シートン俗物記

非才無能の俗物オッサンが適当なことを書きます

原子力という幻想

首相「原子力発電の推進」明記に前向き 温暖化基本法案
http://www.asahi.com/politics/update/0306/TKY201003060233.html

鳩山由紀夫首相は6日、近く閣議決定予定の地球温暖化対策基本法案について「原子力はCO2(二酸化炭素)を減らすには欠くことのできないエネルギーだ。基本法の中でも位置付けていきたい」と述べ、「原子力発電の推進」を明記することに前向きな姿勢を示した。都内で記者団の質問に答えた。

 同法案での原子力発電の扱いをめぐっては、社民党の福島瑞穂党首が5日、「温暖化防止に原発が切り札になるかどうかは両方意見があり、社民党は問題があると考えている」と反対の姿勢だ。

 首相は「原子力は廃棄物や安全性の問題もあるが、安全を確保するというさらに高い目標を作って、それを果たすことを前提にする」とも述べ、法案での表現については、福島氏の意見にも配慮する姿勢を示した。


どこを取っても対応に腰の定まらない鳩山政権ですが、原子力は“温暖化”対策になどなりませんよ。
うーん、相変わらず原子力に対する“信仰”が広まっているようで、困ったモンです。原子力が今後のエネルギー問題にまったく役に立たない、事を説明してきたのだが、そのへん理解していないようで。で、もう少し原子力の役立たず事情を説明していこう。


もともと、希少元素であるウラン*1を利用する、という段階でエネルギー源として問題がある。
ちょっと、下に載せるサイトを参考にして頂こう。


[PDF]エネルギー資源の可採年数
http://www1.bstream.jp/~gencon/html/11/ene/200510.pdf


[PDF]世界のエネルギー資源確認埋蔵量
http://www.fapig.com/mame/pdf_file/1.pdf


2004年現在の状況でウランの可採年数は85年、と見積もられている。では、現在の原子力発電状況はどんなものか。


【図解】世界各国の原子力発電の状況
http://www.afpbb.com/article/politics/2338083/2532972


実に、2005年現在で440基の原子炉が稼働している。発電総量トップはアメリカ。断トツだ。二位にフランス、そして日本と続く。特筆すべき点は、アメリカが発電総量でトップにありながら、原子力の発電能力に占める割合が18%である事だ。二位のフランスはともかく、三位の日本も30%ほど。
ということは、アメリカが“エネルギー需要を考慮せずに、温暖化を抑え化石燃料資源に過度に依存しないため”の選択肢として原子力を選択すれば、とたんに可採年数は一気に下がる、事は理解出来るだろう。フランスを除けば各国の原子力の発電に占める割合はいずれも5割に満たない。つまり、エネルギー総需要自体を減らす事は“現実的ではない”、自然エネルギー供給力増大も“現実的ではない”として、その分を原子力に頼るとすれば、先進国分だけで可採年数は半分以下、40年を切るのである。


この中には、将来の状況を危ぶんだ中国もインドも含まれてはいない。先進国が“自分たちを省みず”エネルギー(資源)総需要を下げない − 経済にダメージを与えるから − とすれば、途上国は自らの目指す目標を「先進国並み」においており、それを目指すことを当然の権利と考えるのだから、最低でも“日本並み”のエネルギー需要を求めるだろう。それを日本がそうするように、原子力に依存するとなればどうなるか。現時点で、人口12億の中国と10億のインドの日本並みのエネルギー需要はそれぞれ日本の10倍以上の電力総需要を意味する。その“大半を”原子力に頼るとすれば、さらに可採年数は激減する事がわかる。単純な計算では10年を切る。にもかかわらず、大量の放射性廃棄物だけが残される。これでは、未来を担うエネルギー源などにはなりえない。


もちろん、原子力の推進には時間が必要であり、建設も急激には進まないだろう。原子力依存が進むほどウランの価格も高騰し、需要には一定の歯止めもかかる。可採年数もその分伸びるだろう。しかし、であればさらに温暖化対策を含め、現在のエネルギー・資源問題の解にはなりえない。
G原子力に関する論議は、この点を華麗にスルーしているのである。


プルサーマルを利用した場合でも3割と伸ばす事はできない。では、「高速増殖炉」ならどうか?この場合、可採年数は大きく伸ばすことが出来る。が、「高速増殖炉」は未だ実用化されていない、というか入り口にさえ辿り着いていない。そんなものに期待するのは、それこそ“典型的な絵に描いた餅”と云えるだろう*2。


では、なぜ

省エネが進まず脱原子力をやめた英・伊,見直し検討中の独,瑞を含め欧州も原子力に依存しつつある


のだろうか。実は、ここに大きな問題があるのだ。
世界各国で「温暖化対策に原子力の拡大が必要」と説く側は、大概、温暖化対策に不熱心な連中なのである。


アメリカの旧ブッシュ政権は典型的で、温暖化対策に関して消極的、というより無視し、その一方で穀物によるバイオエタノール推進策*3を導入した。バイオエタノール推進は穀物メジャーの大幅な利益増には繋がるが、温暖化対策には役立たずだ。しかも、その一方でアラスカ(国立公園内)の原油生産にゴーサインを出した*4。
そんなチグハグな政策を取る旧ブッシュ政権が熱心だったのが原子力であり、電力会社に強力なインセンティブを与えた。それだけのインセンティブを何故総需要削減や自然エネルギー、排出権取引などに向けないのかまったく不可解である*5。オバマ政権も支持者の反対に遭いながらも、国内意見の合意にこぎ着けようと、原子力への傾倒を打ち出している。


