今、縄文がアツい。縄文展に映画、読モならぬ「DOGUMO」が出てくるフリーペーパーや“縄文女子”が土偶のキュートさを語る土偶本――。縄文ブームを支える人たちの熱い想いを聞いた。エヴァンゲリオンと土偶に共通点を見いだすなど、その視点は独特だ。
2018年7月3日から9月2日まで開催された東京国立博物館の特別展『縄文-1万年の美の鼓動』には、35万4259人が訪れた。全国で発掘された土器や土偶など207件を展示。教科書でもおなじみの土器や土偶から、耳飾りや木製の編籠(あみかご)など暮らしに根付いた道具まで、6つのテーマに分けて「縄文の美」を幅広く紹介した。
今回の特別展では、史上初めて、国宝に指定されている6件(「火焔型土器」「土偶 縄文のビーナス」「土偶 縄文の女神」「土偶 仮面の女神」「土偶 合掌土偶」「土偶 中空土偶」)が一堂に会し、特に注目を浴びた。
6件すべてがそろった7月31日から人出が伸びはじめ、8月2日に10万人、17日に20万人、30日にはついに30万人を突破した。そして会期が終了する9月2日に35万人に達しており、たった3日間で5万人以上が殺到した。ペンライトなどのグッズとともにSNSに投稿する人も多かった。
縄文展を企画した東京国立博物館の品川欣也(よしや)考古室長は、「多くの方々に『縄文』を知ってもらえる機会となり、興味をもっていただく機会になったのであれば、担当者としてうれしく思っております」と縄文展のヒットを喜ぶ。
縄文時代は、およそ1万3000年前から始まり約1万年続いたとされる。大森貝塚を発見したエドワード・モースが、発掘した土器の縄目模様から「cord marked pottery」と名付けたことで、縄文の呼び名が定着した。
人々は竪穴式住居に暮らし、氷河期が終わった日本列島の温暖で湿潤な気候のもと、クリやどんぐりなどの植物のほか、狩猟や漁撈(ぎょろう:魚や貝などの水生生物をとること)などで食糧を得ていたとされる。
しかし、なぜ今「縄文」なのだろうか?
“かわいい”“面白い”“どこにでも”
2009年には「国宝 土偶展」が開催され10万人以上が訪れた。「多くの方々がご来館いただいたことによって、縄文の造形に対する潜在的な関心の高さを感じました。そこで特別展『縄文』では土偶だけではなく、縄文の造形を広く対象として、『縄文の美』をテーマに企画しました」。品川氏は、今回の開催の意図をこう説明する。
縄文展人気の余波は、時期を同じくして公開されたドキュメンタリー映画『縄文にハマる人々』(7月7日公開、山岡信貴監督)にも及んだ。東京・渋谷の映画館イメージフォーラム単館で4週間上映される予定だったが、すでに全国の27館での上映が決まり、今後さらに増える予定だ。仙台では1日限りの3D上映もした。じわじわと人気が広がっている。
山岡監督は、「縄文展がなければ4週間で(上映が)終わっていただろう。縄文人気については、2014年に譽田(こんだ)亜紀子氏が『はじめての土偶』を出版し、2015年にフリーペーパー『縄文ZINE』が発行され、縄文がライトな文脈で紹介されたことで若い層にも浸透しはじめた」と言う。
品川氏も縄文展のヒットの理由として、「縄文が『かわいい』や『面白い』といった視点で紹介されることでより身近な存在となり、全国各地に縄文時代の遺跡があるという間口の広さも重なり、多くの方に関心をもっていただけたのだと考えています」と分析する。
「はじめての土偶」は初心者に向けて縄文土偶を紹介した書籍で、土偶のかわいさやキッチュさという新たなイメージを広めた。
縄文文化は、土器や土偶、身に着ける装飾品やポシェットなど立体的なものばかりで、絵画のような2次元のものは圧倒的に少ないとされている。
「もしエネルギーに陰陽があるとすれば、土偶から漂うものは陰ではなく陽のエネルギーだと感じる。自らの身に降りかかる理不尽なことを納得するため、見えない存在をよりどころとしていたら、それを表す土偶に負の念を込めることはないはず。今見る人が、“かわいい”“すごい”と素直にエネルギーを受け取ることが、一番縄文時代に生きた人々に近づけるのでは」(譽田氏)
縄文不人気ゆえ創刊したフリーペーパー『縄文ZINE』
縄文時代をテーマにしたフリーペーパー『縄文ZINE』は、2015年に創刊された。年に2~3回の不定期発行で、創刊号は6000部だった発行部数が、博物館などにも設置されはじめ、4号からは3万部になるほど注目されている。
望月昭秀編集長は、「今回の縄文ブームのきっかけは、やはり天下のトーハクが大々的に展示したからこそ」と話すが、縄文への興味を引く一因となった自負はあるという。「読者がどんどん若年化してきた。縄文へのハードルは下げたのでは」(望月編集長)。
『縄文ZINE』は、そもそも縄文が不人気ジャンルであったがゆえに創刊に至ったという。
「縄文自体は興味を抱かれにくくスルーされがちで、創刊当時はバカにもされた。だが、入り口さえあれば、知れば絶対に誰もが面白いと思う。1万年続いた縄文時代だが、象徴となる人物など固有名詞が全くないことが他の歴史とは異なる特徴。弥生以降は、必ず中心人物にスポットライトが当たり、庶民の暮らしはサブ的存在でしかない。だが、縄文時代に出てくるものは普通の人の生活に根付いたものばかり」(望月編集長)
