本記事では、UGC百科事典サイト、つまり不特定多数のユーザーによって作られる事典サイトのうち、ノンジャンルであるものについて解説していく。
UGC――ユーザー生成コンテンツというものが着目されるようになったのは、2000年代中程のWeb 2.0における概念の説明にちょうど適合するからであった。この代表格こそが『Wikipedia』であり、SNSや画像・動画共有サービス、レビューサイトなどと並び新時代のメディアとして持て囃された。
ただし「1人ないし特定の著者だけで作る辞書」に対するアンチテーゼとして「不特定多数が編纂に関わる辞書」というアイディアはWorld Wide Web (WWW)が登場するよりはるか前に既に『オックスフォード英語辞典』において世界中の英語圏から未収録の用語の補完への公的貢献を求めたというものがある。これは後の英語辞典に大きく影響を与えている。先発の辞典は用例を限られた人間のみが集めていたため、用例を引用するジャンル、収録語・用例に偏りがあった。オックスフォード英語辞典はそれに対してより多くの用例――それがフォーマルでなかったり、国によって意味やスペリングが異なったりする場合もふくめ――を網羅的に解説することができた。
その後インターネットが登場するが、当初はWWWではなく、個々のニュースグループによるナレッジコミュニティという形式を取っていた。この時点では特定の者だけが編纂に携われるものであったが、WWW登場以降は不特定多数の人間とつながることができるようになった。
こうしたUGC百科事典サイトの嚆矢といえたのが『通信用語の基礎知識』である。あからさまに『現代用語の基礎知識 (自由国民社)』の書名のパロディである本サイトだが、パソコン通信時代のBBS『大魔界通信網』を母体とし、同人誌として1995年に刊行されると、その翌々年の1997年にWebサイトメーリングリストによって参加者を募り、それによって集まった項目案・改定案を定期更新時にアップデートしていくという形式を取っている。
しかし更に参加へのハードルが低くなったのはWikipediaの登場がブレイクスルーと言えよう。これは2000年にジミー・ウェールズが立ち上げたNupediaの失敗から産まれている。元々ジミー・ウェールズは個人的に百科事典を読みふけった経験から、ウェブにアクセスすれば誰でも読める百科事典のアイディアに思い至り、当時共感していたリチャード・ストールマンが提唱するGNUの思想にも共感していたことから、「博士号取得者によって書かれ、査読を経て掲載する百科事典サイト」というものを立ち上げた――のであるが、一向に記事が伸びなかった。当たり前だが、参加障壁が高すぎる上に査読自体そもそも論文でないのに好む者などそうそういなかったのである (なおNupediaが失敗したあと、同じような思想でScholarpediaがうまれ、そちらは一定の成果を上げている) 。
そうしたなか、Nupediaの事態を打破するブレイクスルーとしてサブセットとして設置されたのが現在のWikipediaである。しかし、WikipediaはNupediaの遅々とした動きに反して、爆発的に項目数と参加者数を得てしまった。Nupediaは3年半でわずか27項目しか書かれなかったのに対してWikipediaは1年で15,000項目も作成されているのである。
このあと、似たようなプロジェクトが何百と産まれた。Wikipediaのよりよい改良版 (Citizendium、Enpedia) として、Wikipediaへの風刺 (Uncyclopedia) として、既存サイトへの反発やそれらからの亡命として (Yourpedia、Illogicopedia) あるいは参加者のクラスタを変えることによる異なる視点の提供 (ニコニコ大百科、ピクシブ百科事典) として多数勃興し、そしてその多数は消えていった。
各サイトについては、そのUGC百科事典サイトとしての成立年順に記載している。また、『Encyclopædiæ Pokémonis』『Wookiepedia』『遊戯王Wiki』『初音ミクWiki』などの特定のジャンルを取り上げるWikiやプロジェクトは『百科事典』ではなく『専門辞典』と見るべきであるため、ここには記載しない。
他にも、Chakuwikiや膨大なページ数Wiki*等「不特定多数で編集できるサイト」であっても、事典ではないサイトも記載しない。ただしChakuwikiはUncyclopediaと同じ管理人が関わっていたことがあったり、Enpedia、Yourpediaとも影響しあっている。膨大なページ数Wiki*も閉鎖してから代替サイトが登場するまでの間にEnpediaに亡命するユーザーも多くいたことや、その閉鎖理由からとある百科事典サイトにてエピソード項目の凍結が図られた。このように両サイト自体はUGC百科事典サイトに与えた影響は大きい。
