1997年の創業当初、サイボウズは猛烈な働き方だったそうですね。青野社長自身も、過労で倒れそうになったことがあったとか。それが現在はライフステージの変化に合わせて働き方を調整できる「選択型人事制度」や「在宅勤務制度」など、多様な勤務形態を認めています。なぜ大きく変われたのでしょうか。
青野:もともとITベンチャーですから、みんな寝ずに働くのが当たり前でしたし、自分もそうするのが好きでした。夜12時まで働いて、そこから何時までいけるかみたいな。今から思うと、むちゃくちゃなんですけれど。当然離職率は高くなり、一番ひどいときが2005年で、28%にまで上昇しました。
塚越:離職するというのは、過剰な労働に耐えかねてですか。 そうした働き方を続けたら身体を壊してしまう。
せっかく採用しても4人に1人が退職
青野:そうですね。結婚、子育て、大学に通う──理由は様々でしたが、とにかくどんどん辞めていきました。28%ということは、4人に1人は1年後にいないわけです。「これはまずい。ちょっと辞めすぎだ」と思った。せっかく育てた社員が次々に辞めれば、人材投資コストが無駄になります。ゼロから採用活動をするのも、効率が悪い。
そこで大いに反省して、社員に「人が辞めない会社にしたい。だから、思い付くだけわがままを言ってくれ」とお願いしました。それを一つひとつ受け止めて、可能なものから実現してきました。離職率は17年現在、4%にまで下がっています。
塚越:わがままを言ってくれというのは、社員を集めて伝えたのですか。
青野:そうですね。「これからも言いたいことがあれば、すべて言ってくれ」と懇願しました。すると「残業したくない」「短い時間だけ働きたい」「週3日しか働きたくない」といった、具体的なニーズが続々と出てきた。
そこで、残業なしや短時間の勤務形態を可能にしたり、副業を認めたりしてきました。そうしたら、離職率が下がって会社の雰囲気が良くなってきた。
面白いなと思いました。
社員一人ひとりの顔を見ながら、その人たちの夢を実現させていく。そういう理想は、もともと自分の中にあったものの、本当にそれが正しいのか、なかなか確信が持てなかった。でも、実際に働く人をみんなハッピーにしていくと、業績も上がった。理想が実現したんです。
キーワードは多様性だと思いました。社員の多様性を尊重したら、人が辞めない理想の会社に近づけた。「これは経営戦略として、重要ではないか」と思い至ったんです。
塚越:根本の思いは私も一緒です。表現は異なるかもしれませんが。
人生たった一度だけなのに、家庭だけが幸せな人生を送れる場所で、職場はつらくてもいいという発想の会社が結構ある。でも、それでは、その社員の人生が半分駄目になってしまいます。
青野:もったいない。
塚越:ですから、家庭でも職場でも、社員が幸せな人生が送れるように、まずは「職場を快適にしよう」と。そうした思いで環境整備を始めました。青野社長と同じです。
青野:この本社は、まさに快適ですよね。建物を取り囲む森。そこを歩くだけでも幸せを感じます。並々ならぬ熱意が伝わってきます。意思を持って投資していますよね。
塚越:当社は工場内もきれいです。取引先の食品メーカーが、安全性の監査によく来ます。先日も大手が来社したとき、驚いていました。少し見学しただけで、「今までの取引先で、こんなきれいな工場は見たことがないから、もう十分です」と言って、後は書類だけ見て帰りました。
青野:それは素晴らしい。
社内で経費節減はNGワード
塚越:この会社の目的は、みんなが幸せになること。
当社は経費削減という言葉は使わない。その代わり、社員に「快適になる提案をしなさいよ」と言います。
快適がキーワードです。カイゼンではありません。
トヨタ自動車のカイゼンは、コストダウンしながら生産性をアップするのが目的です。それも大事ですが、職場を快適にすれば社員のやる気が出て、結果的に生産性が上がる。相対的にコストも下がる。この話をすると、視察に来たトヨタ関連の会社の人たちは、みんなメモします。
快適にすべき場所を見つけるポイントとして「形容詞をイメージしなさい」と私はアドバイスしています。
例えば、重い、暗い、寒い、つらい、汚いといった視点で探す。そういう場所をみんなで快適に変えていきましょうと。「華美にはしないが、貧相にもしないよ」と方針を伝えたうえで取り組んでもらっています。
青野:確かに、華美は快適ではないですよね。
塚越:当社に労働組合はありませんが、私自身が労働組合の委員長みたいなものだと言っています(笑)。社員に要求される前に、私から次々に発案して環境整備を実行してきた。今は社員が自分たちで取り組んでくれるようになりました。
青野:社員が自ら発案するのですか。