同じ時代にエジプトではピラミッドが建てられている。庶民の暮らしに使用された道具ばかりでは、少し寂しい気もするが。
「文明という点では見劣りするが、中央集権的な権力がまだなかった当時の日本の風土でしかこの文化は生まれなかった。普通の人の生活の息遣いが少しでも感じられるからこそ、見る人がそれぞれの見方で楽しめる。独特すぎる造形への共感性はないだろうが、何か分かる感覚が人を魅了する」(望月編集長)
エヴァと縄文土偶の共通項
1万年以上前に生まれた土偶と、現代のアニメに共通点を見いだす人もいる。縄文時代の考古学を専門の一つとし、2012年のMIHO MUSEUM(滋賀県甲賀市)「土偶・コスモス展」ではキュレーションも行った、立命館大学立命館グローバル・イノベーション研究機構の中村大(おおき)助教だ。
中村助教は、「縄文土器よりも縄文土偶のほうが人気がある」という。「展示に来た人は『表情が面白い』『腰から脚にかけての表現がすごく洗練されている』など、人体表現に対する感想の方が多かった」(中村助教)。
その理由として、中村助教は「日本人は感情移入ができるヒトガタに引かれるのでは。ヒトガタのもつ『かたちのチカラ』がある」と話す。
また、人間は何か目に見えない力や存在を表現するとき、ヒトガタを選ぶことはよくあるのではないか、と指摘する。
「目に見えないものを他者に伝えイメージを共有するため、具体的な属性を与えるということはこれまでもあった。座敷わらしが、年齢も性別も人によってブレがあるのはそのせい。縄文土偶も性別不詳のものが多く具象化が重要ではなかった」(中村助教)
エヴァンゲリオンがヒトガタであらねばならなかった理由も同じだという。「人類を救うという特別な存在は、機能性だけを考えれば人の形である必要はない。ただヒトガタで表現したことで感情移入ができてヒットした。時代や文化で違うだけで、人間の普遍的な思考のメカニズムが共通している」(中村助教)。
さらに中村助教は、土器や土偶のデザインの「アソビやすさ」が現在の人気につながっているともみている。中村助教によると90年代後半から2000年代初めにかけても国内外で縄文文化が注目されたという。09年の「国宝 土偶展」も、英・大英博物館で同年に開催され好評を博した「THE POWER OF DOGU」の帰国展だった。
「国内では三内丸山遺跡(青森県)が2000年に新たに国の特別史跡に指定され、当時の景気の落ち込みから自分たちを奮い立たせるため、縄文の“すごさ”にスポットライトが当てられた。海外ではEUの歴史的拡大期でアイデンティティーを求めてローカルな文化が注目され、その流れのなかで日本独特の縄文文化がフィーチャーされた。とにかく“超絶技巧のすごさ”が取り上げられた」(中村助教)
だが、現在の縄文人気は技巧ではなく、デザインに着目する人が多いという。「今も先行き不透明さゆえ若者が安定志向になり、冒険心を失い、社会には閉塞感が漂うが、“すごさ”ではなくデザインを使ったポップカルチャーでの“遊び”が活発になっている」(中村助教)という。
「新しいものを探したら数千年前の縄文にあった、という感じ。縄文には意外とモダンなものが多いのかもしれない」(中村助教)
子供の縄文人気はEテレから
一方、アニメーションから縄文を知る子供たちもいる。映像作家の井上涼氏が手がけるアニメーションと音楽で、世界の美術作品を紹介するNHK Eテレの人気番組「びじゅチューン!」では、火焔型土器や中空土偶をテーマにした作品がある。
「縄文展」と同時期に東京国立博物館で開催された、親と子のギャラリー「トーハク×びじゅチューン!なりきり日本美術館」では、火焔型土器のレプリカが展示された。「なりきり日本美術館に訪れた子供たちが、そのまま縄文展を見に行くという流れも多かった」(東京国立博物館広報室)。
文字を持たなかった時代に、高い技術力で独特の造形美を生み出した縄文人。縄文の、特に土器の美に衝撃を受けた岡本太郎は著書「日本の伝統」で、「これでもかこれでもかと、執拗にせまる緊張感。しかも純粋に透(とお)った神経のするどさ」と評し、「まるで異質で、ただちにわれわれと結びつけては考えらえない」と、現代に生きる日本人との美に対する観念の断絶を指摘した。
かわいいと感じる人、すごさ、恐れを感じ取る人、感情移入する人。さらには、“アソビ心”を刺激される人――。言葉を超えた根源的な何かを求めて、人々は縄文に吸い寄せられ始めている。
「あの原始的なたくましさ、純粋さにふれ、今日瞬間瞬間に失いつつある人間の根源的な情熱を呼びさまし、とりかえすならば、新しい日本の伝統がより豪快不敵な表情をもって受けつがれるのです」(岡本太郎『日本の伝統』[光文社知恵の森文庫]より)
(文/北川雅恵=日経トレンディネット)
[ 日経トレンディネット 2018年10月24日付の記事を転載]
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