毎年この時期になると、毎日のようにWWDCのことを夢想している。
去年はSwiftUIのアップデートとApple Silicon搭載のMac、ホーム画面のウィジェットに期待していた。
去年の期待は、いろいろなことをうまく言い当てているようにも見えるし、少し過剰なところもあった。WWDC20では叶わなかったいくつかの部分については、引き続きWWDC21でも期待している。
ではWWDC21では何が発表されるのか。
Swift
2014年にSwiftが発表されてから7年になる。SwiftはOSSで開発されているので、次にどのようなアップデートがあるか、事前に窺い知ることができる。
swift-evolutionによると、次のバージョンはSwift 5.5となり、特に並行処理の言語的なサポートに注力されている。async/awaitの構文や並行処理の単位としてのTask、actorモデルの導入が決まっている。
OSSではありながらも、プロジェクトの大きな方向性はAppleが握っており、Appleプラットフォームと足並みを揃えている。裏を返せば、Swiftの開発状況からAppleプラットフォームの方向性を占えるということになる。
例えば基本的な部分でも、Concurrency Interoperability with Objective-Cによって、既存のAPIがSwiftの並行処理の仕組みで扱いやすくなるだろう。しかし何よりも、SwiftUIに期待が集まる。
SwiftUI
SwiftUIが今年も大きく強化されることは疑いようがない。
Swiftの並行処理とSwiftUIがどのように連携するのかは、大きなトピックだ。少なくともCombineフレームワークとの相互運用性が担保されるはずだ。例えばStructured concurrencyのTask
とCombineのFuture
は形が似ているし、あるいはCombineのPublisher
とAsyncSequence
はコンセプトが近いように感じられる。これらがうまく連携しないはずはない。
CombineとSwiftの並行処理が関連づけられるだけでも、最低限SwiftUIからSwiftの並行処理が扱える。しかしそれでは少しまどろっこしい。ObservableObject
にasyncメソッドを生やしたくなるし、それをTask.detatch
することなくView
から直接呼び出せたらとも思う。View
のbody
プロパティにEffectful Read-only Propertiesでasyncやthrowsをつけられるようになればおもしろい。おもしろいが、これはとりもなおさず副作用を持つということで、扱いが難しくなる懸念もある。
ところで、actorモデルがSwiftUIとの接点を持つのか計りかねている。プロセッサがメニーコアの時代を迎えたいま、複数のコアを効果的に活用することは至上命題であり、actorモデルは並行性の複雑さに対する強力な武器になる。Actorを導入すると、actorで分離されたデータを参照するような処理はすべてasyncになる。SwiftUIがこのような非同期的な処理をうまく扱えると、actorを使いやすいはずだ。
他にも、Extend Property Wrappers to Function and Closure Parametersでプロパティラッパが色々なところで使えるようになるが、これがSwiftUIの新しいAPIに利用される可能性もある。
当然ながら、新しい組み込みのViewも多く追加されるだろう。ナビゲーション周りがもう少し抽象化されると便利なように思う。テストを書くための仕組みも必要だ。
Swift Package Manager
Swift Package Managerもまた、Swift 5.5でしっかりと進化する。これはおそらくXcodeに影響を与える。Xcode 11からパッケージ管理にSwift Package Managerが利用できるようになっているが、引き続き連携が改良されることだろう。Xcodeがパッケージ管理の機能を強化していくことで、サードパーティのツールに依存せずに開発が行えるようになっていく。
パッケージ管理の強化に伴ってもう一つ期待したいのは、Appleが提供するオフィシャルなライブラリの導入である。Androidで言うJetpackのように、OSに含まれるフレームワークとは別のライブラリが導入されるとおもしろい。OSに含まれるライブラリはOSと同時にしか更新されないし、利用者がOSをアップデートしない限りは、アプリ側で新しい機能を使えない。裏を返すと、OSに内蔵できるフレームワークというのは、より保守的なものになる。しかしSwift Package Managerで導入できるライブラリはもっと自由度が高い。高い頻度で改善できるし、バージョンの古いOSに向けてバックポートすることもできる。Appleが高品質で多様なライブラリを提供することで、アプリのエコシステムが大きく改善されるはずだ。
データ
Core Dataは、SwiftUIから扱いやすいようなサポートが行われている。Environmentに.managedObjectContext
が用意されているほか、@FetchRequest
やFetchedResults
を使って簡単にデータを取得できる。さらにNSManagedObject
がObservableObject
になっていることで、データの変更に追従できる。
いっけんよさそうに思われるが、実際に使ってみると、少し使いにくい。例えばNSManagedObject
のプロパティは、プリミティブ型でない限り、デフォルト値が指定されていてもOptional
になってしまう。
Swiftから扱いやすいSwiftDataのようなものが登場するのを期待する声がある。Swiftの並行処理ともうまく連携されていたらさらに便利そうだ。これは別にCloudKitでもいいかもしれない。
OS
WWDCでは各OSのメジャーアップデートが発表されるのが常である。
iPadOS
今年一番の期待はiPadOSのアップデートだろう。Apple M1を搭載した高性能なiPad Proが発売され、その評判のほとんどは、ハードウェアの性能をソフトウェアが活かせていない、というものだ。当然そんなことはAppleだって百も承知のはずであるから、iPadOSは飛躍的な改善がなされるに違いない。そうでないと困る。
