僕はこんな事を考えている ~curezの日記~

見たもの読んだものなどの簡単な記録と感想のチラシ裏系ブログ

スタン・リーとの仕事

スタン・リーとの仕事 (映画秘宝セレクション)

著:長濱博史 他
刊:洋泉社 映画秘宝セレクション
2017å¹´
☆☆☆

アメコミの人気を不動のものにした偉大な作家スタン・リーと、アニメ版『蟲師』の鬼才・長濱博史が二人三脚で手掛けたTVアニメ『THE REFLECTION』。その制作過程に見るスタン・リーの創作術とは?

 

著者が「長濱博史 他」となってますが、長濱監督へのインタビューが全体の1/3くらいで、他は光岡三ツ子、石川裕人、石川誠、てらさわホーク、小野耕世と、アニメ系の石川誠氏以外はアメコミ系では毎度おなじみのライター陣。

 

2017年なのでまだスタン・リーが存命の時ですし、映画秘宝は色々とトラブルを起こして一度廃刊、その後は復活したもののてらさわホーク氏は二度と秘宝には関わらないと決別宣言したりもあって、時代の変化を感じます。

 

そもそもアメコミヒーロー映画ブームもコロナ禍以降は一気に終焉を迎えて、アメコミ映画は全部クソって叩いておくのが正しいみたいな風潮になっちゃってるし、時代の変化やブームの終わりってこんなもんだよなと私は逆に別視点の面白味を感じてます。私は流行りで追ってるわけじゃないし、どんなものにも終わりが来るの知ってて見てましたし。

 

因みにアニメの「ザ・リフレクション」は当時見ましたが、う~んまあよくあるアメコミのフォロワー作品以上のものでは無く、面白かったかと言われると正直微妙。

www.youtube.com


昔風のバタくさい奴じゃ無く、今のスタンダードなアメコミのビジュアルのスタイリッシュさをアニメでもそのまま表現する、というルックは凄く良いのですが、(「ホークアイ」のシリーズやってたデイビッド・アジャの画に近い)

curez.hatenablog.com


これのちょっと後に、アメコミの絵をアニメで再現するというレベルの頂点を極めた映画「スパイダーバース」とかがあってね、また別のとこで作ってた和製アメコミ系コンテンツの「ニンジャバットマン」もクオリティは凄く高かったのに、頭二つは突き放したスパイダーバースのビジュアルはまさしく世界最高峰の映像でしたし、日本でどうだ凄い物作ったぞって誇りに思ってた人は、あまりの桁違いさに死ぬほど悔しい思いをしただろうなと想像出来ますわ。

 

リフレクションに話を戻すと、エクスオンはX-MENのサイクロップス、アイガイはアイアンマン+ストレンジ風と、既存のアメコミキャラのアレンジ風になっていて、そこが凄くただのコピーやパクリ感を感じさせてしまうものの、作り手としてはそこは意図してやってて、例えスタン・リーが創造したキャラクターでも権利はマーベルのものであって、スタンが持ってるわけじゃないので、過去に作ったキャラをあえて思わせる造形で、スタン・リーユニバース的な物を構築しようという意図だった様子。

 

その中でメタ的な事をやろうという感じだったんでしょうけど、長期的な展望を考えていながら、ペース1だっけ、1クールだけで終わってしまったし、その部分のみで判断してしまうとデッドコピーやせいぜい「ホワットイフ」みたいなものにしか思えなかったのは残念。

 

エクスオンを演じているのは三木眞一郎なんだけど、PS1のゲーム版「スパイダーマン」で三木さんがピーター・パーカーをやってて、それを長濱監督が気に入ってて、エクスオンにもXメンだけでなくスパイダーマン要素も含ませたいという意図でのキャスティングというのが超絶マニアックで面白い。

 

そう、長濱監督、超絶アメコミマニアなのです。私は監督の作品はこれまた変な意味での話題になった「悪の華」くらいしか過去作見てませんが、「月間熱量と文字数」でセミレギュラーくらいの頻度で出てたので実は個人的にはそっちの方でのお馴染み。

www.youtube.com


世間一般の評価軸とはまた別の感覚で語る人なのでそこが面白いなと思ってた人だったりします。世間ではこう言われてるけど、自分はそうは思わない、こうじゃないかって自分の意見が出る人が私は好きですしね。

 

ただそうやって確固たる自分の理論を確立してるが故、「悪の華」とかもそうでしたが、大衆の受けとかを狙うタイプの人では無いし、人間の限りある時間の中で、その人の人生の視界に入るだけでも十分。そこから気に入ってもらおうなんて考える方がおこがましいという人なので、まあヒットはしないよねというのも正直わかる。

 

