今の職場で働きはじめてから1年、環境も待遇も良く、営業部長として、皆から「ブチョ~ブチョ~」とバカ殿のようにおだてられつつ、快適に働いてきた。こんな妄想上の新婚生活のような甘い日々が永遠に続けばいいのに…と思っていた。だが、僕の絶頂期は今朝、突然、終わってしまった。今、ボスに事情説明を終えてデスクに帰ってきたところだ。
簡単にいえば、営業成績トップ5にいる3人のきわめて有能な部下(以下「黒い三連星」)が同時に辞めたのだ。きっつー。ボスから営業組織の改革を見込まれて、僕はこの一年で従来のやり方を、ひとつひとつ精査して、廃止したり、修正したりしてきた。多少、抵抗を感じなくもなかったけれど、数字という明確な結果が出ていたので、問題はないとしてきた。数字を追い、数字に追われる営業マンなら、数字が出ていればわかってくれると信じていた。甘かった。黒い三連星は同じ世界に生きていなかった。
彼らは、変化にノーを突きつけ、もし今のやり方を改めなければ辞める、と言ってきた。子供かよ。3人とも僕より年上のベテランなので、いきなりあらわれた年下の上司から今までのやり方をあれこれ指摘されるのが面白くないのはわかる。「俺を踏み台に~」という心境だろう。実際、踏み台にしたのだから仕方ない。僕に出来ることは、せいぜい、踏み台に感謝して、強く蹴り、「跳べ!ガンダム」つって高く飛ぶことしかない。
辞めたいなら辞めればいい。やり方を変えたいなら進言すればいい。なぜ、どっちつかずの行動を取るのだろう?僕は前の会社で散々見てきた。辞めるつもりもないのに「給料を上げてくれなければ、辞めますよ」「自分が辞めたら穴が開いて困りますよね」、「いいんですか?俺、必要悪ですよ?」そういう下手くそなやり取りを。辞めたければ辞めればいい。僕には辞める人間を止める権利はない。そういう手に乗ってしまう性癖もあいにく持ち合わせていない。
「わかった。辞めるのですね。最低限の引き継ぎだけはしっかりお願いします」僕は黒い三連星に言った。「年休の消化等細かいところは総務人事に相談してください」と付け加えると、三連星のリーダー、オルテガ氏が「そういうところが付いていけないのですよ」と言った。いやいやいや、こちらから、辞めろ、辞めてほしいと言ったわけではなく、辞める、と言ったからその希望に沿っただけ、望みどおりになったのだから、むしろ感謝されてもいいくらいなんですが…。まさかとは思いますが、僕があなた方三人の能力や実績を何かと天秤にかけて、やり方を変えたり、反省をするとでも思ったのですか?という意味内容のことは言わせていただいた。
黒い三連星は、独立するのか、同業他社に引き抜かれたのか、今後については口にしなかったが、ウチの顧客を抜くつもり、らしい。ボスに状況説明をした。黒い三連星の退職とそれを容認したこと。そして顧客を持っていかれる可能性について。ボスは「大丈夫なのか?」と気をつかってくれた。大丈夫です、問題ありません、と答えるしかない。優秀な戦力を失う件と顧客を持っていかれる件については、いわゆるスーパー営業マンを否定する戦い方、個ではなくチームで戦う営業部隊をつくってきた自負があるので、申し訳ないが黒い三連星が考えているよりも、損害は出ないと考えている。
ボスの前でも黒い三連星の前でも「残念です…」と言ったのも、お世辞ではない。黒い三連星が、残念な辞め方しか出来ない残念な頭脳しか持っていない方々であったとは、実に残念だ。僕は彼らのことは評価していた。痛い。痛いけれども「古株がいなくなれば、新しいやり方を進めやすくなる」とポジティブな面を見るようにした。黒い三連星も、ボスも、僕がダメージを受けているとみていたようだが、ダメージはゼロ、まったくない。
僕はかつて酷い環境で働いていた。生き抜くために身に付いたのは、精神的なタフネスと無神経である。つまり僕はブラックな環境で身に付いた武器でホワイトな環境で戦っている。今の環境ははっきりいって楽勝すぎるのだ。多少、トラブルがあるくらいで僕にはちょうどいい。楽観はしているが、黒い三連星が去ったあとに何が起きるか見てみよう。いずれにせよ、人が足りなくなるので、しばらくは忙しくなりそうだ。僕に出来ることはノルマを達成しつつ、スタッフに残業をさせない労務管理をすること、そして黒い三連星の《退職ジェット・ストリーム・アタック》を難なく退けること。こうして僕の絶頂期は終わり、安定期がはじまるのだ。(所要時間21分)