通信用語の基礎知識 (1997)
Wikipedia (2001)
はてなキーワード (2003)
Uncyclopedia (2005)
Conservapedia (2006)
Yourpedia (2007)
ニコニコ大百科 (2008)
ピクシブ百科事典 (2009)
Enpedia (2009)
開設年 | 1997年 |
---|---|
URL | こちら |
正式名称は「通信用語 (等) の基礎知識」。もともと草の根BBS『大魔界通信網』から誕生し、1995年の初版刊行は同人誌形式をとっていた。1997年にメーリングリストによって編纂されるUGC百科事典サイトとして成立を見る。当初は本当に通信用語のウェブサイトであったが、現在は萌え・ゲーム・鉄道・軍事といったオタクが多いジャンルを筆頭に、自然科学・人文科学・社会科学など幅広いジャンルを含む総語数46,488語 (2021/02/03時点) の膨大な百科事典になっている。内容は参加障壁が高いこともあってか、特定の視点・マインドからのものが多く、かなりディープなオタクによる視点からかかれていることが特徴的。
このようにその先進性こそは評価されるものである一方、記述の情報源を明記しないといった点では批判も集まりやすい。かつては政治・経済用語も掲載されていたのだが、後に「政経データベース・民族の声」として分離され、その後アーカイブ化され削除されている。これら政経関係の用語では、中国を「支那」・韓国を「南鮮」・東シナ海を「西沖縄海」と記すなど非常に特定の政治思想に傾倒していることが指摘されている。
開設年 | 2001年 |
---|---|
URL | 英語版 日本語版 |
2001年にジミー・ウェールズとラリー・サンガーによってNupediaのサブセットとしてうまれたオンライン百科事典。現在はウィキメディア財団が姉妹プロジェクトとともに運営している。Wikipediaの名前の由来になった「Wiki」はハワイ語で「速い」を意味するwikiwikiから名前を取られたソフトウェアであり、実際遅々として進まないNupediaの記事数・参加者数をぐんぐん追い抜いてしまった。339言語版と全言語計で62,302,333記事が執筆されている (2024/01/08時点) 。
出典をとりわけ重視しており、「一次情報」しかない場合は特筆性がないとして記事を作成することや独立項目作成の目安を満たさないとしてリダイレクト扱いになってしまう。一方で二次情報さえ十分に確保できるならば『江ノ電自転車ニキ』や『おとわっか』『こころぴょんぴょん』『ソニータイマー』『プリウス・ミサイル』『琵琶湖の水止めたろか』などニコニコ大百科みたいな主題の記事も多い (詳細はニコニコ大百科の記事だと思ったらWikipediaの項目だったページの一覧を参照) 。
一方で、誰でも編集できることから起きる問題も多く、例えばスコットランド語版ではひとりのスコットランド語を母語としないティーンエイジャーによって、間違ったスコットランド語 (というより、英語の単語だけスコットランド語にしただけのもの) で2万3000件以上の記事が新規作成され、20万件以上の記事が編集されたことが発覚して問題となった。しかもこのユーザーはこの『貢献』によりスコットランド語版の管理者を務めていた。他にも、Bot編集が認められていることから機械翻訳による多言語記事作成が行われた結果、2番目に記事数が多いWikipediaはLsjbotによって作成された記事が多くあるセブアノ語版となってしまっている。フィリピンの2000万人の話者が使うくらいの言語が国際的な公用語として使われるドイツ語版や、フランス語版などより多いのである。なおスウェーデン語版も記事数が多いが、これもセブアノ語版と同じLsjbotによって作成された記事が大半を占めている。ワライ語版もLsjbotによる活動で2014年にアジア言語圏では100万記事をはじめて達成した (日本語版が100万記事を達成したのは2016年である) 。
また、英語版についてもマサチューセッツ工科大学が「女性作家やサブサハラ・アフリカについての編集は盛んでないが、一方でポケモンとポルノ女優の編集は非常に盛んである (参考)」とその偏りを指摘している。日本語版もしばしばサブカルチャーの記事の編集が盛んであると指摘されているなど様々な国でにた問題が起きているといえる。
こうした問題への批判から、Wikipediaを立ち上げた一人、ラリー・サンガーもこのプロジェクトへのフォークとしてCitizendiumを新たに立ち上げたほか、Enpedia、Yourpedia、FreeWiki、WikiZnanie、WikitruthなどのWikipediaに対する問題意識により立ち上げられたサイトが見られる。また、UncyclopediaはこのようなWikipediaに対する皮肉としてはじまったサイトである (しかし同じ轍を踏んでしまっている) 。
