「全く新しい分野を習得したい」「対象領域が体系化されておらず何から手をつけていいかわからない」といった時に非常に力を持つ勉強法、それは「大量に聞くこと」。
要は大量の情報に触れているうちにだんだん全体像が浮かび上がってきて、その全体感がわかった上で個別の項目に戻って深掘りすると「ああそういうことね」というのが簡単にやってきやすくなる、ということ。「大量の情報」に触れればなんでもいいので、大量に本を読むのでも良いのだが、よくわからないことを理解する上で「聞く」という方法特有のメリットがある。
なんといっても「読む」のは意志の力が必要だが「聞く」ではひたすら耳から流し込むことを強制しやすい。特に「全然わからないこと」に関してはこの特質が威力を発揮する。ジョギングしながら、庭仕事をしながら、料理しながら、掃除しながら、子供の髪の毛をとかしながら(←うちの子はアフロなのでとんでもなく時間がかかる)とほかの何かをしながらずっと聞き続けることができる。
ポイントは「全体感」をイメージとして掴むことなのだが、それはもうちょっと細分化すると、
「どのコンセプトとどのコンセプトがつながっているか、どちらが上位概念か、どれとどれは対立する概念か」
というようなことを大雑把につかむこととなる。こうした「関係性(もしくは因果関係)」がイメージできればOKで、個別の細かい内容についてはとりあえずわからなくてよし。もっといえば「こんな単語・概念があるのか」ということだけでもなんとなく心にとまれればそれでよし。
そして全体像をイメージするには「関連情報に大量に触れる」のが大事なので、1.5倍速とか2倍速でただただひたすら聞く。
その際に効力を発揮するのが
「わからない度合いが高い内容のところは再生スピードを上げる」
という技。これはつまり、わからないことは一生懸命聞いてもどうせわからないし、あまりにもわからないことが続くと飽きてしまうのでそういうところは高速で乗り切るのであります。この辺りも「読む」より「聞く」方が再生速度をあげることで強制的に実行しやすい。
かように「触れる情報の量を圧倒的に増やすことで内側の理解が勝手に進む」という事態は、情報濃度が高い脳の外部から情報濃度が低い脳内に浸み込む「浸透圧」にイメージが似ているので浸透圧勉強法という名前が浮かんだ。
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最初にこの方法が有効なのに気づいたのはピケティの「21世紀の資本」(の英語版)だった。オーディオブックで聞き始めたのだがやたらに図表の参照があって「PDF XXページのグラフXXのとおり」のような表現が相次ぎ、「庭仕事しながらそんなもん見れるかいな」と絶望し「これはあまりに辛すぎるから早回ししてとりあえず最後まで聞こう」と3倍速にしてみた。ちなみに英語版を1倍速で聞くと25時間あるので、3倍速でも8時間あるのだが、まぁなんとかBGM代わりに聞き続けた。当然半分くらいまでは全然なにがなんだかわからなかったのだが、最後の1/3くらいであら不思議、するするわかるわかる、論旨はとっても明快でシンプル!
すごい長い本だが、同じ論点を、様々な例やデータを多用しながら繰り返し・繰り返し・繰り返し・繰り返し言っているので、お経のようにずっと聞いているうちに浸透圧が高まった。多分もう一回聞いたら「ピケティなら任せて」というくらい理解が深まると思う(が、そこまでの意欲はないのでやってませんが)。
じっと座って文字で読むにはかなり気力が必要だったと思うのだが他のことをするBGMとして流しているうちにわかってしまった。なんて素晴らしい!
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暗号通貨関連についても、同じく「大量に聞く」というので理解増強を図っている。あれこれつまみ食いしながら試した結果のお勧めは以下4つ。
■ 文系的業界動向理解
- MIT Open Courseware: Blockchain and Money (23回)
- Unchained (134回)
■ テクノロジーとしての暗号通貨・ブロックチェーン理解
- epicenter (395回)
- Zero Knowledge(184回)
最初のMITのは2018年に最近SECチェアマンに就任したゲリーゲンズラーがビジネススクールで1学期間にわたって教えたコースのビデオで、これを見るだけでも技術の意味合い、社会へのインパクトが体系立てて理解できるはず。それほどプレゼンを使うわけではないので「見ずに聞く」だけで十分なのだが、途中で一卵性双生児でファンドをやっている双子がドッペルゲンガーのように登場して二人で話す回があってこれは見ると楽しいです。
Unchainedは元Forbesの記者だったLaura Shinが独立して暗号通貨専門で行なっているポッドキャストで毎回ゲストを迎えてインタビュー。epicenter、Zero Knowledgeも同じく毎回ゲストにインタビューする形式。
EpicenterとZero Knowledgeはかなり技術的なので、コンピュータサイエンスに全く興味がないと流石にちょっと辛いかもしれないが、本当に暗号通貨が理解したければこの辺りは外せない。世界の頭脳がどれだけこの領域にパワーをかけているかが窺い知れる。
だいたいどれも1エピソードが1時間くらいで、それぞれカッコ内の回数のエピソードが聞けるので、全部足すと736回、736時間。MITのは全部聞くのが体系的理解のためになるのだが、Unchained / epicenter / Zero Knowledgeはそれぞれ最近分 1/4だけ聞けば80%くらいの効果があると思うので、そうするとトータル200時間分くらいになる。2倍速で100時間、毎日4時間聞き流したら25日ですよ。何か他のことをしながらだったら十分達成可能ですよね。
(あと最近Kevin Roseが始めたModern Financeは文系的なものとテクノロジーとの中間くらいで面白いです。)
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一つ注意事項なのだが、「英語のリスニング」が苦手な人が英語の聞い流しをすると英語ならではの音の違いを聞き取る能力が低くなるので要注意。ThとSとか、LとRなどの違いが聞き取れないままに大量に聞くと「それはどちらも同じ音」という認識の方が強化されてしまう。まずこういった音が「どう違うか」というのを「教師あり学習」で繰り返してトレーニングし音が聞き分けられるようになったところで初めて大量の英語を聞くのが良ろしいかと思います。
ポッドキャスト花盛りの昨今、話す方が書くよりリアルタイムにコアな情報を発信するのが楽なこともあり、英語だったら専門的な内容を深掘りするポッドキャストがたくさんあって素晴らしいのだが、非英語話者にまず英語を聞き取るのが関門になって情報アクセスのハードルが高いのはなかなか将来を憂える事態ではあるのですが。