれる予想が証明されたらしい、という報道である。
「弱いゴールドバッハ予想」というのは、「7以上の奇数は3個の素数の和で表せる」というものである。
ゴールドバッハ予想が証明されれば、同時に、「弱いゴールドバッハ予想」は証明される。なぜなら、nを7以上の奇数とすれば、n−3は4以上の偶数だから、ゴールドバッハ予想から、これは素数pとqによって、n−3=p+qと表せる。すると、n=3+p+qとなるからである。もちろん、この逆は自明には成り立たない。
今回の「弱いゴールドバッハ予想」の証明は、ウェブからダウンロードできるが、合っていることが確認された、ということはぼくの耳には入っていない。これも証明されればすごいことである。
 いずれにせよ、フェルマー予想解決、ポアンカレ予想解決、abc予想解決か?、双子素数予想に進展、弱いゴールドバッハ予想解決か?、という具合に、このところの数学の進化は目を見張るものがある。長く生きていると嬉しいことが起きるものだ。