日本でも、経団連は根本的温暖化対策導入には不熱心なくせに、原子力の積極的導入に触れている。
排出量で大きな比率を示さない家庭部門には口を挟みたがるが、運輸部門は新技術開発頼み、産業部門はシカト、というチグハグさ。


イタリアでも脱原発を打ち出したのは、温暖化対策に熱心だった左派連合の政権であり、ベルルスコーニはかつて温暖化対策に不熱心であった。その彼が政権を奪取して打ち出したのが、脱・脱原発である*6。
ドイツでも、温暖化対策に主導をとったのは、SPDと連立して政権に加わった緑の党であり、経済界の支援を受けたCDUは温暖化対策に不熱心だった。脱・脱原発は、その経済界が働きかけを行っている。
イギリスでも事情は似たようなもので、原子力に熱心なのは原子力産業*7と関係の深い保守党側であり、労働党政権中枢部は、それに引きずられるように原子力に傾倒した*8。だが、イギリスの保守党の重鎮、サッチャーの残党達は、温暖化対策に懐疑的である。


「神話」か? 「真実」か?[後編]
元英財務相の痛烈な政権批判

http://premium.nikkeibp.co.jp/em/source/13/index.shtml


ちなみに、この温暖化懐疑論に見る所がある、と書いている著者も、東京電力の社員であり、原子力関連担当者である。


中国、インドも温暖化対策にまったく後ろ向きであるにも関わらず、原子力には熱心である。


ここから判るのは、“彼ら”が、環境問題(地球温暖化を含む)を“内部”の問題と捉えることが出来ず、相変わらず“外部”の問題、と捉える頭の古さである。彼らは長期的なスパンで物事を捉えることが出来ないため、気候変動の影響を過小評価する。一方で、一般の人の意識が温暖化対策に同意している事を利用し、“役に立つ前に終わってしまう”原子力を売り込もうとする。
連中の意見を真に受けるほどアホな話はない。


では、原子力を拡大せずにどうすればいいのか?
答えは、ドイツが行っているような対策を“一足飛び”に行う事。とりわけ途上国において。
例えば、中国の大都市圏で、再び自転車をメインの交通と位置づけてもいいはずだ。少なくとも、20年前はそれでやっていたのだし、オリンピック開催中、北京市内をそうしたら、大気汚染も減り、渋滞も解消した。その方が「合理的」にも関わらず自家用車による都市内交通に拘る彼らを呪縛しているのは、「先進国の生活へのあこがれ」だ。だとしたら、先進国の側が(とりわけアメリカが)、あこがれとなる、見本となる、生活を適したものに変える必要があるのは当然だろう。


先進国側が、大量生産・大量消費なんて今更ダサい。カッコいいのは、目指すとしたら、“ほどほど”の生活だよ。自分の周りでエネルギーも物資も大体賄える生活が、オレ達が目指す、アンタらが目指すべき、生活なんだよ。と、意識啓発しなければ、文明は持続可能にはならないのだ。


実は、途上国へのそうした働きかけは、先進国側にもメリットがあるのだ。持続可能性の高い技術生活スタイルの市場拡大が図れるからである。
例えば、太陽光発電。インドは亜熱帯で太陽の高さが先進国に比べて高い。そして、大体毎日スコールがある。屋根材として太陽光発電パネルを設けた場合、先進国の大概より格段に効率が良い。
インドで太陽電池産業を興せば、その市場規模は好影響だ。必要なインセンティブは、原子力産業を進めるより安価であり、より効果的だ。


ダメ押しすれば、使用済み核燃料の後始末は、どこでも未だ未解決の問題だ。日本に限らず先進国全体で原子力産業の隠蔽体質は問題になっているのに、中国やロシア、インドらがそれよりマシな対応をとるだろうか。


原子力が必要だと唱える連中は、あまりにも環境や文明のありかたについて、無知すぎる。勉強し直せ。

*1:一般的にレアメタルとして扱わないが、産出量自体はレアメタル並み

*2:技術的な問題点は既に過去のエントリーで説明している

*3:今更解説は不要だろうが、穀物価格の上昇を招いた。さらに、穀物によるバイオエタノールは、カーボンニュートラルにする事が困難

*4:現在、共和党はメキシコ湾岸の石油採掘を認めようとしている

*5:これは修辞であり、ブッシュの背景は見え見えであるが

*6:他にも、首相の犯罪免責や、ロマ迫害に熱心

*7:イギリスでは同時に兵器産業とも密接に関連している

*8:これが、二大政党制の欠点の一つ。ある程度以上の発言力がある産業界を取り込もうとすれば意見を無視出来なくなる。