まあ大衆なんてそもそも、たまたまヒットしたとしてもその瞬間にわーっと盛り上がるだけで、1年後には何も無かったように熱が冷めて忘れされれてお終い。アメコミ映画が今そうなってる状態ですが、それが消費社会というものですし、そんな中でこういう変わった人が居るのはそれはそれで良い事だし面白いです。

 

あと、今の世代の受け手側も贈り手側も感覚が違って(そこは時代が違うので当然のことです)私らくらいの世代までの感覚を、意外とクリエイター側が口にして残しているって結構貴重に感じたので、引用して残しておきます。

 

「これじゃあ視聴者に伝わらないよ」と誰かに言われても、僕はそんなわけないと思う。あの人たちのほうが、僕たちが気づかない事にも気づいてるし、よっぽど真剣に観てくれている。「わかりづらいだろうから、ここは言葉で説明するね」とか「画で見せとくね」とか、逆に視聴者の立場だったら、そういう態度は敏感に感じとりますよ。「バカにするな!こっちだってわかるんだよ」と。

 

近年の若い人向けのアニメや映画の一から十まで全部説明しないとわからないというムーブに老害だけが違和感を覚えているのってまさにこれですよね。

恐らくはエンタメとか世の中に溢れすぎて飽和状態だから、自分が楽しむのではなく、楽しませてもらうという受け身になってるのが原因で、ちょっと昔とは感覚が違ってきてるんだと思う。
でも攻略本ありきでゲームを攻略するのと、自分の頭で考えて攻略するのでは感動の質が何倍も違ってくる。それはアニメやドラマや映画でも実は同じで、ただそういうのは漠然と見てるようで、実は映像もそもそもが読み解きが必要な媒体。それを考えてる人はちゃんとそこも踏まえた作り方をしてるし、そこまで考えて無い人だって、実はその仕組みからは逃れられないので、知らずになんとなく感覚で作ったり見たりもしてます。

バカにしてる感覚も無いし、バカにされてる感覚も無いし、バカにするな!っていう感覚も無い。

老害は、バカにするなって思ったし、それを信用して作ってる作品なり作り手をちゃんとリスペクトして、自分の頭の中での読み解きが生み出す感動をちゃんと知ってたりしたんですよね、っていうのを凄く感じる長濱監督の言葉でした。

 


あとアメコミ系ライターの方の記事は基本どれもスタン・リーの略歴みたいなのを各自の視点や流れで説明してるんですけど、皆一様に全ての功績がスタン一人のものだとは思わないでほしい、と念を押しているのが面白い。

 

共同制作者でありかつてはライターとアーティストとしてコンビを組んでたジャック・カービーとかスティーブ・ディッコとかが、何あいつ一人で全部自分の手柄にしてんだよって喧嘩別れしてたりするし、日本で言う手塚治虫とかたまに言われるけど、ちょっと違うんだよと。

ただ、例えば「スーパーマン」の生みの親ジェリー・シーゲル&ジョー・シャスターとか、「バットマン」の生みの親ボブ・ケイン&ビル・フィンガーなんかはそれら単体のタイトルのみだったわけですが、スタン・リーは「ファンタスティック・フォー」「スパイダーマン」「ハルク」「アイアンマン」「ソー」「デアデビル」「ドクターストレンジ」「X-MEN」「アベンジャーズ」etc…とまあ次から次へと新しいキャラを生みだしヒットさせていく。ここはやっぱり異常なレベル。まさしくマーベルメソッドというやつで、スタン一人でデザインから話まで全部を考えたわけじゃないだろっていう部分はあるにせよだ。

 

スタンとマーベル社の間でも泥沼の権利裁判とかあったし、色々とトラブルも多い人でしたが、コミックの巻末にスタッフページを作って作家をアーティストとしてファンに認識させていったのもスタンのアイデアだし、昔から大学生相手の講演会とかを自ら進んでやってたような人で、フロントマン的な資質は元からあった人です。
晩年のマーベル映画カメオ出演、原作者のおじいちゃんって映画から入ったファンにさえ認識させるに至ったのは、まさしくスタン・リーだなって感じですよね。

 

おそらく日本人で最初にスタンと接触した人であろう小野耕世氏(光文社のマーベルコミック邦訳を最初に仕掛けた人)の思い出話もあれば、「ザ・リフレクション」と同じく日本のクリエイターとのコラボを仕掛けた「ヒーローマン」なんかの話はアメコミ系じゃないアニメ系ライターの石井誠氏だからこその部分で、アメコミ界隈ではあまり触れられない部分だったりもするので、マニア向けの超絶濃い本とかではありませんが、読み物としても資料としても初心者でも手軽に読みやすい1冊じゃないでしょうか。

 

 

関連記事

 

curez.hatenablog.com

 

curez.hatenablog.com

 

curez.hatenablog.com

Â