じこちかく

寄生獣は中学生くらいに読み始めて嵌ってしまった大好きな漫画の一つなんだけど、コレも感情萌芽モノだと勝手に思ってる。
ストーリーの初めの方で、寄生生物の頭に何者かから、この種を喰い殺せという命令が来たことを明らかにする。
命令→プログラム
行動原理はプログラムによるというのは、コンピュータを連想させる。
この種を喰い殺せという至上命題と、それを達成するための生命維持というのが、行動原理として与えられているのだろう。
ところが、擬態を巧妙にする為にヒトの振る舞いを身につけ、ヒトの行動を予測するためヒトの外的行動から感情というモノを推察する行為を繰り返しているうちに、至上命題を達成する為に採るべき行動と相反する行動を選択してしまう・・・
これは感情なのだろうか?
行為を行った後に観察された自己の変化、それはヒトの楽しいという感情を検出する際に収集したデータと一致していた。
どらねこが寄生獣の中で一番印象に残った場面をあげるとすれば、パラサイト田宮 良子が死を迎える瞬間、鏡に向かって大声をあげて笑ったことを回顧し、感情の断片を吐露したところ。まぁ、寄生獣の場合は最初から意識もあるし、感情描写も見られるけどね。(彼ら自身の自覚はあまりなかったみたいだけど)

もし、ロボットが意識を持つことが有るのだとしたら、それは作られた瞬間ではなく、ヒトとの相互作用を通じて生まれてくるんじゃないかなぁ。
デッドゾーンのカークは同じ設計図に基づき、キャリーと寸分違わぬロボットを作り上げた時に気づくのだと思う。
キャリーは二度と戻らないことを。

どらねこの妄想でした。