Culture Vulture

ライター・近藤正高のブログ

東急と東映と現テレビ朝日がグループ会社だった時代

 先週出た『週刊アスキー』(8月18・25日合併号)の「私のハマった3冊」のページに寄稿しました*1。同ページに書くのはこれで3度目。
 今回とりあげた3冊は、皆河有伽『小説手塚学校』第1巻(講談社)、古田尚輝『「鉄腕アトム」の時代』(世界思想社)、中川一徳『メディアの支配者』上・下(講談社文庫)。『小説手塚学校』は執筆当時はまだ1巻しか出ていなかったのだけれども、すでに第2巻も発売されていた。
 この3冊のなかでもいちばんとりあげたかったのは『「鉄腕アトム」の時代』である。朝日新聞に載った唐沢俊一による書評では、テレビアニメ版『鉄腕アトム』が破格の制作費でつくられたことについて本書が新説を提示していることがもっぱら評価されているが、僕にいわせればそれは本書全体の一挿話にすぎない。本書のキモはむしろ、人々の娯楽の主役が映画からテレビに移ったという歴史的な変化を、映画とテレビ、それからアニメーションと各産業の関連性からとらえたことにあるように思う。
 週アスの記事でも触れたように、1950年代後半をピークに以後は暗転の道をたどった各映画会社は、勃興しつつあった民放テレビ局の経営に参加することで生き残りをかけたものの、けっきょく経営の主導権を握ることができずに失敗してしまった。くだんの記事では、その事例としてフジテレビをとりあげたが、それ以外にも、現在のテレビ朝日の前身である日本教育テレビ(NET)には、東映が教育出版社である旺文社などとともに出資を行なっている。
 とはいえ、そもそも教育局として開局したNETの経営方針をめぐっては、利益優先の東映社長の大川博と、あくまでも教育重視の旺文社社長の赤尾好夫とのあいだで確執がたえず、社長交代を繰り返したあげく、結果的に両社の影響力は弱まってしまうのだが。
 ちなみに東映は、電鉄会社の東急の子会社である東横映画と、大泉映画と東京映画が合併して1951年に誕生した会社である(東急グループの創業者である五島慶太が映画会社を設立したのは、尊敬する阪急の小林一三東宝を設立したのにならったためである)。東映社長でNETの初代社長を務めた大川博ももともとは東急からの出向者だが、1964年に東映は東急との資本面での関係を絶ち、現在にいたっている。ともあれ、東急と東映、そして旧NETのテレビ朝日が、一時的とはいえ、同じ企業グループに属していたという事実は興味深い。そういえば、テレビ朝日の最寄駅である六本木は、地下鉄日比谷線を経由して東急東横線と直結しているが、これは単なる偶然だろうか?
 東映とNETの関係は、テレビアニメへの進出にも少なからず影響を与えている。虫プロダクション制作・フジテレビ放映の『鉄腕アトム』の成功を受けて、NETでも『狼少年ケン』の放映が始まるが、その背景には、東映動画(現・東映アニメーション)を傘下に持つ東映の出資するNETがテレビアニメをやらないのはおかしいという情勢があったという。
 ちなみに、NETと同時期にはTBSもまた『エイトマン』の放映を開始している(同作は連載誌である『少年マガジン』とのメディアミックス、関連商品へのマーチャンダイジングの先駆としても特筆される、ということは以前、大野茂『サンデーとマガジン』(光文社新書)の書評でも紹介した)。この『エイトマン』を制作した日本テレビジョン(TCJ)という会社はもともと、外車輸入会社であるヤナセを経営していた梁瀬次郎が1952年に三井・安田・古河などの財閥から出資を得て設立、当初はテレビCMの製作を行なっていた。それが1963年、『エイトマン』と並行して、フジテレビ放映の連続テレビアニメである『仙人部落』(小島功原作。『鉄腕アトム』に続く国産の連続テレビアニメ第2号である)と『鉄人28号』を手がけたのを契機に、テレビアニメに進出する。TCJのアニメ部門はその後、1969年にTCJ動画センターとして独立、1973年にはヤナセとの資本関係を絶ってエイケンと社名を変更した。しかし、『サザエさん』で有名なエイケンが、もともとはヤナセの系列会社だったとは意外だ。
 さて、『「鉄腕アトム」の時代』には、フジテレビの『鉄腕アトム』のあと、上記のようにNETとTBSがテレビアニメに進出したことには言及されているものの、民放テレビ第1号である日本テレビが最初に放映したテレビアニメについては一切書かれていない。気になって調べてみたところ、日テレ初のテレビアニメは、1965年12月に放映の始まった『戦え!オスパー』(原作は『少年キング』の連載マンガ)という作品だった。フジの『アトム』の放映開始が1963年の元日だから、実に3年近くも遅れをとったことになる。ただ、前述の『サンデーとマガジン』によれば、日本テレビは、『マガジン』編集部から『巨人の星』のアニメ化を持ちかけられたときもにべもなく断ったというから(けっきょく日テレの大阪の系列局であるよみうりテレビへ売り込んでアニメ化が実現する)、あまりテレビアニメには熱心ではなかったのかもしれない。

『鉄腕アトム』の時代―映像産業の攻防

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日本動画興亡史 小説手塚学校 1 ~テレビアニメ誕生~

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日本動画興亡史 小説手塚学校 2 ~ソロバン片手の理想家~

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メディアの支配者(上) (講談社文庫)

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メディアの支配者(下) (講談社文庫)

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サンデーとマガジン (光文社新書)

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*1:記事中、手塚治虫の「塚」の字がちゃんと正字になっていたのには感心しました。ありがとうございます>担当のてづかさん。