「防災をもっとオシャレにわかりやすくして、防災が当たり前の世の中をつくる」ということをビジョンに活動する一般社団法人・防災ガール。その代表を務める田中美咲さんに話を聞く、今回はその後編(前編はこちらからどうぞ)。防災ガール立ち上げの経緯や、同団体の現在の活動などについて、“防災の鬼”渡辺実氏が斬り込んでいく。

 東日本大震災直後に社会人となった田中さん。IT系の広告代理店に入社するも1年半で転職。震災後に立ち上がった公益社団法人に入って、福島県に住みながら情報発信を行っていく。防災にのめり込んでいく田中さんだが、防災への興味のきっかけは「興味がない」ということだったという。パラドックスのような話だが、これが彼女たち世代のリアルだ。

「防災って面白くないんですよ。絡んでくる法律とか仕組みは調べれば調べるほど複雑だし、無味乾燥。ぶっちゃけ興味がわかない。ものすごく大切なことなのに面白くない……。そういう部分にがぜん興味が湧いてきたという感じなんです(笑)。これをなんとか面白く、興味をもって挑戦できるようなものにしていきたいって思ったんです。そうしたことから防災ガールのテーマの根幹である『防災というものを面白く、興味深く“翻訳する”こと』が見えてきたんです」(田中氏)

 そして東日本大震災からちょうど2年目の2013年の3月11日、防災ガールは設立された。

「防災ガール、そのネーミングとかコンセプトの出どころはどういったところにあったんですか?」(渡辺氏)

「最初はものすごく安易だったんです。当時“森ガール”とか“山ガール”が流行っていました。自分たちの趣味や生き方をファッションでアピールする女の子たちですね。そこをちょっとひねって、考え方とか生き方でアピールするやり方を提案しようというところから、防災をすることがかっこいいとか、防災することがおしゃれという時代がきてもいいんじゃないか、と思うようになったんです。成功するかどうか、その確証はなかったけど、『防災をおしゃれなライフスタイルにする人』を増やしたい、という思いですね。まずはその土壌となる集合体をつくるために“防災ガール”というネーミングで始めました」(田中氏)

 現在、全国に111人ほどの防災ガールが様々な活動に従事している。ただ、ガールといっても女性限定というわけではない。

「約7割が女性で3割が男性、という感じです。平均年齢は26歳くらいです。半年に一度程度の割合で入会のための面接をしています。その際、防災の知識の有無などはあまり問題にしていません。それよりいかにやる気やモチベーションがあるか、私達の思いにどれだけ深く共感してもらえるか、そうしたところを主に見させていただいています」(田中氏)

 防災ガールの最終的なヴィジョンは、「防災が当たり前の世の中になること」だ。そのため、大きな網を広げるのではなく、ターゲットを絞り込んで訴求していく。広告代理店で学んだ感覚が日々の団体運営に行かされている。

女子のこだわりを生かして商品化

「主なターゲットは私たちと同世代の20代の女性。実はここって“防災している人”が少ないんですよ。だからまずはこの年齢層に向けて防災を発信していこう、という考え方のもと活動を始めました。自分たちの周りだけだったら口コミで十分ですけど、それには限界があります。口コミの届かないところにどうアピールするか、そこを考えると、“わかりやすい防災”“おしゃれな防災”というようなことをどんどん考えて、発信するってことに行き着くんです」(田中氏)

 そうした意識を「おしゃれな防災グッズ」という形に落とし込んで誕生したブランドが「SABOI」だ。例えば、ドレッシーな装いにも耐えられるパンプスとして「POCKETABLE SHOES」を発売した。

2014年3月から1年間発売した「POCKETABLE SHOES」。価格は3132円で1000個を完売した
2014年3月から1年間発売した「POCKETABLE SHOES」。価格は3132円で1000個を完売した
これならドレスにでも合わせることができる。ソールが丈夫に作られているので、長時間の歩行にも耐えられる
これならドレスにでも合わせることができる。ソールが丈夫に作られているので、長時間の歩行にも耐えられる
ポーチを開くと、トートバッグに早変わり、履き替えた靴はこれに入れて持ち運べる
ポーチを開くと、トートバッグに早変わり、履き替えた靴はこれに入れて持ち運べる

「『SABOI』は“防災”をもじりました。この靴なら帰宅困難者になってもおしゃれを貫くことができます。女子ってそういうところにこだわるんですよ(笑)。底が硬くて20キロメートル以上歩いても大丈夫なように作りました。帰宅困難時だけでなく、例えばパーティや結婚式のときってドレッシーな装いになりますね。でもピンヒールでは素早く行動することや遠くに逃げることができません。だからドレスの足元はこのSABOIのパンプスを履いて、会場についたらヒールに履き替える。そうした使い方もできます。ポーチは開くとトート型になるから、履き替え用のヒールを入れて持ち運ぶこともできるように工夫しました」(田中氏)

