Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

部下の作った「絶対にダメ出しされない」究極の提案書がすごかったのでシェアします。

食品会社の営業部長という夢も希望もない仕事に従事している。特に最近は、皆さまご存じのとおり食材の高騰の影響を受けて上下左右から圧をかけられて悲鳴をあげている。そんな絶望的な職業人生でも何とかやっていられるのは、ときどき、ほんと、たまーにだけど、「人間ていいな」「自分の人生も捨てたもんじゃないな」と思えるような、きらり輝く瞬間が1か月に3秒ほどあるからだ。

先週、企画提案書の作成を部下に依頼した。部下は90年代頭から営業をやっている50代後半のTさん。この夏から本人たっての希望で企画部から営業へ異動になった僕より9歳年上の社員だ。頼んだのは、会社の衛生・消毒部門を活かす、法人向け衛生チェックパッケージの企画提案書だ。ある程度の業界経験があればできる、簡単な仕事。困難も不安もない。僕は概要を説明して「じゃ。お願いしますね」と依頼した。Tさんは「あーはいはい」といつもの、良く言えば余裕のある、悪くいえば上司である僕をなめているような対応。はいはいは赤ちゃんだけにちまちょーねーと言いたい気持ちをグっとこらえ、頼んだ仕事をやってくれればいいとビジネスライクにスルーしていると、Tさんは僕のデスクの前で半分口を開けて静止していた。

「もう少し明確な指示をいただけますか。できたら概要を書面でまとめたものをいただけると助かります」とTさんが言う。仕事をスマートに効率的に進めたい、という意思が感じられたので、彼の意見を取り入れ、20分ほどかけてコンセプト、提供サービス、導入方法、コスト、スケジュール、オプション、免責事項を項目ごとに1枚、計7枚程度にまとめた簡単な資料をさくっと作成した。体裁は整ってはいないが内容には間違いないものだった。それをプリントアウトしてTさんに渡した。彼はそれを受け取ってパラパラと流し読みすると「あーはいはい。こんな感じですねー」と言った。「この程度なら余裕の仕事じゃん」というバブル世代が時折見せる軽い感じが垣間見えて少しムカついた気がしたが心の水洗便所に流して「1週間あれば余裕ですね。頼みましたよ」と期限を次週火曜日に設定した。

1週間後。運命の火曜日。Tさんから提出された仕事に感動した。バブル期を通過してきたベテランの仕事。修羅場を生き抜いてきた人間はものがちがった。自分には絶対に出来ない仕事だった。想像と創造を超越していた。Tさんのことを少しバカにしていた自分を恥じた。バカは僕だ。素晴らしい仕事には素直に評価するのが上司としての僕の信念だ。「最高ですね」「ありがとうございます。私もそう思います」「僕はTさんの仕事に文句をつけることはできないです。ある意味完璧です」

Tさんの企画書は僕が見本でつくったものそのまんまだった。構成。内容。文章。コピぺだった。一字一句相違なかった。「えっと…」僕が攻撃するポイントを探していると「安心してください。部長からいただいたものそのままです」とTさんは悪びれずに言った。そこ安心ポイントじゃねえ。先月Tさんが作成した企画書に徹底的にダメ出しをしたことがあった。その経験をこういう形で活かしてくるとは。僕自身がつくったものに対して僕はダメ出しできない。僕の攻撃はそのまま僕に跳ね返ってくる。物理攻撃反射属性付きの企画書であった。すごすぎ。

「そのまんまだね」「あーはいはい。部長の見本が完璧でしたので、そのまま活かしました」「20分でさくっとつくったものですよ?」「完成度が高かったのでそのまま活かしました。優れた仕事にかけた時間の長さは関係ありません」「確かにね」褒められるの好き好き大好き。ちがうちがうそうじゃない。上司として手抜き仕事に注意しなければならない。悪くない出来とはいえ20分のやっつけ仕事なのだ。「ざっと作ったものだからコスト計算とか間違っていてもおかしくないですよ。確認しましたか?」「あーはいはい。それも完璧でした。さすが部長の仕事です」「でもそのままっていうのはどうなのですか。仕事としてのあり方とか営業マンとしてのオリジナリティとか」などと僕が指摘するのを遮ってTさんは「あーはいはい。オリジナルとかユニークとか仰いますが、部長の見本も業界世界レベルから見れば平凡でスタンダードなものです。スタンダードだからそのまま使わせてもらっただけです。もし部長の見本が平凡スタンダードなものでなかったら、私は他から拝借して同じようなものを提出しました。つまり結果は同じです」と謎理論を展開した。今なんと。褒められているの?バカにされているの?意味不明すぎてわからなかった。きっつー。

あーはいはい、と言いたくなるのを抑えて「いや、平凡でスタンダードな見本にあなたなりの肉付けをしてくれって依頼したのですよ。そもそもですよ。与えられた1週間、何をしていたのですか。私の20分で作った見本をそのまま置いていただけにしか見えませんよ。仕事として雑すぎませんか」と注意して「あなたの1週間は僕の20分と同程度ということになりますよ」と付け加えた。嫌味である。だが、悲しいことに僕の嫌味はTさんには響かなかった。「あーはいはい。光の速さに近づくと時間の進み方が遅くなっていくってことですか。インテリは難しいことをいいますね」なんて言い始めた。ちょっと待って何を言っているのかわからない。「とにかくあなたの仕事を見せてください。私が作った見本そのままを出されても困ります。見本としては最高でも、提案書になっていませんから」

するとTさんは物理攻撃反射属性で僕の攻撃を跳ね返した。「そのままではありませんよ」と不敵な笑みを浮かべて言う。「部長。よく見てください。気づきませんか?こことここのフォントが太字に変更されています。ここには下線が引いてあります。もっとも大きな違いは部長の見本がA4縦であるところをA4横に変えてあるところです。ついでに免責事項は面白くないから削除しておきました。こうしてみると結構私の手でブラッシュアップされてますね。もはや私の仕事と言い切ってもいいですね」「もう結構です」この人、何もしなくても仕事が取れていたバブル時代と同じ方法論で仕事を続けているのだな…と妙に感心した。彼のことを少しバカにしていたが、本当のおバカだった。

こうして無駄な時間が虚空に消えていった。低空飛行している人間の姿を見ているとまだ自分はいけると思えるから人生は捨てたものではない。「あーはいはい」って投げやりで済まされる仕事術、最高だ。(所要時間39分)