VIC-II (MOS 6567/6569)
ファミリーコンピュータ登場以前のスプライト史で、もうひとつ忘れてはいけないのが、コモドール64の存在です。コモドールは傘下にMOSテクノロジという個性的な半導体メーカを抱えていました。ヴィデオゲーム方面にはさほど熱心な会社ではなかったのですが、それでも1977年〜1978年頃には、ゲーム機やターミナル機を視野に入れたMOS 6560, 通称VIC (Video Interface Chip) というグラフィクスチップを一応発売しています。
VICは最高506枚のパターンブロックを軽快に描画することができるものですが、スプライト機能は持っていませんでした。そのせいか、これを使ってゲーム機を作ってみようという会社はなかなか現れず、痺れを切らしたコモドールは、結局自分たちでパソコンを組んで売り出しています。これが超低価格ホームコンピュータとして成功を収めたVIC-1001 (VIC-20) でした。
VIC-1001の発売から三ヶ月経った1981年1月、そのチップ開発を手がけたアルバート・シャルパンティエ氏らを中心とするグループは、後継チップの開発計画を発動しています。次なる目標は、VICのような廉価路線ではない、最高級のヴィデオゲーム用チップセットを作ることでした。彼らはアーケードや家庭用ゲーム機で、そのようなチップセットの需要がきわめて大きいはずだと確信していたのです。
開発に先駆けて、彼らは既存のグラフィクスチップを研究することにしました。まず当時最新のゲーム機・インテレビジョンを徹底的に検証し、次にTI99/4Aとアタリ800にも触れています。一連のチップのなかで、特に注目を惹いたのはTI99/4AのVDPの設計でした。およそ二週間の調査を経て、彼らは一連のチップが今後どう進化するかについて予測をたて、その先を行くことを目標に開発プランをまとめました。
新型チップは約10ヶ月ののちに、MOS 6567 (通称VIC-II) として完成します。しかしコモドールはその直後に、ヴィデオゲームメーカにはVIC-IIを供給しないという方針を固めました。この一年の間に、ヴィデオゲーム市場のパイ争いが急速に過熱していたため、今からそこに参戦しても、実入りは少ないだろうという判断がはたらいたようです。
コモドール社長ジャック・トラミエル氏はその代わりに、VIC-IIを使って新型ホームコンピュータを開発するという決定を下しました。そして約1ヶ月後のコンシューマ・エレクトロニクス・ショウ (CES) に試作機を出品せよとの指令を出します。あまりに急な路線変更に、コモドールのエンジニアたちは慌てふためきました。わりあい急ぎ仕事の多いコモドールにあっても、これは前代未聞の過酷なスケジュールだったといいます。彼らはわずか2日で基本設計をまとめ、それから既存のVIC-20を突貫工事で改造して、なんとか5台を完成させました。
ところが、かくも急ごしらえのものだったにもかかわらず、この試作機は望外に大きな注目を集めることになります。そしてその年のうちに、コモドール64として製品化されるに至るのです。出荷開始は1982年9月。任天堂のファミリーコンピュータが発売される、およそ1年前のことでした。
コモドール64のグラフィクス能力は、ファミリーコンピュータにこそ及びませんが、当時としては確かに最高クラスの性能でした。しかしその特徴を分析してみると、それほど独創的な技術は使われていないことが分かります。それもそのはずで、VIC-IIはそもそも、既存のチップから美味しいところを拝借するかたちで開発されたものだったのです。
コモドールはスプライトのことを「ムーバブル・オブジェクト・ブロック」(MOB) と名付けていました。最初はVDPにあやかって「スプライト」と呼んでいたのですが、これに対してテキサス・インストゥルメンツからクレームが付いたため、不本意ながらこの名に改称しました。VIC-IIはMOBを画面内に8枚まで表示できます。表示枚数からいってSTICを念頭に置いていたのでしょうが、1枚につき3色を割り振ることができるという点は、大きな違いでした。VIC-II以前のグラフィクスチップはいずれも単色スプライトしか扱うことができず、3色使おうと思えば3枚のスプライトを重ね合わせる必要がありました。そういう意味では、VIC-IIのスプライト8枚は、STICやVDPなどの24枚分に相当するといえなくもありません。ただしこのマルチカラースプライトには、横方向のピクセル数が単色スプライトの半分になるという弱点もありました。初期のゲームソフトはこれを嫌い、むしろ単色スプライトを多用しています。マルチカラースプライトの真価が発揮されるまでには、少し時間がかかりました。