「田中さんが時々口にする“防災する”っていうフレーズはいいですよね。僕らおじさんにはとても新鮮です(笑)。水と安全はタダと言われてきた日本の姿が大きく変わっています。防災はそこにあるものではなくて、見つけ出して実践していくものなんですね。だから防災する。例えば“スポーツする”といえば机の上でスポーツの歴史や理論を学ぶことじゃないですね。同じように“防災する”とは具体的に行動して、やってみて、自分のものにしていく、そうしたメージがあるんでしょう。もっと防災する人が増えるといいですね」(渡辺氏)

防災を最小単位まで落とし込む

「防災って本当にイメージがわかなくって。ぱっと思いつくのが避難訓練、くらいです。それだって楽しくないから多くの人たちはなかなか参加してくれない。災害を防ぐ防災、そして災害を減らす減災。そうしたことをもう少し噛みくだくとどうなるのか、って思ったときに、例えば普段からヒールを履くんじゃなくて、これをスニーカーにするだけ。たったそれだけでも十分に“防災する”ことになる。そうしたことを伝えていきたいです」(田中氏)

 なるほど、“防災する”と“防災を学ぶ”は似ていて非なるものであるようだ。

「地震がきたら机の下に隠れる。でもそれだけじゃなくて、目の前の机が隠れるに足るほどの強度があるか、その部分を“考える”のも防災することにつながります。そうしたことを広めていくのが防災ガールの役目だと思っています。自分たちの生活の中でやりやすい防災というものを“最小単位”まで落とし込んで、これをみんなでやっていこうということなんです」(田中氏)

「そこに女性(ガール)というくくりをつけたわけですけど。その狙いはどういったところにあるんですか?」(渡辺氏)

「最終的には、私達と同じような人たちの意識改革をしたいというところがあったので、コアターゲットは“20代女子”にしようというのは最初からありました。でもこれはゆるやかな枠組みですから、同年代の男性もたくさんいます」(田中氏)

「僕が『彼女を守る51の方法~都会で地震が起こった日』(マイクロマガジン社)という本を作ったとき、女子大の図書室とか女子大の中にある本屋さんだけをターゲットにして販売しよう、という戦略を考えました。そこだけに限定で売ろうってね。でも残念ならが、出版社から『それは無理です』ってことになって普通の流通にのせて書店・通販売りをしたんだけど(笑)。

 何が言いたいのかといえば、女の子が防災について知れば、自分の周りにいる男性の防災力を評価するようになるんじゃないか。この彼はいざというとき、私を守ってくれるのか、頼れるのかしら、ってね。彼女に“防災に疎い男子はダサい”って評価を下されれば彼氏は頑張るでしょ(笑)。だからつられて男子も防災を身につけようとするだろう。そういう思惑があったんだよね」(渡辺氏)

「いいですね。私もその考え方に少し近いかもしれません。あと、防災もおしゃれであってほしい。そんな女の子らしい意識がいつも根底にあります。だからバッグの中に収まる防災ポーチをプロデュースしたこともありました。緊急避難用のリュックもいいんですけど、防災のためのリュックを背負っている姿を大好きな彼氏に見られたくないって女子は必ずいます。そうした声を参考にして作ったのが化粧ポーチ感覚の『BOSAI PORCH』です」(田中氏)

ガールらしく、髪の毛を束ねるためのゴムやヘアピンも入っている。価格は2700円。2014年3月から1年間で1000セットを完売した
ガールらしく、髪の毛を束ねるためのゴムやヘアピンも入っている。価格は2700円。2014年3月から1年間で1000セットを完売した

「やっぱり同じことを考えてるんだなぁ(笑)。僕もこれまでいろいろな防災グッズをつくってきました。男性サラリーマン向けのバッグインバッグ式のグッズとか、女性のポーチ型も作りました。まさに“防災する”という意識の普及ですね」(渡辺氏)

 取材の最後に“防災の鬼”渡辺実氏から一言アドバイス。

「防災ガールを名乗るのであれば、今後は例えば“心肺蘇生”や“応急手当”などの救命救急技術を身につけるといったスペック面を充実させるといいですよね。そうした人が全国のいたるところにいるというだけでかなり心強い。有事の際には防災ガールのTシャツをサッと着る。そのTシャツを着ている人たちはすべて心肺蘇生などの技術がある。頼りになるし、なによりかっこいいですよ!」

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