塚越:最近はそうですね。号令をかけなくても、みんなが行動してくれている。
去年の春、本社から少し離れた場所に新しい工場を建てたときがそうでした。「工場の前に花壇を作ってほしい」と社員が言うのです。なぜかというと、多くの人が朝の通勤渋滞を避けて自主的に早めに出社しているから。せっかくなら会社に着いてから始業までの時間を有意義なことに使いたい。花壇があれば花を植えたり、手入れしたり、職場を快適にする活動ができる。必ず徹底的にやるからと強く言う。それで実際に作ったら、丁寧に草花を育ててくれています。
青野:面白いですね。
塚越:会社が作っておいて、手入れしろというのが普通です。しかし、当社は逆です。
社員の提案で会議室にキッチン
青野:うちで言うと、キッチンが少し似ています。欲しいと言い出した社員がいたんですよ。しかも会議室に。生ゴミが出るから臭くて嫌だとか、反対意見が結構出ました。
そうしたら、有志が「私たちがメンテ(ナンス)する」と言い出した。自立と責任が担保されると考えて、最終的に設置を許可しました。すると、社内イベントが開けるようになったんです。社員が手料理を作ったり、コックさんや板前さんを外から呼んできたりしてワイワイやる。チームワークも高まります。
同列に並べるのはおこがましいのですが、塚越会長も私も、社員の提案を受け入れて働く環境を整えてきた方向性は共通する気がします。自然派か都会派かの違いはありますが。
塚越:青野社長のセンスでしょう。既存の発想で会社を四角四面に捉えていないから、そうなる。
私も年の割にはセンスがあると思っています(笑)。若い頃から、寒天の原料を探して海外を飛び回ったから、その影響を受けている。森の中に会社をつくる発想は、スウェーデンの企業に倣いました。
ストックホルムから70キロほど北に行ったところに、ウプサラという町があります。そこに昔、大手製薬会社があって、商品を売り込みに行ったことがあるんです。商談が思いのほか長引いて、宿に帰れなくなってしまった。その私に、「ゲストハウスに泊まって行け」と言う。それで厚意に甘えさせてもらいました。
感動的だったのは次の朝です。ご飯に行こうと誘われて森の中200メートルくらい落ち葉を踏みしめながら歩いて行きました。その先の建物で素敵な朝食を頂いて、本当の豊かさはこういうことではないかと思いました。
だから、都会のビルよりも、緑豊かな環境で働けたら、私も社員も幸せではないかと考えた。それで田舎の良さを生かしてつくったのが、この会社です。向こうの人は会社も大切な人生の一部と捉えている気がします。
労働効率だけを求めて東京に一極集中するのは、人生の豊かさからするとどうかなと思います。
田舎の良さをぜいたくに生かした
青野:確かに日本は異様なほど東京に集中し過ぎですよね。うちも東京の日本橋に本社オフィスがあります。しかし東京では、これ以上広げるつもりはありません。その代わり、全国各地にサテライトオフィスを増やしていきます。例えば、実家に住む親の介護などで、地方に戻らなければならない社員がいると、その人に会社の拠点をつくらせます。仕事と家庭を両立できるように。
ただ、うちはまだまだ田舎を魅力ある場所にできていないと、この本社を今日見て強く思いました。私は愛媛県出身で、松山市にもオフィスがあります。でも、やはり「ミニ東京化」している。「この土地ならではの魅力で、東京から人を引きずり込むぞ!」という勢いでオフィスをつくれば、自然にもっと人が集まる気がしてきました。
塚越:それほど広い国ではないにもかかわらず、過疎と過密が共存している。これはおかしい。土地の安さも田舎の良さ。それをぜいたくに生かしたのがここなのです。(続く)
(構成:久保俊介、編集:日経トップリーダー。このコラムは書籍『「いい会社」ってどんな会社ですか?―社員の幸せについて語り合おう―』の一部を再編集して掲載したものです)
伊那食品工業会長。1937年長野県生まれ。高校在学中に肺結核を患い、中退。3年の療養生活を余儀なくされた後、57年に木材会社に就職。翌年、子会社で事実上経営破綻状態だった寒天メーカー、伊那食品工業の立て直しを社長代行として任される。経営再建を果たし、83年に社長、05年に会長に就任した。相場商品だった寒天の安定供給体制を確立。家庭で簡単に寒天菓子作りが楽しめる「かんてんぱぱ」シリーズの開発や、医療、美容市場などの開拓などで48期連続の増収増益を達成するなど、大きな実績を上げる。「社員を幸せにし、社会に貢献すること」が、企業経営の目的という信念を持つ。それを実現する方法として、外部環境に左右されることなく、毎年少しずつ会社が成長する「年輪経営」を提唱している
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