背景描画システムは、VDPを意識したと思われるパターンブロック方式になっており、やはり擬似的なビットマップ描画も可能です。解像度はVDPより2割ほど細かくなっていますが、VIC-IIが真価を発揮するのは、むしろ低解像度モードにおいてでした。スプライトと同じように背景パターンもまた、横方向のピクセル数を半減させることで、発色数を倍増させることができたのです (2色→4色)。ゲームソフトはたいていこのモードをメインに使用していました。
このように、VIC-IIは技術的な飛躍ではなく、解像度と発色数を絶妙なバランスでトレードオフすることで、小さなアドバンテージを最大限に引き伸ばすことに成功していたわけです。
機種 (発売年) | グラフィクスチップ | 最高解像度 (フルカラー時) | 同時発色数 | スプライト枚数 (サイズ) | スプライト1枚あたりの発色数 | 背景 |
Atari VCS (1977) | TIA | 160x192 | 128 (8色16階調) | 5 (8ピクセル幅x2 + 1ピクセル幅x3) | 1 | 擬似ビットマップ (20x192を左右対称に配置) |
Atari 400/800 初期型 (1979) |
ANTIC + CTIA | 320x192 (160x96) | 8 (スプライト4+背景4) | 5 (8ピクセル幅x5) または 8 (8ピクセル幅x4 + 1ピクセル幅x4) |
1 | ビットマップ |
Atari 400/800 後期型 (1981) |
ANTIC + GTIA | 320x192 (80x192) | 20 (スプライト4+背景16) | 5 (8ピクセル幅x5) または 8 (8ピクセル幅x4 + 1ピクセル幅x4) |
1 | ビットマップ |
Amiga 1000 (1985) | AGNUS + DENISE | 640x256 (320x256) |
4096 (基本16色を加工) | 4または8 (16ピクセル幅) | 16 (4枚) または 4 (8枚) |
ビットマップ |
Intellivision (1980) | STIC | 160x96 | 16 | 8 (8x8) | 1 | パターン (8x8/2色) 240枚 |
TI-99/4 (1979) | VDP (TMS9918) | 256x192 | 16 | 32 (8x8または16x16) ※4枚/ライン |
1 | パターン(8x8/2色) 768枚 ※256種から選択 |
TI-99/4A (1981) | VDP (TMS9918A) | 256x192 | 16 | 32 (8x8または16x16) ※4枚/ライン |
1 | パターン/擬似ビットマップ (8ピクセル幅/2色) 768枚 |
Sega Mark III (1985) | 315-5124 | 256x192 | 32 (スプライト16+背景16) | 64 (8x8または8x16) ※8枚/ライン |
16 | 擬似ビットマップ/パターン(8x8/16色) 768枚 ※448種から選択 |
MSX2 (1985) | MSX-VIDEO (V9938) | 512x212 (256x212) | 256 | 32 (8x8または16x16) ※8枚/ライン |
16 (1色/ライン) | パターン(TMS9918A相当)/ビットマップ |
Commodore 64 (1982) | VIC-II | 320x200 (160x200) | 16 | 8 (24x21または12x21) | 3 (12x21時) | パターン/擬似ビットマップ (8x8/2色または4x8/4色) 1000枚 |
Family Computer (1983) | PPU | 256x240 | 25 (スプライト12+背景13) | 64 (8x8または8x16) ※8枚/ライン |
4 | パターン (8x8/4色) 960枚 |
VIC-IIのバリエイションとしては、コモドール64C (後期型) に用いられた省電力タイプの8562/8565、コモドール128に用いられた倍速クロック対応タイプの8564/8566 (VIC-II E) などがあります。しかし目立って大きな変更は、1990年頃にコモドール65が試作されるまでありませんでした。コモドール65には、VIC-IIIことCSG 4567が搭載されています。これはアミーガ的な拡張を行ったものだったため、スプライトに関しては何も改良されていません。