藤原定頼(ふじわらの さだより、995~1045)とは、平安時代中期の貴族・歌人である。
百人一首64番の作者で、中古三十六歌仙の一人。藤原公任の子。
父と同じく和歌や管弦の才能に長け、書道の達人でもあった。公任にとっては自慢の息子だったらしく、中納言にまで昇進した。
ただ、若い頃はそそっかしい性格だったらしく、小式部内侍をからかったら「大江山~」の歌でやり込められた話をはじめ、車争いが原因で三条天皇の家人を殴って出仕を止められたり、逆に三条天皇の子である敦明親王に暴行されたという記録が残っている。
その一方、容姿端麗な貴公子でもあり、先述の小式部内侍とは実は恋仲だったという説もある。また、親の代からの知り合いである大弐三位や、夫と離婚していた相模など、百人一首の女流歌人との間にも浮き名を流した。
百人一首では「朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれわたる 瀬々の網代木」の歌が載せられている。なお「朝ぼらけ」で始まる百人一首の和歌は、坂上是則の歌もあるため、最初の一句ではどちらか判断できないので注意したい。
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最終更新:2024/12/23(月) 05:00
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