開設年 | 2003年 |
---|---|
URL | こちら |
はてながはてなダイアリーのサブセット『はてなダイアリーキーワード』としてリリース。その後2008年にリニューアルして『はてなキーワード』となった。
はてな関連サービスを7日間使うと誰でもキーワードの作成・編集を行えるというもので、はてなダイアリーやはてなブログにおいてはてなキーワードに登録されている単語が書かれていると自動リンクされる。キーワード解説という都合から百科事典というよりはどちらかといえば「百科『辞典』」と呼ぶべきものとなっていた。
このために競合サービスとの差別化が図りにくく、古い情報が放置されるようになってきたことから、共同編集機能をオミットした『はてなブログ タグ』に移行。後々編集機能を付ける予定とされていたが、現在でも実現していない。
開設年 | 2005年 |
---|---|
URL | 英語スプーン版 英語フォーク版 日本語版 |
2005年にジョナサン・ホアンを中心としたグループによって作成された、Wikipediaへの皮肉を目的とした盛大なジョークサイト。百科事典サイトとしての体裁を整えるものの、執筆されている内容は嘘八百。名前の由来も「Un- (否定) + Encyclopedia (百科事典)」というわけである。記事はブラックジョークや不謹慎なものも多く、そうしたことから批判も集まりやすい。
このこともあってか悪ふざけが許される軽いサイトかと思われがちだがその実態はMediawikiをはじめとしたUGC百科事典サイトクラスタなら御同意頂けると思うがかなり厳格。ちょっとでも面白さが理解されなければNRV (No Redeeming Value、どうしようもない記事) のテンプレートが貼られ、改善されなければ削除されてしまう。またかつては特定のアニメ・漫画ネタが好かれた傾向にあるが、後に悪ふざけとして一斉に削除されたこともある (それについてアンサイクロペディア自身が皮肉ったのび太国系記事や広東糸瓜共和国) がある。
なお日本語版でその広東糸瓜共和国の削除前版のページを中心となって書いていた管理者・七星は後に別のWikiサイト・日本さいころペディアの創設者をブロックして乗っ取る暴挙を起こして次第に問題視されるようになり、やがてUncyclopediaから追放された。しかし追放したサイドのMuttleyはこのあと七星によるプロキシサーバを利用したソックパペットによる荒らしに悩まされるあまり「多くのユーザはソックパペットである」という疑念を抱いて次々に古参・新規問わず多くのユーザをブロックしてしまい、サイトが衰退する。これを問題視したUncyclopedia創設者のCarlbによってMuttleyは追放され、往年ほどではないが復調してきていると言われている。
他言語版でも似たようなユーモアに対する厳格化への反発が起きており、Uncyclopediaに対する皮肉としてIllogicopedia、ウソペディアが産まれた (ただし、Illogicopediaは後にUncyclopediaサーバで運営されたりしている) 。また、後述のYourpediaとは事実上の敵対関係にある。
開設年 | 2006年 |
---|---|
URL | こちら |
2006年に解説されたUGC百科事典サイトで、Wikipediaへの反発を理由に建てられたサイトの1つ。そのあたりはCitizendium、Enpedia、Yourpediaなどと変わらないが、最大の特徴としては「英語圏 (というよりアメリカ)」の保守層が中心となって編集しているということであり、(彼らが主張するところの) リベラル派がWikipediaを牛耳っているという批判から、リベラル派によって改変を受けない百科事典として誕生したという経緯がある。
このため多くの記事はアメリカ視点で書かれており、かつリベラル派とみなされる者に対する筆致は厳しいものがある。とはいえ、一応ピザゲート事件などについては「陰謀論である」と切り捨てている。
なおConservapediaに対して過度に保守層に偏向していると指摘したことで追い出された編集者のグループが、2007年に「疑似科学や反科学を指摘し、でたらめを文書化し、権威主義と原理主義を探究し、メディアでどう扱われているか分析と批評する」としてリベラルよりのRationalWikiを立ち上げている。
開設年 | 2007年 |
---|---|
URL | こちら |
『悪徳商法?マニアックス』管理人のBeyondによって2007年に設立されたオンライン百科事典。同様の理由で海外で設立されたWikitruthがなくなった以後も存続している。Wikipediaにおいてディプロマミルであるイオンド大学の記載が削除されたことを受けて、「正しい情報が提供されないならば意味がない」として設立された。
