Everything you've ever Dreamed

ただの日記です。それ以上でもそれ以下でもありません。

永遠のルナ


 ルナちゃん。と呼ぶのも、もう可笑しいようになりました。きみも、たしか、六十に間近い筈だ。時間というのは、不思議なものです。きみのことを想うと昂ぶり苦しかったぼくが、今では冷静におししずめてしまえるのですから。一方で、訪れる村々で疎まれ、「待て!あやしいものではない。話せばわかる」と言っても、聞いてもらえず、石つぶてを投げつけられた忌々しい過去だけは消し去ってくれないのですから。あのときぼくが覚えた怒り、悲しみ、やりきれなさは指の先へと至って、ずっと、滞留しているのですから。


 きみにとってはどうでしょうか。ぼくにとって、あの、戦いの日々は、一種青春の酩酊のごときものがありました。あの前後を通じて、半ば強引に全身タイツを着続けさせられたぼくはひどい汗疹とインキンにかかっていたような気がします。とはいえ全身タイツで良いこともありました。ぼくの膨らんだ股間。もっこり。もっとも驚いたのは、ある村の娘たちが「いいわよーいいわよー」と奇声を発しながら近づいてきて、「あなた、とてもいいわよー」とぼくの股間に次々と手を置いていったことです。馬鹿です。ぼくは相好崩して喜んだらしい。「チャアミングよ」というお嬢さんもいれば「日本人で、こんなに大きい。メンズの誰よりもスプレンディッド!!!!!」と絶叫したセレブ姉妹もいる。そのときぼくは、ほとんど泣き出したいような気になりました。だってこのお嬢さん達は、ぼくが、好きで全身タイツを着て、もっこりもっこりとした股間を晒しているとみていたのですから。


 今日、定額給付金を貰うために、市役所へ足を運びました。知らず知らず人目を忍んでしまうのは、全身タイツとマスクという、ぼくの異形と、虐げられた記憶の所為かもしれません。とにかく、ぼくは久しぶりに街へと出掛けたのです。ぼくは街の様相に吃驚させられました。というのは、あのころ、ぼくの外見を嘲笑った人々が、ぼくの真似をしているからです。きみはコスプレというものを知っていますか。憧憬する対象と同じ身なり、仕草をすることで敬意を表する行為です。行き交う人々が皆、ぼくと同じようなマスクをしていました。三十五年という短くはない時間を経て、ぼくという存在とあの戦いは、人々に認められてきたようです。定額給付金の手続きを終えると、気恥ずかしさのあまり、ぼくは下を向いて部屋へ帰りました。うち捨てられ歩道に張り付くようになっていた夕刊フジが目に留まりました。見出しには、仰々しく「新型インフルエンザ」という文字が踊っていました。機械の身体を持つぼくは、病気に対する興味を持ちようがないので、その文字がどういった種類の病気なのかよくわからないのですが、純粋な人間であるきみは身体に気をつけて欲しい。


 ぼくを勝手に新造人間へと改造した父が、最終回でぼくをかならず人間に戻すと約束した父が、熱海のセクシーコンパニオンに身を持ち崩し、下田のラブホテルで自殺したときいた。ブライキングはスクラップにされたあとでコンコルドの尾翼になったと聞きました。フレンダーのことを覚えていますか。そうです、ぼくらと一緒に旅をした、あの機械犬です。年老いて呆けてしまったフレンダーはお隣に住んでいた都銀勤務の高慢なOLさんを八つ裂きにしてしまって保健所に連れて行かれました。五年ほど前のことでしょうか。キリヤという有望な映画監督がぼくらの戦いを映画にしてくれたとき、ふっと、きみへ、自慢のらくらくホンからメールを送りましたがやはり返事は来ませんでした。

 
 ルナ。きみは、いったい、ぼくが好きだったのでしょうか。