7月29日晴れ。昨夜の酒がおおいに残り、とてもこの世で生きている心地のせぬ私が世の中のすべての大して面白いこともないのにうふふあははと微笑んでいる大都会の男女にむけて呪詛を吐きながら血尿を垂らし終えると自分の体の芯のようなものがふいと軽くなるのを感じた。それから私は手を洗いながら鏡を見つめ、炉辺の幸福に近づくことすらできぬ己をうふふあははと嘲り、ハンカチがないので麻のズボンの太ももでごしごしとこすり水を切って、ほとんどふらふらとたましいの抜けた人のようになって便所から出た。
便所から出ると総務の女の子にばったりと出会った。名前をあらわにすると面倒なことになりかねないのでここでは彼女を仮にMとする。正月。以来、私はほとんど彼女と話をしていない。新年会でがぶがぶ酒を飲んだ私は総務部総務課のマヤちゃん(21歳鎌倉市在住/趣味おはじき)に、あまりオッパイが小さいことを悩むことはないよ、とエエルを送ったのだがどうもそれが癪に障ったらしい。高潔で的を得た言葉に突如怒り出すのだから女というのは厄介な生き物だ。
マヤちゃんは私の顔が抜けるほど見つめ、手招きをして私を給茶コーナーへ導いた。乗り気がしないので四つん這いの駆け足で息を切らせてあとを追うと、マヤちゃんの頬は桃色、瞳のなかに星のきらめき。どうしたのかね。私が尋ねるとマヤちゃんの眼が泳いだ。あの…。途切れる言葉を前に、私は、或る実在する女性をマヤちゃんに重ねていた。高校卒業の日。校庭のはずれにある樹の下にその女性はいた。藤崎詩織。マヤちゃんは木の下で私を待っていた藤崎詩織の姿と重なってみえた。詩織の愛を受け入れうふふあははな私だったが、その愛は十二年前の七月、ちょうど今日のような暑い日に国道に落ちた蝉の抜け殻が行き交う人の足音で散り散りになるようにして終わってしまった。映画「ときめきメモリアル」を見終えた瞬間のことだ。
歴史は繰り返す。干支がひとまわりした夏にマヤちゃんが僕に想いを伝えようとしている。幸いにして今夜は空いている。明晩も空いている。私の部屋にエアコンはないが、涼しげな風鈴とスノコがある。暑苦しく湿った私の万年床ではなく新品のスノコの上で痛みに耐えながら愛を確かめようじゃないか。汗まみれになって、そして、私たちの至上の愛はスノコよりも固く強くなるのだ。殴れば人が死ぬくらい固く強く、愛。女は躊躇がみえた。周囲が気になるのだね。会社の人はみんな蛇だと思えばいい。蛇、死ね!では服を脱ごうじゃないか。こう暑いとかなわないからね。生まれたままの姿になった私たちはアダムとイヴになり蛇に囲まれた丘のうえで林檎をかじろう。蛇、死ね!林檎を齧ると血が出るから嫌だって?いい考えがあるよ。私の田舎ではお雑煮に林檎を入れるのだよ。愛のわからぬ爬虫類の低脳の目前で快楽を貪ろうじゃないかお雑煮を食べようじゃないか。汗まみれになって、そして、私たちの至高の愛はお餅よりも粘り強くなるのだ。詰まれば人が死ぬくらい粘り強く、愛。
それではマヤちゃん私の部屋でプリンスを聴きながらグラディウスをやろう。「LOVESEXY」を聴いて私たちが生まれてきた意味について考えよう。グラディウスは初めてかい。いいことを教えてあげる。秘密コマンド。↑↑↓↓←→←→BA。これで最強装備。さあ、スティックを握ってごらん。!違う。それはスティックじゃない。ああ、↑↑↓↓←→←→BAなんて。そんな、↑↑↓↓←→←→BAなんて。溢れちゃう、↑↑↓↓←→←→BAなんて。声が出ちゃう。そんな激しくされたら私の如意棒が日本海を超えて天竺を突いてしまうよ。あの…。マヤちゃんが私の股間を差した。人差し指が白い。その白い指で今宵、私は天竺へ赴くのだ。「エクスキュウズ、ミイ」。私がそう言うと総務ガールは私と目を合わさないようにして、言った。「出てますよ…」。