特徴的なものが「先編集権」と「フォーク」であり、記事は基本的に作成者が第一優先であり、それに認められない編集を行いたい場合は別に自身が同じ主題の記事を建てろというもの。このため同じ主題の別記事が多数生まれることになる。
利用者が元々WikipediaやUncyclopedia、Chakuwikiなどの他のMediawikiサイトから追い出された者たちの亡命先という側面があるため、記事内容はさまざまな者に対する誹謗中傷や事実誤認・デマゴギーで溢れており、それらが被写体に了解を取っていないであろう写真とともに放置されていることがEnpediaにおいて指摘されている。
開設年 | 2008年 |
---|---|
URL | 左上にあるよ |
2008年にひそかにオープンしたあらゆる言葉について定義や意味、元ネタを解説する辞書・辞典。他のUGC百科事典サイトの多くが使用しているWiki記法ではなく、HTML・CSSによって編集するものである。「面白くて迷惑をかけなければOK」という理由で、Wikipediaのように厳格すぎず、Uncyclopediaのように嘘だけを書かないようなサイトとして運営されており、基本的に包摂主義的な運営がされる。
ニコニコ動画をはじめとした他のニコニコのサービスとの連携を前提とする一方で、あくまでも「ニコニコ動画のサブセットではない」という意識が編集者を中心に根強くあり、故にニコニコ外のことにも積極的に執筆する熱心な編集者も多い。また、お絵カキコ・ピコカキコといった記事以外の参加方法が確立されているほか、それぞれのページに「ニコニコ大百科掲示板」(通称「について語るスレ」)が付属することによるコミュニティサイトとしての側面も有している。ただし編集者と掲示板住人は同じニコニコ大百科利用者ではあるもののクラスタとしては時に近づき、時に離れる傾向があり一体としてのクラスタとして成立していない。
開設年 | 2009年 |
---|---|
URL | こちら |
2009年に立ち上げられた『あらゆる言葉・現象・文化・作品を解説する「みんなでつくる百科事典」』。元々がpixiv内のタグを解説する目的で解説されたサイトということもあり、「ニコニコ動画のサブセットであるとみなされることを嫌う」本大百科と比べると、割とpixivのサブセットであることを利用者サイドも受け入れている傾向が見られる。記事名も正式名称に依拠することよりもpixiv内でのタグ利用状況を重視する傾向が強くみられる。このためかつてはpixiv外の概念を解説する記事は批難される傾向にあった[1]が、現在では容認傾向であるようだ。
元々Wikipediaやニコニコ大百科などの先発のUGC百科事典サイトがあったこともあって、詳しい説明があまり求められてこなかった。イラストタグの集積としての1 - 2行程度の記事というものもザラにあったのだが、そういった記事の粗製濫造がユーザー内でも問題視されてくるようになり、現在では記事として成立する文量で書かれることを強く求めるようになっている。
開設年 | 2009年 |
---|---|
URL | こちら |
2009年に立ち上げられた「謎の百科事典もどき」。ルールが厳格故に幅広い情報を扱えないWikipediaに対して、分かりやすさと自由気ままをモットーとしている。一方で、先のUncyclopediaやYourpediaをもまた反面教師としており、無軌道な放任性はないようだ。
特異的なものは「エスケープ転載」であり、Wikipediaで削除の対象になったページをEnpediaに移植するというもの。WikipediaとEnpediaが同じライセンス (CC BY-SA 3.0) を採用することから可能なものであり、「特筆性」を理由に削除されかかっているWikipediaの記事を転載していいということになっている。この方針を取っているwikiには他にEverybodyWiki (2018) や DeletionWiki (2013) がある。
『Enpedia:おすすめ項目 (仮)』では選考理由に「Wikipediaやニコニコ大百科などにない記事である」が挙げられたりしているので、おそらく本大百科についてもお読みいただいているものと思われる。
掲示板
掲示板に書き込みがありません。
急上昇ワード改
最終更新:2024/12/23(月) 10:00
最終更新:2024/12/23(月) 10:00
ウォッチリストに追加しました!
すでにウォッチリストに
入っています。
追加に失敗しました。
ほめた!
ほめるを取消しました。
ほめるに失敗しました。
ほめるの取消しに失敗しました。