マルチタスキングに関する改善は、想像しやすい。自由にウインドウを配置できるようになるとは思いにくいが、それでもふたつ以上のアプリを自由に行き来しながら利用できるようになってほしい。また外部ディスプレイとポインティングデバイスを利用しているときに、外部ディスプレイをミラーリングではなく拡張されたデスクトップとして利用できるようになってほしい。
プロ向けのアプリは当然必要だ。Final Cut ProやLogic Pro、そしてXcodeのiPadバージョンが発表されることに期待したい。Xcodeは例えばSwiftUIアプリだけを開発できるのでもよさそうだ。ところで、プロ向けのアプリが作りやすいように、UIKit側にも拡張があっていいはずだ。iPadOS 14でサイドバーや新しいピッカーが追加されたように、例えば複数のUIWindow
をタブで扱えるようなUIとか、そういうものが増えてもいいと思う。
iOS
iOS 14ではホーム画面のウィジェットが一大トピックだった。ウィジェットはiOSをより魅力的なものにしたと思う。ウィジェットの体験を演繹すると、いくつかの可能性が考えられる。
ひとつはインタラクティブなウィジェットである。ウィジェットはその仕組みから、リンクを設定する以外にはインタラクティブな要素がない。これは余分なリソースを使わないための仕組みであるから、それが変わるとは思いにくいが、例えば事前に用意しておいた表示と行き来させるとか、そういった対応は可能なはずだ。
また別な発想で、アプリのアイコンをウィジェットと同じ仕組みで変えられるようにする、というのも考えられる。天気予報のアプリとかで有用だろうと思うし、特に技術的な制約があるとは思えない。
あるいはホーム画面にとどまらずに、ロックスクリーンの表示をカスタマイズできるようにする方向性もある。ロックスクリーンをうまく設定できるようになると、通知以外の方法で即時性の高い情報を得られるようになりそうだ。
加えて、iOS 5から搭載されているSiriも、ついに10歳だ。近年では音声アシスタントとしてだけでなく、様々なAI機能のブランドになってきているが、そろそろ大きなアップデートがあってもよさそうに思う。
macOS
昨年のmacOS 11でユーザーインターフェースがアップデートされ、またApple Silicon搭載のMacでiOSアプリがそのまま実行できるようになった。macOS 12は、それと較べると規模の小さなアップデートになると噂されている。過去の例からすると、ユーザーインターフェースはもう少し調整されていくだろうから、macOS 12でも改善が期待できる。
iOSやiPadOSと較べれば、macOSは始めから生産性のためのOSである。新型コロナウイルスのパンデミックですっかり様相が変わったこの世界では、生産性もまた再定義されつつある。このことからして、macOS 12では(もちろん他のプラットフォームでも)コラボレーションに関連する新しい機能がフィーチャーされるのではないかと予想する。特にメッセージアプリは、macOS 12でMac Catalyst製になったこともあって、iOSと合わせて改善しやすい状況になっており、わかりやすい例になると思う。
他にも、iOSやiPadOSからmacOSに持ち込まれるものがあるかもしれない。例えばショートカットアプリがmacOSにも導入されると便利だろうと思う。Automatorと競合するのがネックではある。あるいはTestFlightのmacOSバージョンがあってもよさそうだ。
watchOS
watchOSは、ヘルスケア関係の機能が強化されるであろうこと以外には、あまり想像が及ばない。今秋に発売されるであろうApple Watch Series 7でハードウェアの刷新があるとすれば、watchOSアプリもその影響を受けて、ユーザーインターフェースがリフレッシュされる可能性がある。
tvOS
tvOSはここ数年、比較的マイナーなアップデートにとどまっている。順当に考えれば、今年もそうなる可能性が高いように思われる。HomeKitに関連した部分では、今年ついに共通企画となるMatterが策定されており、対応する機器が出てくるであろうという情勢だ。tvOSは家庭内の機器のハブとしての役割が担わされており、なんらかのアップデートがあるかもしれない。
サービス
Appleはサービス面でも拡大を続けている。iCloudはWWDC 2011で発表されたサービスで、こちらも今年10周年を迎えようとしている。WWDC21でもiCloudに新しい機能が加わる可能性はあるだろう。
あるいはまだ日本でサービスインしていない、Apple NewsやApple Fitnessについても、サービスする地域の拡大はもちろん、その強化が期待されるところである。ニュースとプラットフォーマーの関係は昨今でもホットなトピックである。信頼できるニュースが21世紀も生き残っていくためには、そのエコシステムが重要である。
ハードウェア
昨年のWWDC20でMacをApple Siliconへ移行させていくことが発表されてから1年経った。その間にMacBook Air、MacBook Pro、Mac Mini、そしてiMacの一部が、Apple M1を搭載するようになった。サードパーティのApple Siliconへの対応状況なども含めて、現況がしっかりと宣伝されるのは想像に難くない。
WWDC21ではその続報が望まれる。Apple M1XなのかApple M2なのか(Apple A14と同じ世代ならM1Xであろうと思われるが)わからないものの、より高性能な(TDPの大きな)Apple Siliconを搭載したMacがアナウンスされる可能性は高いだろう。何しろApple SiliconはAppleにとっての虎の子であるはずで、Macがこれほど注目されるタイミングは他にない。
ほか
Apple GlassesのようなXRプラットフォームは毎年期待している。そろそろ何か発表されてもよいようにも思うが、なにもわからない。
ということで
WWDCへの期待が溢れ出ている。