二〇一二年 五月九日 春美市 森林地帯 18時50分隆義は智夫とともに、この森の中を抜けるべく歩いていた。
隆義の目指していたスーパーヨシダは麓近くにある店なので、
女性の悲鳴を聞いて駆け付けたからといっても、
それほど山の上まで来た訳ではなかったはずだった。
(それにしても、この人はいったい何者なんだろう)
隆義は訝しいと思いつつ、智夫を一瞥した。
(この民間人の少年を"妖魔"に襲われるのを助けたのはいいんだけど・・・)
智夫はこれからどうするかを考えていた。
自分が拳銃を携帯していることから、彼も自分の事を安全な相手だとは思ってないだろう。
だからといって、このまま彼を一人で帰す訳にもいかない。
まだあの両目がない"妖魔"が死んだわけではないからだ。
自分の身分を明かしてから森を協力して抜けるべきだろうか。
お互いが何者か知らないまま、あの"妖魔"に再び遭遇してしまったら、
それこそ危険かもしれないからだ。
少なくとも協力できるようにはしておくべきだと智夫は思った。
「ねぇ、提案なんだけどお互い自己紹介しないかい?」
隆義は目の前のスーツ姿の男性に突然言われて驚いた。
ここまで二人で歩いてきたが、二人とも一言も喋っていなかったからだ。
「え・・・、自己紹介ですか・・・?」
「このまま無事に抜けられればいいんだけど、
これだけ歩いていて道路も見えてこないからね」
「長丁場になりそうだから、
お互いの事を知っておいた方が後々いいと自分は思ったんだけど」
そこまでいって智夫は笑顔を作って"どうかな?"と続けた。
隆義はその提案を了承することにした。
確かにこのままお互いの事を知らないというのは、あまりにも不安だった。
助けてくれたとはいえ、拳銃を所持している人といるのはやはり怖いのである。
「分かりました」
「ありがとう。じゃあ、提案した自分から自己紹介するよ」
智夫は自分の所属となぜこんな山の中にいるのかを隆義に話し始めた。
「自衛官、ですか?」
隆義が呟くと、智夫は頷いた。
手の前にいるスーツ姿の男性は山口 智夫さんというらしい。
現役の自衛官で、千神山にはとある調査で来たらしいのだが、
一緒に来たもう一人の自衛官とはぐれてしまい、
探している時に隆義が襲われているのを見て助けに入ったという。
隆義の事を気遣って"妖魔"の事は伏せた。
取り敢えずは化け物だと言っておいたのが、
知ってしまえば巻き込むことになるかもしれないという智夫の気遣いだった。
他には詳しい所属部隊名や調査内容は流石に伏せられたが、
身分証明書を見せられたので、取り敢えずは信用しても良さそうだと隆義は思った。
というよりも信じるしかないと言った方が正しいかも知れないが。
「高校生か。なるほどね、どうりで若い訳だ」
智夫は目の前にいる、橘 隆義君を見て笑顔を浮かべた。
この少年は春美市にある「公立春美高校」に通う高校生だという。
隆義も「白虎」の事や"妖魔"について知っていることは伏せていたが、
他の事は隠さずに智夫に話したのだった。
これで二人はお互いの事を知ったことになった。
二〇一二年 五月九日 春美市 森林地帯 18時58分「ふふ、あはは。見つけた!見つけたぁ!」
その時、突然両目がない"妖魔"が二人の前に現れた。
「痛いよぉ!痛いのぉ!あははっ!」
先程の智夫が打ち込んだ銃弾の傷がまだ痛むのか、
若干動きが変だが、狂気に支配されている狂人の顔がそこにはあった。
「もう動き出してきたのか!」
そう智夫は言うとともに、ベルトに掛けてあるホルダーから、
9mm拳銃を素早く引き抜いた。
「痛いのはもうさせないよぉっ!」
智夫が9mm拳銃を引き抜くと同時に両目がない"妖魔"は、
智夫の腕を思い切っり掴んで、発砲をするのを邪魔した。
"妖魔"から腕を振りほどこうとするが、しかし予想以上に強く掴まれているので、
簡単には振りほどけそうもなかった。
そして次の瞬間、"妖魔"が智夫の腕を上げたかと思うと、
木に向かって智夫の体を強く投げた。
辺りに大きく音が響くと同時に、智夫の体は木に叩き付けられてしまった。
「山口さん!」
隆義はどうすればいいのか分からずに立ち竦んでいたが、
智夫が木に叩き付けられたのを見て、思わず智夫にのもとに駆け寄っていた。
どうやら、死んではいないようだが、
双頭に強く叩き付けられたので、すぐには体を動かせそうもなかった。
頭からは血が流れている、どうやら地面に軽くぶつけてしまったようだ。
(どうすれば!?)
隆義はハッとなり、智夫が持っている9mm拳銃に目をやった。
この拳銃なら、少なくともあの両目がない"妖魔"の足止めは出来るはずだ。
足止めしたその隙に山口さんを背負って逃げるしかない。
隆義はそう決心して、智夫から9mm拳銃を手から取り、
両目がない"妖魔"に向かって9mm拳銃を構えた。
「あれ?なんで・・・!?」
9mm拳銃を構えたがいいが、三回ほどトリガーを引いても発砲できなかった。
この時まだ隆義は9mm拳銃の撃鉄を起こしていなかったのだ。
この時は早く撃たなければいけないという焦りや、
殺されるという強い恐怖が隆義を襲っていたのだ。
そんな状態で撃鉄を起こして、上手く発砲するなど出来る訳がなかった。
(逃げるんだ、橘君・・・)
一人でも逃げて欲しいと智夫は内心では思いつつも、
先程の投げ付けられた衝撃のせいで、上手く喋れない。
迂闊だった、自分が死んでも彼を逃がすべきなのに・・・。
そんな思いが智夫の中に生まれていた。
しかし、両目がない"妖魔"はじりじりと隆義に迫っている。
狂気じみた笑みを浮かべて、一歩一歩しかし確実に迫っているのだ。
そしてついに隆義に手が届くまでの距離に着いた時にそれは突然放たれた。
「離れろ!」
隆義は声に従うままに、"妖魔"から離れた。
そして、次の瞬間三つの炎の塊が両目がない"妖魔"に当たり、
一瞬にして"妖魔"を焼き尽くしてしまった。
あまりに一瞬過ぎて"妖魔"は断末魔を叫ぶ事すらできずに灰になった。
「おい、お前!怪我はないか!」
隆義は空の方から声がしたのでその方向を見ると、
なんとそこには人が浮かんでいた。
印象的な灼眼の瞳、肩ほどまでに伸びた赤黒い髪の色。
そして右の耳に勾玉のピアスを付けている。
Tシャツにジーンズとラフな格好だが、どこかに力強さを感じさせている。
年は青年といった感じを想像させる。
「どうした?どこか怪我でもしているのか!」
一見すると畏怖を感じさせるような瞳を持っているのだが、
隆義を心底心配しているようで、近付いて隆義の体を見渡した。
「ん、怪我はしてないようだな?返事がないから驚いたぞ」
「え?ああ、怪我は大丈夫です。それよりも、あなたは・・・?」
隆義がそう問いかけると灼眼の瞳の青年は自ら名乗った。
「ああ、そういえばまだ名乗ってなかったな」
そう言い終わると一拍おいて灼眼の瞳の青年は言った。
「俺の名前は朱雀、朱雀だ」
やっと二人目の神獣の朱雀が出たよー。
あと、山口さんは
四神獣奇譚・第一話「始まりの日・前編」で、
千神山の社を調べていた二人の内の一人だよー。
絵も完成させたいなぁ。
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